4・暴力によらない戦い
主催者への余興の提案はローゼルが行い、主催者である男はサトルが何をできるのか、できるならどうぞとばかりの投げやりな態度で許可を出した。
自分の言葉の所為とはいえ、軽んじられているなとサトルは呆れてため息を吐く。
しかし軽んじられているからこそ、ギャップは最大の効果を発揮するという物。
サトルは店の中二階が張り出していない場所まで進み出て、人を遠ざけ場所を作ってもらう。
余興と聞いて何をするのか、手伝い要るかと問う好意的な者達に、サトルは笑顔で返す。
「何も、この身一つと、俺が愛し、俺のことを愛してくれる精霊たちの力を見てあげてください。ただ、とても衝撃の強い光景になると思うので、ある程度俺から離れて気持ちの準備と視覚への衝撃に備えておいていただけたらと思います」
本心からそう言うサトルに、好意的な者達はそれならばとサトルの言う通り距離を取った。
人が離れて危険がないことを確認すると、サトルはまっすぐに天井を指さし、いつも以上に長い口上をもって精霊たちに命じる。
「清廉なるベルナルド! ささやかな雪の結晶を! 冬の花を降らせてくれ! 華麗なるフロルメイ! 君の息吹を! ベルナルドの生んだ花を天井まで運び、優しく振らせてやって欲しい、二人とも時間は俺が十五数える間だ」
大げさな言葉で修飾しているのは、精霊魔法を使うならそうしろとローゼルに言われたから。実際その言葉に気を浴したのか、精霊の反応もすこぶるよかった。
氷の精霊ベルナルドが作った舞い上がる綿雪は、つい最近新しく契約した風の精霊の力を借りて長く滞空しながら降ってくる。
店内の隅々まで行き渡り、証明のわずかな光を照り返して輝く。そこにさらにダンジョンの妖精のキンちゃんや、ヒカリゴケの妖精テカちゃんが、事前に指示された通りに光を当てるので、まるでダイヤモンドダストのように見えた。
サトルはいつも以上に呼吸が苦しくなるのを感じた。
精霊魔法は魔力だけでなく体力も消耗する魔法だ。たとえドラゴナイトアゲートによる魔力の補填があったとしても、サトルの乏しい体力ではあまり大きなことはできそうにないと気が付く。
それでも掴みの魔法は成功したようで、感嘆の声はサトルの耳にも届いていた。
一発勝負だったが思った以上の出来にサトルは胸をなでおろす。
雪を降らせることが出来るならやってみてくれ、というのはローゼルのリクエストだったが、これほど反応が有ると分かっていたのだろうか。
掌に込めて持っていたドラゴナイトアゲートが崩れるのを感じた。
細かい指示や効果範囲の広さで消耗する体力や魔力が変わるが、ドラゴナイトアゲートの無い状態でこの店内に影響を及ぼす術を使うのだとしたら、あと一、二度でサトルの体力的にギリギリ。その後は休息を挟まなくては次の魔法は使えないだろう。
サトルは使う魔法を考える。
人間の体は他の動物に比べ視覚の、それも色などの情報処理に特化している。それ故に派手な見た目の物、強い光の物ほど瞬間的な印象を強くすることが出来る。
そして店内はベルナルドの魔法のせいでかなり空気が冷たい。
次の魔法はこれと、サトルは精霊に指示を出す。
「勇敢なるレオナルド、凍えている彼らに、炎の花を、あの赤い花を小さく咲かせ、彼らを傷つかぬよう足下から温めてやってくれ、時間は俺が十五、数える間」
それをどう解釈したのか、突然店中の床にいくつもの花が咲いた。
宝石の浜で目印にした赤い花とそっくりな花がいくつも咲いては一瞬で散って消えていく。その様とても幻想的で、そこかしこから感嘆の声が上がる。
レオナルドはサトルの、傷つけないように、の言葉をしっかりと守っているようだ。
呼吸が乱れないように、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
サトルは周囲の反応を窺い、ローゼルに視線を向ける。
ローゼルは十分だと言うようにうなずき、最後の締めをと事前に打ち合わせた通り天井を指さす。
テカちゃんが待っていましたとばかりに、キュムウ! と鳴いて店の天井の最も高くなっている位置へと飛び上がる。
「これが最後です! さあ! 俺の可愛い妖精、君の太陽の如き輝きを!」
サトルの言葉に従い、テカちゃんが最大出力で輝き、店の隅から隅までを明るく照らし出す。
