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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第四話「コウジマチサトルのお披露目」
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1・暴力によらない戦い(前哨戦)

 ローゼルがサトルにフォーマルな場で着る服を用意したのは、もちろん理由があった。

 彼を人前に披露するためだ。


 名目は冒険者の互助会同士が作る組合の会食会。

 実際はガランガルダンジョンに召喚された勇者のお披露目会。


 この冒険者の互助会同士が作る組合、冒険者組合はガランガルダンジョン下町の自治会、教会、貴族議会の権力三竦みともまた違うところに位置しているのだとかで、面倒だが受け入れられていた方がいい組合なのだとローゼルは言う。


 冒険者に権力の括りは存在しない、という建前ではあるものの、組織が肥大化していくと後ろ盾はどうしても必要になってくるもので、互助会によっては教会派、貴族議会派などの派閥もあるのだそう。

 その中で最も大きな派閥は、ガランガルダンジョン下町自治会派で、その理由としてはダンジョンを最も実用的かつ即物的に利用している冒険者たちにとって、町が国や宗教に属することは決して良い事ではないかららしい。


 そしてローゼルも、明確に立場を表明こそしていないものの、周囲からは自治会派に数えられる一人だった。

 そんなローゼルの立場を守るために、サトルはお披露目会で失敗をするわけにはいかない。


 会食の会場は上の町と呼ばれる区画の中でも、比較的安価だが広いスペースを売りにしている食堂の一室だった。

 サトルとローゼルはそこに幌付きの馬車で乗り付けた。


 サトルにとって馬車は初体験という事もあり、はしゃぎたい気分ではあったが、それ以上に緊張が勝っていたので、馬車内を観察するにとどまった。


 身嗜みを確認しながらサトルはローゼルに問う。


「正解や勝利条件は有りますか?」


 ローゼルは特に何も難しい事は無いと答える。


「そうだね、君を認めさせる、それだけだ」


「分かりました……」


 馬車を居り、ふと思い当たることがあり訊ねる。


「相手の気性は荒いと考えていいですか?」


 サトルにとって冒険者は荒事をする人間のイメージが強かったので、その組織のトップの集まりと言えば、自ずとそうなると思ったのだ。

 しかしローゼルはそれほどでもないと答える。


「いいや、確かに荒っぽい奴らもいるが、基本的には穏やかだ。力で支配できるような存在じゃないのさね、冒険者は。傭兵とは違うのだよ」


 乱暴ごとだけが仕事じゃないとローゼルは言う。そしてサトルはそれを誰よりも知っているはずだった。

 他の冒険者と呼ばれる人間たちがどうかは分からないが、サトルの知る冒険者たち、とくにローゼルの互助会に所属している者達は、戦闘の腕前以上に技術や知識を重要としていた。


 セイボリーやマレンやルイボスは、新しい魔法の検証や有用性を研究検証することもあるらしく、今は組んでいたパーティーを解消して研究に徹している。

 オリーブたちのパーティーは得意分野を調査や採取だと言っていた。

 他にも、ローゼルの勅命でダンジョンの組み変わりを調査しているティーというラパンナのパーティーもある。


 彼らは気性が荒いと揶揄されるような者達ではなかった。


「すみません、侮るようなことを言いました」


 自分の思い違いを素直に謝罪するサトル。それをローゼルは構わないと返しながら、口の端をニヤリと持ち上げる。

 

「いいや、分からないでもない評価だから、問題はないよ。ただ、中には私以上の厄介な奴らもいる。侮っては困るからね」


「ローゼルさん以上ってのは、ゾッとしませんね」


 今でさえ善意と利己の両方を以てして、サトルをいいようにしているローゼル。それ以上に人を利用するのが上手い人間が居るのだとしたら、サトル程度の若造では太刀打ちはできないかもしれない。



 建物内に入るとわずかに開けた空間があり、そのすぐ奥にはテーブルが並び、天井は高く、中二階席が張り出す作りのカウンターバーのある店だった。


 会食はそれぞれ席が決まっているわけではなく、酒がメインの立食パーティーのように見えた。


 サトルが知っている物で一番近い雰囲気を考えるなら、幼少の頃にテレビで見た稲妻傷の魔法使いの少年の映画であった、バタービールを飲めるパブのワンシーンに似ていた。

 ただ室内の内装はあの映画よりも明るく、壁も漆喰で白く塗り、清潔感だってある。だと言うのにサトルがその場所をあの影を強調するような映画のワンシーンに似ていると感じたのは、日本ではなかなか出会えない濃いアルコールと油を燃やす匂い、それと雑多な人の匂いがあったからだ。

 重い匂いが、空気すら重く感じさせる。


 サトルは息苦しいなと思いながら、店の中央を歩くローゼルの後ろに続く。


 店内にいるのはざっと見た感じでは五十人はいるように見える。はぼサトルよりも歳が上の人間達ばかり。パートナーとして配偶者か互助会の人間を連れてきていいそうで、何人かは若い人間もいたが、どの人物も若く綺麗どころであることが分かった。パートナー有りの会食は、想像するにローゼルがこの場にサトルを連れてくるための名目を作りやすいように、という事だろう。

 人に見せつけるような容姿も威厳も持たないサトルでは、とてもではないが敵わない相手ばかりに見えた。


 だからと言って、サトルは背を丸めたりはしないが。


 誰の声とは判別できないがサトルを値踏みする低い声がそこかしこで聞こえる。


「あれが?」


「いやしかし」


「気味が悪い」


「知らない顔立ちだ」


「異様だな。あの胸の光は?」


「顔色が黄色いな、まるで病気のようだ」


 サトルは口の端を笑みの形に吊り上げる。

 値踏みも気持ち悪いも、まるで病原菌のように扱われるのも、アジア人というサトルにとってはよくある事だったからだ。

 異世界なのだと気を張っていたが、何の事は無い、ここにいるのはサトルの元居た世界の人間と変わらない、自分たち以外の理解が及ばない相手に恐怖し嫌悪する、ただの気の弱い人間たちだった。


 サトルの不敵な笑みに、ハンカチーフ代わりに胸ポケットに詰まっていた妖精たちが、不思議そうにフォーン、キュムンと鳴いた。


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