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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第四話「コウジマチサトルのお披露目」
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9・夕暮れと夜色の貝

 一般的にダンジョン内で使う武器というのは、意外と刃物よりも鈍器が多い。

 刃物は技術が無くては武器を駄目にするばかりで、モンスターに的確にダメージを与えられないのだという。

 逆に言えば、刃物を多用するクレソンは、実はああ見えてとても技巧派な冒険者なのだとか。

 そんな説明を聞きながら、サトルは岩盤の裂け目で行われる、挑戦自由無差別貝割り大会を眺める。


 サトルの持っている貝は特殊な貝であり、どんな力を加えても割ることが出来ない。もしこの貝を割ることが出来るなら、オリーブが自ら報奨を出すと宣言し、人を集めた。報奨はオリーブによる一日つきっきりの訓練か、もしくは銀貨十五枚。

 それは臨時の収入にしては大きい額で、話しを聞いた冒険者や訓練兵たちはこぞって参加をした。

 単純に有名人でもあるオリーブに認められたい、という思惑のある者もいたようだったが、オリーブはそういった者達には快く言葉を交わしていた。


 オリーブの持ち出しになるがいいのか? と問うサトルに、オリーブは真剣な顔で「正直に言うと、割れる者が出てくるとは思っていないのだ。あれはたぶん通常の人の力では割れないと思う。それを証明するための実験だ。もちろん割ることが出来るのなら、本当に報奨を出すことは問題ない。約束は約束なのだから」と答えた。

 オリーブがそのような事を言うのは意外だったが、しかし納得もした。彼女もこの町屈指の冒険者。何も腕力だけでその評価を得てきたわけではないのだろう。


 報奨もさることながら、どんなに力をかけても割れないという謎の貝割り大会は、その日のうちに情報として広がったらしく、岩盤の割れ目にはひっきりなしに人が集まってきていた。


 刃物、鈍器、魔法、サトルにはよく理解できない特殊な武器、様々な物で貝を割ろうとする冒険者たちだったが、貝は表面のフジツボなどを剥離させるばかりで、本体はちっとも傷ついている様子はない。


 いつの間にか表面の汚れの大半が剥がれ、真っ黒なガラスのような貝の表面が現れていた。


「だめだ……割れねえ」


 そう言ってタイムは愛用の、肉叩きにも似た棘の付いた金属の槌を地面に突き、杖のように体重を預ける。


「タイム、お前いつの間に」


 いつの間にか貝を割るために集まっていた人だかりの中に、見知った姿がある事に気が付いて、サトルは驚き呼びかける。

 タイムは悪戯が成功した子供のようににかっと歯を見せて笑い、片手を上げる。


「よ! サトル! 面白そうなことしてるって聞いたから急いで駆けつけてみた!」


 急いで駆けつけたと聞いて、サトルは崖に挟まれて狭い空を見る。まだ日がかげるという程ではないが、空の青さは褪せて黄色っぽい斜陽の光が空の端を侵食しているように見えた。


「朝からやっててもうそろそろ夕方だぞ」


「うん、そうそう、一応昼間も仕事してっからさ。んでそろそろ帰らないと親父にどやされる」


 けらけらと笑ってタイムは答える。

 この時間ならば普段は夜の営業に向けての仕込みをしているはずだが、その仕込みをするべきタイムがここにいるという事は、本来タイムのするはずだった仕事を、タイムの父と妹が代わりにやっているのだろう。

 どやされるどころか尻を蹴り上げられるんじゃないかと、サトルは呆れてため息を吐く。


 オリーブもまた空を見上げ、そろそろ頃合いだろうと、貝割り大会の終了を宣言する。


「そうだな、もうこのような時間だ。今日はここまでとしよう!」


 オリーブの宣言に、貝に群がっていた冒険者たちが残念そうに肩を落とす。

 誰一人割る事の出来ない貝に、興味津々、これはもしかしたら防具の材料になるのではないかと言い出す者も出始めていたところだった。

 サトルが貝を回収する際にも、良かったらいい値で売ってくれと言う者もいたが、それはできないとサトルは断った。


 サトルが貝を回収したのを見届けて、オリーブはタイムに声をかける。


「送って行こう。今日は親父さんは何か仕込んでいるだろうか?」


 タイムの料理は雑で、酒を飲む肴にはなるが、純粋に料理を楽しみたいのなら昼に営業をしているタイムの父の料理の方がいいというのは誰もが知る所。

 タイムもオリーブが自分の料理をあてにしていないことを気にせず、昼間に父親が作っていた料理で、夜の時間に提供する分として残してある物と、後は自分の得意分野である酒を挙げる。


「あ、クラビーのベルリーナあるっすよ。塩気のある物なら、今日のキャベツのスープの仕込みも親父ね。それとこないだのダイヤモンドカラント漬けた酒もできてるから、買ってく?」


 オリーブは野菜と酒と甘い物が好きなので、タイムの並べた料理と酒に目を輝かせ、いつもは垂れている長い兎の耳を持ち上げた。


「本当か! それは是非とも!」


 そしておもむろにサトルの肩をがしり掴む。あまりにも突然すぎて、サトルは逃げることが出来なかった。


「よし、サトル殿行こうじゃないか」


「えー……」


 肩からオリーブの手を離そうとするも、オリーブの力強さはサトルではどうにもできない。サトルは有無を言わさず連行される。


 オリーブは良くも悪くもとことん素直だ。それはもう誰もが認めるほどに。

 つまりそんな素直なオリーブがサトルを連れて行こうとするのは、何かしらさせたいことがあるという事。


「もし余力があるのなら、アイスクリームを作ってほしい。酒をかけて食べるのも美味しかったので、ダイヤモンドカラントの酒でも試したいんだ」


「ああ、それなら……」


 楽しそうに宣言する内容に、サトルは納得がいくと同時に、早い所マレインに氷の魔法を習得させなくてはなと、切実に思った。


 引きずられて行きながら、サトルは回収した貝を見る。


「結局割れなかったな……どういう事なんだろうか、これは」


 あらためて見ると、表面の付着物が取れたその貝は、まるで黒い鱗のようにも見えた。


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