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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第四話「コウジマチサトルのお披露目」
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3・笑みの形

 一通りの挨拶が終わり少し休憩となり、サトルたちは人目を避けるように店の照明の届かない場所を探し身を潜めた。

 梁や突き出た中二階のおかげで、店内にはそこかしこに近づかなければ人の顔も判別できないような影がある。態とそういう作りにしてあるのだろう。


 サトルの姿がより人目に付かないようにと、ローゼルが自分の持ってきていたショールをサトルの上にかける。


「ちょっとした幻術がかかっている。君の姿は人から見えにくくなっているので、思う存分休憩するといい」


 ローゼルの提案に、サトルは素直に従う。

 何せ今日だけで、この世界に来て三ヶ月以上軽くなってた胃痛がぶり返してきた気がする。それほど心労のたまるお披露目だった。


「お言葉に甘えます」


 しばらくして、ローゼルが何でもない世間話のように、サトルに語り掛けた。


「随分と様になってたじゃないか」


 サトルの今日の自己紹介や、それぞれへの対応の事だろう。この世界のややこしい礼儀についても、ぎこちなかった割には「相手の反応は悪くなかったので、サトルとしてもそれなりに対応できていたのではないかと感じていた。

 素直に嬉しく思い、サトルは口の端を持ち上げ答える。


「マレインとルイボス先生に頼んで躾けてもらったから」


 彼らのおかげだと返せば、ローゼルはややからかうように言う。


「その気取った様をかい?」


 気取っているように見えたかと、サトルは大きくため息を吐く。実際は緊張して思う事も言えていなかっただけ。表情を他に取り繕うことが出来なかっただけだ。

 それでもマレイン達に教わった処世術だけは忘れずに行っていた。


「家名を持っているのだから、できる限り自信を持った振る舞いの方がらしく見えると言われたんですよ」


 気取っていたわけではないんだと言うサトルに、ローゼルは「そうかいそうかい」と適当に返し、納得していない様子。


「……君の作り笑いは、完璧だな。本当に笑っているようには一切見えなかった」


 それは誉め言葉なのか貶し言葉なのか、よくわからないので、適当に返事をする。

 作り笑いが完璧というのは、褒められるべきことなのだろうかと、サトルの口がへの字に曲がる。


「どうも」


 ローゼルはサトルの答えが不満の様子。

 ローゼルはサトルが感情的になって言い返すのを期待している節があるが、サトルとしてはこの手合いに感情的に返すと、そこから足元をすくわれたり弱みを握られるに違いないと思っているので、できるだけ相手の口車に乗らないよう心構えがあった。


 しかし、利害の一致があれば話は別だ。


「何か余興でもしてみないかい?」


 ローゼルの突然の提案に、サトルはわず蟹眉をひそめる。


「君の精霊魔法を使って、少しばかり彼らを驚かせることはできないかな?」


 できるできないで言えばもちろん、答えは決まっていた。


「できますね」


 少なくとも、魔法のプロであるカレンデュラやモリーユ、そしてローゼルさえも驚かせたことがあるのだから、ここで出来ないと言う方が問題だ。

 驚かせる理由も察してでいない事は無い。


「畏怖も驚愕も、人の心を動かす理由になる」


 そうローゼルの言う通り、人の心は構えていない突然のことには弱い。サトルという人間をより強く印象付け、勇者として認めさせるのにも、精霊魔法を使うのは良い事だろう。


「悪くはないと思います」


 言って胸のポケットのキンちゃんに頼み、奥の方に入れていたウズラの卵よりも小さいサイズのドラゴナイトアゲートを取り出した。


「ニゲラとニコちゃんに見つけてきてもらったんです。これ、使うんだったら別途報酬追加でお願いします」


 サトルは精霊魔法を使えるが、精霊魔法を使うとひどく消耗し、自力で歩けなくなることもある。それでは勇者としての資質を周囲に認めさせるどころの話ではない。

 しかし、魔力を補填してくれるアイテムであるドラゴナイトアゲートさえあれば、行動不能という失態を避けられる。

 ただし、このドラゴナイトアゲートはニコちゃんが見つけてくるお宝の中でもとりわけレアカツ高価なアイテムだ。


 その補填をしろと言われ、ローゼルは渋い顔をする。

 笑みは笑みだが苦笑いの表情で、ひょこりと肩を竦め急て見せるローゼル。


「私がかい?」


 サトルはようやく少しだけ意趣返しが出来そうだと、楽し気に目を細める。


「当たり前でしょう? 余興を頼んだのは貴女だ」


 依頼をするなら報酬を、サトルは不敵に笑う。


 本当は金を払ってもらわなくてもよかった。この示威行為は自分のためにもなると分かっていたからだ。

 大人しく隠れるように行動するつもりだったが、それが出来なくなってしまったなら、周囲の人間を自分の味方につけるか、もしくは邪魔をされないくらい権威や権力があるようにふるまう、それも一つの手。

 なのでローゼルがドラゴナイトアゲートの分を支払われなかったとしても、サトルとしては構わなかった。ドラゴナイトアゲートを使い、倒れることなく余興をやってみせるつもりがあった。


 しかしローゼルはそういう事なら仕方ないなと、サトルが思っていたよりもあっさりと了承した。


「分かったよ、ではいかほど?」


 サトルが思っているよりもあっさり依頼料を払うと納得するの、さほど金には困っていないからだろう。そう言えばローゼルがルーにある程度のまとまった金を貸した時、ルーの持っていた大きいサイズのドラゴナイトアゲートを担保として預かったなと思い出す。


 サトルはローゼルが了承してくれたならと、先に考えていたことを提案する。


「オリーブたちに酒を奢ってやってください。結局この間は分け前を余り受け取ってくれなかったから」


 とたんふはっと息を吐き出しローゼルは笑い出す。

 何がそんなにおかしかったのか、頬を赤く染め、手で口を押さえ声を殺しながら肩を震わせるローゼルに、サトルは何があったのかと身を固くする。


「っくっははははは、君は、本当に……そうだね、彼女たちは君を心配しての行動だったようだからね」


 しかし返すローゼルの声はとても嬉し気で、何かサトルがおかしなことしたというわけではなかったらしい。


「ええ、だからその心配をかけた罪滅ぼしも兼ねてください。ローゼルさんが俺を無理やりダンジョンに連れ込んだこと、特にオリーブは気にしてたんですよ」


 困惑しながらも続けたサトルの言葉に、ローゼルはようやく笑いを収め、穏やかに目を細める。

 サトルの目を覗き込むようにじっと見つめる目には、値踏みするような鋭い光は無く、ただただ眩しい物を見るためにすがめているようにも見えた。


「君はお人好しが過ぎるんじゃないか? 私はてっきり吹っ掛けられるのかと思っていたよ」


「するわけないでしょう。」


 サトルは自分に笑顔で近付く人間を警戒する癖がある。それは自分が今まで経験したことから培われてきた一つの処世術だったが、どうやらローゼルも、サトルの笑みに警戒を抱いていたらしいと気が付く。


 よほどサトルの答えが嬉しかったのか、笑いを収めたた後もローゼルの顔には、純粋に嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


 目の前のその人は、海千山千の傑物なのではなく、ただ人を使うのがちょっと上手いだけの、案外普通に優しい女性なのかもしれないと、サトルはすこしだけ考えを改めた。


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