6・他愛のない会話
サトルはルーの家に帰ると、自分の部屋へは行かず先ずリビングへと向かった。
そこにはサトルが会食でどのようなことをしてきたのか興味津々だったらしい、いつもの面々がいた。
サトルが呆れつつ帰宅の挨拶をすると、真っ先にアロエが返事と質問を返す。
「ただいま」
「おっ帰りー、サトルっち疲れてそう? 何かあった?」
「ああ疲れてるよ」
ジャケットを脱ぎながら、分かりやすく一カ所だけ開けてある一人かけのソファに腰を下ろす。背もたれにしっかりと体を預けため息を吐くサトルに、リビングに集まった面々は不思議そうにサトルのいつもならぬ様子を窺う。
サトルが此処迄あからさまに疲れた様子を見せるのは、滅多にないことだと、ルーやワームウッドは眉を寄せるほどだ。
ヒースが背もたれに手をかけワクワクと問う。
「どんな感じだった?」
「伏魔殿。悪意と好奇心の巣窟」
アンジェリカはふふっと笑う。
「言い得て妙ね。あの人が連れて行くところですもの、そうなるわよね」
常々アンジェリカの助言は外れたことが無いと、サトルは深々頷き、少しだけフォローを入れる。
「一応……心いい人もいたけど……一応だな、利用された、っていう感想しか出ない。色々観察もされたし、見世物にされた気分で非常に腹立たしい」
自分で言いながら、フォロー失敗を感じサトルは苦笑する。
ルーがその苦笑の理由を問う。
「そんなにしみじみと言う程利用されたんですか? 何を話してきたんです?」
「色々だよ。皆色々考えてるんだなあと……悪意ばかりじゃないとは思うけど、信用はされてないんだろうなと思うと胃が痛い」
要領を得ないサトルの答えに、つまらないわとカレンデュラ。
「適当な感想ねえ。もっとすごーい秘密でも探って来たのかと思ったわ」
素直なカレンデュラの感想に、サトルはまた小さく苦笑する。
「そんな器用なことできていれば、ローゼルさんに利用されてはいないって」
利用された、それだけは明確に言い切るサトルに、まあ仕方ないかしらねとカレンデュラは納得する。
ローゼルが善意込みで他人を利用する人間だと言う事は、彼女を知っている者からすれば常識に近い事だった。
深々と息を吐いて瞼を閉じるサトルに、マレインがカップを差し出す。
匂いからして中身はカモミールティーらしい。
「本当にお疲れ様、良ければ茶でも飲むかい?」
サトルはありがたくそのカップを受け取ると、ずうずうしくもお願いをしてみる。
「ありがとうございます……できれば甘い物もあればいいんですが」
自分から動かず人にそんな頼み方をするというのは、やはりサトルにしては珍しい。
マレインのみならず、オリーブやアンジェリカが不思議そうにサトルの顔を覗き込む。
「そう言えば顔色があまり良くないか。サトル殿、よほどのことがあったのだろうか?」
「利用されたと言っていたけど、本当にどのようなことをしたというの? こういうことはきちんと報告して頂戴な」
詰め寄る二人にサトルは落ち着いてくれと手を挙げて制し、話の矛先を変えようと、ルーへと話題を投げる。
「精霊魔法を……披露してきたんだ。あれ結構、疲れるんで……そういや、ルーも使ってる魔法精霊魔法だよな? 疲れたりしないのか?」
自分が指名されると思っていなかったのか、ルーは少し驚きすぐにくすっと笑って平気ですよと答える。
ルーが精霊魔法を使える、というのはサトルがこの世界に来て最初の頃に聞いたことだったが、自分が使う精霊魔法とあまりにも規模が違ったため、同じ物だと認識してはいなかった。
精霊魔法は使える人間が普通の魔法以上に限られている。その魔法が使えるかどうかを確かめるための問いだったが、ルーは一切隠すようなことだとは思っていないようだ。
