8・不思議の貝
会食の日から数日、サトルは一人ルーの家のリビングで唸っていた。
「うーん」
分かりやすく唸っているサトルに、オリーブが声をかける。
「どうしたサトル殿」
サトルは本気で悩み周囲に気が付いていなかったようで、びくりと肩を揺らして驚いた。
その気まずさをごまかすために、オリーブの視界に手にしていたものを突き付ける。
「いや、これをどうしたものかと思って」
「貝?」
それは乾燥した海藻やフジツボに覆われた、掌よりも大きな厚めのアコヤガイのように見えた。
水から取り出してだいぶ時間が経っているのだろう、表面はすっかり乾ききっており、サトルが軽く貝を揺らすと、コトコトと硬く乾いた何かかがぶつかる音がした。
「ああ、前にセイボリーさんたちと海に行ったときに」
オリーブはサトルから貝を受け取り、サトルがして見せたように軽く振ってみる。やはりコトコトと音がして、手にもあまり重くない手ごたえがあった。
「これはもしかして例の、割れない貝なのだろうか?」
オリーブの問いに、サトルはそうだと頷く。
新しく見つけた妖精プクちゃんの手助けも借り採取した貝だったが、ダンジョンから出てこの貝を割ろうとしても割ることが出来なかった。
刃物が入る隙間は無く、金槌で打っても罅も入らない。
セイボリーが本気の攻撃をしてみようかと言っていたが、流石にそれは中身が破損するのでは、と遠慮した。
それからだいぶたって昨日、サトルは貝の中身がすっかり乾燥していることに気が付いた。
隙間もないのに中身が乾燥するのかという疑問もあったが、流石にここまでくるとどうにかしてみたいと思い、一度マーシュとマロウの店に持ち込んでみたのだが、やはり貝を開けることは叶わなかった。
サトルはもういっその事魔法でも使って割るだけ割ってみようかとすら思っていた。
一通り話を聞いて、オリーブはだったらと提案をする。
「うん、だったらどうだろう? これを割るためにちょっとした募集をかけてみないか?」
「募集?」
募集とはいったい何の事だろうか。総首をかしげるサトルに、オリーブは実に楽し気な笑顔を返した。
オリーブに誘われるまま付いて行った先は、ルーの家の裏手にある岩盤の割れ目、巨大な石の崖に挟まれた広場だった。
この場所はガランガルダンジョン下町に影響を与えないということで、戦闘や魔法などの練習の場として開放されている。
確かにここでなら多少派手なことをしてもいいだろうが、この場所は二月ほど前に閉鎖されていたはずだった。
「でも大丈夫なのか?」
サトルの言葉の意味を正しく理解したらしく、オリーブはもちろんだと頷く。
「ああ、この辺りの規制はすでに解除されている」
オリーブの言葉の通り、すでに崖下の開けた場所には十人以上の人影が見えた。
オリーブはためらうことなく崖に貼り付くような階段を下りていく。
「大体崩落の危険は一月ほどで緩和される。ここもそうだ」
崖下にいたのは見知った顔。自警団の訓練兵の面々だった。
訓練兵たちはオリーブとサトルの姿に、あっと声を上げると整列し、略式の軽く腰を折るような礼をした。
元々オリーブたちはバジリコの知り合いという事もあり、自警団の訓練所の技術講師として招かれることもあるそうで、顔見知り。サトルは以前の崩落の時に助けてもらったことや、ここ最近はサトルも訓練所にお邪魔をしたことがあり、ある程度親しみを持ってもらえているようだ。
オリーブは軽く手を挙げ挨拶を返す。
自警団の訓練兵のメンツを確認し、いつもならいるはずの人物がいないことに気が付く。
「やあ、君たちも来ていたのか。今日はバジリコさんは?」
訓練兵たちの中ではリーダー格なのだろう、サトルと一緒にダンジョンに落ちたことのあるヒュムスの青年が返す。
「隊長はダンジョン内部の見回りです。初階層で違法賭博の報告が有ったので」
「そういうのって守秘義務あるんじゃ?」
ダンジョンの中で違法賭博、何とも異世界らしい面白ワードにサトルは凄いなと感心しつつ、組織としてそういうことは口外しない方がいいのではと、微妙に危機感を抱く。
もしサトルの会社が極秘に進めているような仕事の内容を漏らしたら、サトルは全力でその相手を〆るだろう。
サトルの引きつる顔に気が付いていないのか、ヒュムスの青年は笑顔で返す。
「オリーブ殿やサトル殿でしたら大丈夫ですよ」
「いや、問題はあるのではないか? それにその自信はどこから?」
さすがにオリーブも、そんなに信用しないでくれと苦笑する。
二人に軽くとはいえ注意を受けて、ヒュムスの青年は助けを求めるように他の訓練兵たちを振り返る。
シャムジャの女性が大きくため息を吐き、ヒュムスの青年の後ろ頭を叩く。
「すみません、今のは聞かなかったことにしていただけないでしょうか」
シャムジャの女性の言葉に、サトルもオリーブも構わないよと返す。
「ありがとうございます。ところでお二人は何を?」
ほっとしつつ、話しの矛先を変えてくるシャムジャの女性に、オリーブはサトルの手にしていた貝を指さし、二ッと口の端を持ち上げる。
「ああ、実はここで力試しをしようと思って」
「力試しですか?」
シャムジャの女性を押しのけ面白そうだと身を乗り出すヒュムスの青年。シャムジャの女性はその顔面を掌で掴んで締め上げる。
「あいだだだだだだ、ちょ、いたい、ほんとうに」
「ここでやるという事は、結構大掛かりなことをする、という事ですか?」
ヒュムスの青年の悲鳴を無視して、シャムジャの女性とオリーブは言葉を交わし合う。
たぶんこのヒュムスが余計な事を言いがちなのは、いつものことなのだろう。
「ああ、そうだ。だから君たちにも力を貸してもらいたい」
オリーブの言葉に訓練兵たちは首を傾げる。
いったい今から何をしようというのか、全く予想が出来ていないようだった。