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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第四話「コウジマチサトルのお披露目」
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5・帰路にて

 余興が終わった後、サトルは流石に疲労を訴えた。それを主催者の男は当然だろうと納得し、控えのために用意していた部屋へ案内をしてくれた。

 人に会わずにゆっくり休んだ後、もう一度主催者の男に挨拶をしてサトルたちは帰った。

 その時になってようやくサトルはその男のヘンプという名前を認識した。


 帰りも馬車を使い、サトルをルーの家へと送った後は、ローゼルは一人で互助会の会所へ帰ると言う。

 紳士ならばここはサトルがローゼルを送り届けるべきなのだろうが、連続して使った魔法による疲労と、最初から仕組まれていたと気が付いた苛立ちから、サトルはローゼルを送り届けるつもりはないと言い切った。


「むしろ、ここで君が腹を立てなかったら、私は君の神経を疑っていた。君は善良な範囲で実に素直に怒るので、私はそれを好ましく思うよ」


 真正面から褒めているのかどうか怪しい言葉を投げられ、サトルは呻く。


「人を好んで怒らせる人を、俺は好きになれそうにありませんよ」


「そうかね? ところで先程の……自己紹介やあの余興の口上など、よくもまあすらすらと言えたものだね? 君には演劇の才能があるのかもしれないな」


 ルーであれば詐欺師の才があると言いそうなところだが、ローゼルの表現はまだましか。

 言われても仕方ないだろうと思っていたが、別に才能があるとはサトルは露も考えていなかった。


「あー、どうでしょうね。さっきのはうちの社長の真似してただけなんで」


 サトルは思い出しながらくくっと喉を鳴らして笑う。

 元から多少人に舐めて見られる外見をしている社長は、時と場合によっては自ら低く見られることを良しとし、舐められていれば舐められているほどカウンターが決まると言っていた。

 その言葉の通り、サトルを舐めていた相手を翻意させるだけの威力が、あの余興には有ったように思う。


 ふうんと、気のない相槌を打ちローゼルは、サトルをからかうように問う。


「君の所の社長は俳優か何かなのかい?」


 からかいの言葉にサトルは至極真面目に首を振る。


「いいえ、社長ですよ。俺の最も信頼し、恩を返したいと思っている男だ」


 サトルがそこまで言い切る人物というのはどういう人間だろうかと、ローゼルは好奇心に耳を揺らす。


「君がそこまで言うと言う事は、よほどの人物なんだろね」


 しかしそれに返すサトルの言葉は意外な物だった。


「どうでしょうね。貴方以上に人格が破綻してる気もします」


「何だいそれは?」


 もう一度くくっとサトルは笑う。


「最適解のために他人を利用することに躊躇いが無いのはもちろんなんですけど、正義のためなら法律は無視しても構わない、という思考の持ち主なんですよ。他人を利用するのと同じように、自分の人権も無視するし、無益な殺生はご法度らしいですけど」


 さすがに自分は法律には従うなと、ローゼルは納得する。

 ローゼルはサトルの言葉を聞く間、ずっとサトルを観察するうように、サトルの動き、表情を注視していた。

 社長という言葉を使う時ばかりは、まるで少年のように素直に笑うサトルに、自分がどれほど警戒されているか気が付いたのか、口の端に皮肉な笑みを浮かべて、ローゼルは軽く息を吐く。


 もうしばらく行けばルーの家だ。


 少しの沈黙ののち、サトルが口を開いた。


「でもこれで、俺の勇者としての資質を疑う人間は減りましたよね?」


 勇者として認められたとも、資質を疑う人間が居なくなったとも言わないサトルに、ローゼルは少し考え肯定する。

 サトルもローゼルも、周囲の視線が必ずしも快い物ばかりでなかったことに気が付いていた。だが全員を納得させることが出来ないのは最初から分かっていたので、大半が認めればいいと考えていた。


 そもそも今回ローゼルがサトルを勇者として紹介した理由は、暴行事件の二の舞を防ぐためだ。

 サトルがあれだけの精霊魔法を使って見せたのだから、迂闊にサトルに手を出そうという者は消えるだろう。


「ああ、少なくとも、君を見た目だけで侮る輩は減ると私は考えるね。ただ、逆に君を利用できまいかと、考える者が出てくるだろうが」


 それについては最初から織り込み済みだ。というよりも、サトルは他人は他人を利用したいと考えるのが当たり前だと考えている。そこに善意があるか悪意があるかはその人次第で、協力するかどうかは自分次第だと。


 サトルとしては、好意のある人からちゃんと言葉や態度を持って頼まれたら、あまり断るつもりはない。例えばあのサトルに合えたことを本気で光栄だと思っている様子だったアンティーブという男。