「私の場合はあまり使える規模が大きくないので、シュガースケイル齧っていれば得には」
「あー、そういう事か」
ルーの答えに、サトルは少し笑う。
「何です?」
「いや、ルーはシュガースケイルに拘るんで。食い意地がはってるだけかなと思ってたけど、違うのかなって」
ルーと初めて出会った平原でのことを思い出し、サトルはくすくすと音に出して笑う。
「サトルさん!」
ルーの頬に朱が挿し、ルーはサトルに詰め寄った。
それは言わない約束ですと、サトルの肩に手をかけてがくがくとゆすってくるルーに、サトルはとっさに逃げることが出来ずされるがまま。
あわてて謝罪をするも、ルーの手はサトルの肩から離れない。
「ちょ、ルー、すまない、悪かった。頼む、頼むから止め」
しかしサトルの言葉をどう捉えたか、アンジェリカとカレンデュラが、間違ってはいないんじゃないかしらと、同意する。
「食い意地張ってる割に、料理は雑なのよね」
「何でなのかしらね?」
それにオリーブとアロエも頷き苦笑する。
「胃に入れば同じだと思ってるからだろうな。タイムとはまた違う雑さだ」
「スッゴイまずいとか、食べらんないぞ、ってことじゃないからなんか変な気持ちになるよね」
その横でモリーユもこくこくと首を上下に振っているので、たぶん彼女たちはルーの雑な量を食べたことがあるのだろう。
例えばサトルが初めて食べたルーの手料理のように、黴っぽい干し肉のスープや、安い塩で作った金属臭のする塩のクッキーなど。
この三ヶ月で同じ材料で作った、もっと食べやすい料理を口にしていたので、サトルはルーの料理の雑さを改めて実感していた。
サトルから手を離し、愕然としながらもルーは言い訳をする。
「そそそそそそんなことないですよ! ちゃんと栄養的にも問題無かったと思うんですよ!」
耳の内側まで真っ赤にして、ルーはそんなにひどい料理じゃないですよと必死になって否定するが、それを認めてくれる者はいない。
むしろマレインすらオリーブたちに同意をしている。
「あるだろう?」
男性陣もよく見れば、はっきり言わない物の顔が渋い。
自分が話題を振った所為とはいえ、なかなかルーの料理への評判はよろしくないらしい。
「メニューが少なすぎるのもね、正直辛いわ。だからと言って毎日外食するにはこっちの町は食堂の値段が高いのよ。ダンジョンの入り口に近いことはメリットだとは思うけど、やっぱり上の町は冒険者が住む場所ではないと常々思っていたわ……」
はあ、とため息を吐くアンジェリカ。
彼女たち程稼ぎのある冒険者ですら、この上の町と呼ばれている区画での生活は、少々金がかかりすぎると感じる。
それが長期にわたると貯蓄への影響も出てきてしまう。
それが元で、彼女たちは結局ルーの家を離れることになったとも。
誰もはっきりとは言わないが、ルーの師が亡くなった後の下宿人たちの世話を、ルー一人ではできなかったその一因は、確実に料理の事があるだろう。そう思わせる重い空気が部屋に満ちる。
居た堪れない空気に、サトルは天井を仰ぎ呻くように言う。
「あー……そんなに暗くならないで欲しいんだが。俺がここにいる間はできる限り食事の面倒見るつもりもあるし」
そのサトルの言葉に、自然と全員の視線が集まる。
期待としてやったりという狡猾な視線が入混じり、サトルはちくしょうと呻いた。
「やっぱりママだね、君」
狡猾な視線の代表の一人、ワームウッドがクツクツと喉を鳴らして笑い、サトルはガクリとうなだれる。
「だからそれは止めてくれ……って、言っても聞いてくれないんだよなあ」
「そこで折れるからだと思うよ」
とヒースが優しくサトルの肩を叩いた。