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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは平穏を望んでいる」
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12・闇と対峙

 野宿をした翌日、サンドリヨンの住処を見つけるにあたって、大まかな位置は分かっていたがそこから先は実際の巣を見たことのあるニゲラとサトルにしか分からないからと、二人が先頭に立って進むことになった。

 その道中、ルーはまだニゲラに聞いてみたことがあったんだと、幾つかの質問をし、ニゲラは答えた。


「昨日の話で違和感があったんですよ。ニゲラさんもサトルさんも、サンドリヨンのことをとても軽視していらっしゃるから」


「軽視というか、本当にそんなに怖いと思ってませんでした」


 サトルもそんな二人の会話に口を挟む。


「グラスドッグやロックハウンドの方が怖かったからなあ」


 ルーはそんなサトルの言葉に呆れる。


「どちらかというとサンドリヨンの方が厄介ですよ」


 ニゲラとルーが話しているうちに、幾つか人間と竜の見識の齟齬があることが分かった。

 サンドリヨンに関してはまさにそれで、竜からしてみればサンドリヨンは死肉を食らう臆病者だったが、人間からしてみれば、冒険者だろうが平気で襲う獰猛なモンスターだった。

 またクラウンも竜にとっては腕力のみで倒しやすい食肉だったが、人間の冒険者にとっては、とにかく巨大で厄介な動物で、できるなら回避したい相手だったらしい。


「うーん、ニゲラさんと話してると、あながちサトルさんだけが変なわけじゃないような気がしてきます」


「俺もそう思うよ」


「そうですか? 竜からしてみても、父さんはちょっと危なっかしいですよ」


 会話を続けながらサトルたちは足を進める。


 ダンジョンが内部に広がるヤロウ山脈のとある場所に、桜の場所と呼ばれる場所がある。

 日本のソメイヨシノよりもやや色濃いカワヅザクラに似た桜が群生する一帯で、その場所はルーの亡き師、タチバナの思い出の場所だったという。ニゲラのヤロウ山脈での巣がある場所だ。

 その場所に行くまでには、地上を行くよりもダンジョン内部を行く方が短い時間でいくことが出来るので、今回もダンジョン内部の道を通っていくことになった。


 ニゲラにとっては勝手知ったるわが家への道なのか、いつも以上に足取り軽く勇んで先頭を歩いていたのだが、途中何かに気が付いたのか急に足を止め両手を広げて後続のサトルたちの足を止めさせた。


 場所はダンジョンのホールではなく、ホールとホールを繋ぐ通路状になっている洞窟。妖精たちの光に照らされた周囲を見れば、黒と濃い茶色がまだらに混じったようなダンジョン石が壁を形成していた。