「……アンティーブさんは? どういう?」


 あの態度はどこかで覚えがあったと、サトルはローゼルに問う。ローゼルはだろうねと頷く。


「彼も君を呼んで欲しいと頼んできた一人だがね、君に対しては最初から好意的だっただろう? 彼はホップ君とオーツ君が所属する互助会の会長さね」


 その一言でサトルはすんなりと納得がいった。


「あー、なるほど、ちょっと納得しました。ジスタ教そのものというよりも、神の代行者としての竜を信仰している派閥のジスタ教信者の方ですよね。宗派ではないと二人は言っていたが」


 暴漢からサトルを助けた二人の新米冒険者。

 二人から聞いた内容からすると、ジスタ教の中でも竜を信仰している者は、この町では勇者肯派なのだろう。

 何せこの町には、三つ巴の権力闘争の末に、ダンジョンに勇者が召喚され、勇者の働きで竜がダンジョンの所有者は存在しないと宣言し、平和が戻った、という話が伝わっている。

 ダンジョンと竜と勇者は三位一体の信仰対象になっている節があった。


「ああ、その通りだ。宗派は同じなんだが、竜に関しては竜のひざ元で実際にあの姿を毎朝見ていた者と、そうでない者の竜への信仰の度合いは違うそうだよ。竜の親である君に対して、憧憬の念を抱いていたようだ」


 ローゼルもその通りだと肯定する。


 平原で頭上を飛んでいく巨大な影を見た時、確かにサトルでさえひどく心が湧きたち、自分たちが太刀打ちできない存在への畏敬の念を感じた。

 それを毎朝見ていた、この町で産まれ育ったホップとオーツなら、確かにそうなのだろうと納得がいく。二人はニゲラに対して、ひいてはニゲラの父であるサトルに対して心酔している様子だった。


「それにね、互助会の会長職なんてしていると、そこに所属する者達は皆我が子のように感じるんだよ。私も、彼も」


 続いた言葉にサトルは疑わしい目を向け、ローゼルはそれをむっとして受け止める。


「こら、胡散臭い物を見る顔をするんじゃない。本気で言っているのだよ。だからこそアンティーブ君は、今回大ぴらに君に謝意を示す事は無かったが、君が彼らを助けてくれたことを有難く思っているのさね」


 苛立ち紛れにびしりと突きつけられるローゼルの指を掌で遮りながら、サトルは助けた覚えはないと首を振る。


「いいや、助けたのさ。他人への嫉妬やジレンマで腐っていく冒険者というのも多い。だがホップ君とオーツ君は、君とニゲラ君のおかげで、踏み外す所だった道に戻ってきたとね」


 その言葉はホップとオーツ二人からも聞いていた。自分たちは嫉妬でサトルに人の悪評を吹き込んだと。

 それをサトルとニゲラに謝罪し、その後はとても気持ちの良い笑顔を浮かべるようになった。二人が自分たちのしていたことで自縄自縛となり、悩み腐っていたというのは本当だったのだろう。


「若者が腐るのは年寄りには心苦しいのさ。だから、君のおかげと彼は思っているよ」


 サトル自身もまだ若者と呼べるほどの年齢だったが、サトルも元の世界での会社で、部下や後輩を育てることもあった。

 彼らがもし誰かへの嫉妬で悩んで苦しんでいたら、確かに救ってあげる手立てが欲しいと切に願っただろう。


 思い出す人懐っこい笑顔に胸が痛くなるのを感じて、サトルはシャツが皺になるのも厭わず胸元を強く掴んだ。

 元の世界にいる彼らは、きっとサトルが行方不明になったままでは、あの笑顔で笑う事はもうないだろう。


「分かる気も……します」


 タイムやホップ、オーツを見ていると彼らを思い出し、できるなら手を貸してやりたいと思っていた自分の気持ちに気が付き、サトルは苦笑で返した。


 しかし、その話では納得できないこともあった。

 サトルをジスタ教会から遠ざけようとする、ルーとアンジェリカの言動だ。

 またオリーブやセイボリーはそういった様子はないが、ワームウッドはジスタ教会に何かしら思うところがあるらしい。


「ルーとアンジェリカがジスタ教信者に対して、強い反発を持つ理由を、知っていますか?」


 サトルの問いに、ローゼルはもちろんと頷く。


「ただ、少し話は長くなるからね。その話が聞きたいのならまた今度、私の執務室に来なさい」


 言ってローゼルは馬車の進行方向を指さす。

 ルーの家はもう目と鼻の先だった。


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