視界を塗りつぶすほどの強い光に、驚きと混乱の声が広がるのが分かった。
しかしその光もほんの一、二と数える間に消え去り、まるで店内に闇が降りたかのように静かになった。
テカちゃんの強い光を知っていたサトルとローゼルだけが視界を確保できている状態で、サトルは周囲をもう一度確認する。
テカちゃんの強い光に驚いたらしい女が一人、手にしていた飲み物をこぼしてしまっていた。どうやら中身はクランブルワインだったらしく、赤い液体が女のドレスローブを汚したのがサトルの視界に映った。
サトルは胸元のキンちゃんにこっそりと問う。
「キンちゃん、君って服綺麗にできたよな? 彼女のこともできるか?」
野宿をするたびに、体力の回復とともに体や服をどうやってか綺麗にしてくれているのが、この妖精たちの力だとサトルは知っていた。
問われキンちゃんはもちろんだとばかりに、強くフォーンと鳴いた。
サトルは視界が戻り、クランブルワインをこぼしてしまったことに気が付いた女に近づく。
女はサトルに視線を向けると、困ったように眉根を寄せ、肩を竦めて見せた。サトルを責めるつもりはなかったようだが、それでも自分の行為が望ましくなかったのだとサトルにも察せられた。
「申し訳ありませんご婦人……その汚れを消すことが出来るので、貴方の召し物に魔法を使ってもいいでしょうか?」
「それは是非ともそうしていただきたい」
女ではなくその連れ、貴族議会派の冒険者の互助会の会長が口を挟んだ。その食い気味の様子から、サトルの力を見ることが出来るなら、とことん見て確かめたいという意欲が伝わってくる。
サトルは苦笑しながらキンちゃんに頼む。
「頼んだ、キンちゃん」
その一言で、サトルの左手の甲の九曜紋が光り、あっという間に女のドレスローブから赤い染みが消え去った。
その際にドレスから剥離するようにダンジョン石の薄い欠片が落ちたのをサトルは見逃さなかった。どうやら生体や衣服以外の汚れはダンジョン石化することで分離していたという事らしい。
サトルは気を取り直して女に尋ねる。
「いかがでしょう?」
「ありがとうございます。こちらの失態でしたのに」
そう返す女の声に被せ、周囲にいた互助会の会長たちが女のドレスローブに群がるように集まった。
本当に汚れは落ち切ったのか、幻術ではないか、匂いもしない、布のくすみすら取れている、新しい魔法にしても原理が分からない、などなど、それぞれが思い思いに口に出し女を囲むので、サトルはあっけに取られてしまう。
どうしたものかと後ろ頭を掻くサトルに、主催者の男がローゼルとともに近付いてきた。
サトルはローゼルたちに向き直る。
「ああ、余興の場を与えていただいて有難うございます。拍手すらもらえませんでしたが、興覚めにはならなかったと思うんですが、どうでしょうか?」
そこかしこから声こそ上がっていたものの、よほど最後のテカちゃんの目くらましが効いたのか、碌な拍手も無かった余興を、サトルは真顔で自虐する。
そんなサトルの様子に主催者の男は、大きくため息を吐き口の端を持ち上げた。
「なるほど、ローゼルが気に入るのが分かるよ。君は随分と豪胆なようだ」
意外な評価を貰い、サトルはきょとんと首を傾げる。
驚かしてやれとは思っていたが、先程迄の小馬鹿にしたような態度から随分と変わったものである。
「雪を降らせるなどダンジョンの深奥にいるモンスターか竜の技だ。それをわずかな時間とはいえやって見せたのだから、認めないわけにはいかないだろう。全くローゼルの言う通り、とんだ傑物だな」
言って男はバシンバシンとサトルの背中を叩いた。
最初の挨拶の時から一転して、ここまで親密な態度を取るなんてと、サトルは驚き固まってしまう。
「最初話を聞いた時は半信半疑だったんだぞ、君のような魔法に触れて数か月の者が、本当に最高難度の魔法を使えるのかなんて」
雪を降らせたのはローゼルのリクエストだった。
ローゼルが是非にとサトルに風の精霊と契約をさせたのは、ローゼルの目の前で氷の魔法を使ったダンジョンから帰った次の日だった。
サトルは主催者の男の言葉に、してやられたと臍を噛む。
最初からローゼルはこれをさせるためにサトルをこの場に引きずり出しのだと気が付いた。
眉根を寄せ呻いたサトルに、ローゼルはいつもの綺麗な笑みを返した。