 進先はやや斜面になっており、上から下を見ることで広く視界を取れるだろうなと感じさせるような場所。


 道の幅はそれなりに広く、サトルの感覚からすると五メートルは有りそうだった。

 ただし、足元や壁にはごつごつとした歪な凹凸があり、妖精が照らす光が届かない陰になっている。その物陰に何かが動く気配がした。


 気のせいでなければやや気温が高く、きな臭い硫黄に似た匂いがしている。

 サトルはこの場所に来たこと自体は初めてだったが、似た場所や同じ匂いを知っていたので、すぐに理解し、ニゲラに問う。


「いるんだな?」


「はい、いました」


 頷くニゲラに、オリーブが何故と問う。


「音が聞こえます。あの、サンドリヨンは臆病です。できれば静かに、お願いします」


 オリーブたちも耳を上げ、ニゲラの言う音を聞こうとするが、外部に通じている場所のせいでヒュウヒュウという風の音しか拾えない。

 アンジェリカだけは何か別のものを感じ取れるのか、ニゲラに同意を示す。


 だがまだサンドリヨンはサトルたちに襲い掛かってくる様子はない。

 サトルが見たサンドリヨンは、数匹の斥候を使って、相手が手に負える存在かどうかを探っているようだった。

 だから竜からしてみれば死肉を漁る姿しか見えず、人間からすれば自分たちを襲ってくる恐ろしいモンスターに見えるのだろう。


「サンドリヨンは捕まえるのか? それとも倒すのか? 必要な数は?」


 サトルは端的に必要な情報をローゼルに尋ねる。ローゼルは少し考えながら答えを返す。


「倒して皮を剥ぐのさ。君一人分だ。メインの白銀のクラウンと違い、そんなに広く使うわけでもないしね、二、三匹で十分だろう」


「……だったら、俺がやる」


「ほう? 大丈夫なのかい? サンドリヨンは魔法使い泣かせとも言われるが」


 主な攻撃手段が精霊魔法であるサトルが、自らモンスターへの対応を買って出るとは思っていなかったらしく、ローゼルが低くいぶかしむように問う。

 しかしサンドリヨンを一掃したことのあるサトルには、先のサンドリヨンの説明で思い当たることがあった。


「あれは氷の魔法が弱点だ」


 サトルの言葉にルーがそういう事ならと納得する。


「サトルさんの規模の魔法なら、攻勢魔法として使えますね」


 その通りだと頷き、サトルは宣言する。自分以外がサンドリヨンに挑むのは危険だからと。


「サンドリヨンはすでにこっちを見ている。だから……俺一人で行く。無茶はしないつもりだから、君らはここで待っていてくれ。どうしてもだめだった時は、ニゲラ、頼んだ」


「はい、分かりました」


 それは流石にと止めかけるルーの言葉を手で制し、サトルがサンドリヨンを倒したところを見たことのあるニゲラは、サトルがそういうならと信用し送り出す。


「……怪我、しないでくださいよ」


「悪い、それは……努力はする」


 ルーに約束はできないと返し、サトルはニゲラたちから離れた。行ってくるよと軽く手を振り、硫黄の匂いが濃くなっている方へと進む。

 ルーは大きく肩を落として、聞こえないほどの声で「心配くらいさせてくださいよ」と恨み言をこぼした。


 ルーたちとの距離を測りつつ、周囲の暗がりに潜むサンドリヨンを探すサトル。


「ウワバミ、地面に水の膜を張る様に広げてくれ。もしサンドリヨンがこちらに来たら、足を掴むつもりで絡み付け」


 進みながら精霊たちに命じる。サトルの足下から滲むように水が湧きだし、重力を無視し坂を上る。

 サトルとニゲラたちの距離が二十メートル近く離れたところで、サトルの耳にも聞こえる甲高い鳴き声がした。

 あえて精霊が照らす光を避け、暗闇から回り込むようにサトルへと近付く影があった。

 サトルはすぐに氷の精霊、ベルナルドへと命じる。


「ベルナルド、サンドリヨンたちの足を縫い付けろ!」


 突然足下に絡み付く水に、不意を突かれギィ! と悲鳴を上げるサンドリヨンたち。


「苦しめずに殺してやってくれ、首と頭の付け根だ、氷の矢で穿てベルナルド!」


 間髪入れずベルナルドが作り出した氷の矢が、サンドリヨンたちの首を射抜いた。

 悲鳴すら上げずサンドリヨンたちは凍り付いた地面に頽れる。


「うそ……サンドリヨンよ?」


「何で……」


 魔法を使うカレンデュラとモリーユにとってはまさか魔法だけでこんなにもあっさりと片が付くとは思わなかったようで、愕然とする。ローゼルすらその後ろで驚きに目を見開いていた。


「いやはや……氷の魔法がこんなにも活躍するものとは……知らなかったよ、まったく」


「凄いじゃないか」


 そう言ってサトルに駆け寄ろうとするオリーブのシャツをアンジェリカが掴んだ。


「待って、もう一匹……縛りなさい」


 どうやら斥候の一匹がサトルの攻撃から逃れていたらしい。見つかったと分かるやアンジェリカに向かって飛び掛かってきたが、すぐさまアンジェリカはお兄ちゃん(仮)の力を使った。


 アンジェリカの背後、お兄ちゃん(仮)の腕が伸び、近くの陰に潜んでいたサンドリヨンを掴んだ。

 サンドリヨンびくびくと体を振るわせた後、すぐにおとなしくなり、アンジェリカの足下へと進み出てきた。


「凄いです! 僕モンスターテイマーって初めて見ました!」


 顔を輝かせ、アンジェリカの足下にしゃがみ込む。しかしサンドリヨンは怯えたように毛を逆立て、ニゲラへと向け威嚇音を立てアンジェリカの足に縋りつく。


「警戒されてます」


「竜だからかしら? 残念ね」


 アンジェリカの言葉に、ニゲラはしょんぼりと肩を落とす。

 サトルはそれを遠目から見やりながら、その場に腰を落とした。

 実は連発した魔法のせいで、疲労が激しくたまっていた。


 座り込んだサトルの傍へとローゼルが歩み寄る。その手には毛皮を剥ぐためのナイフ。

 ローゼルはサトルの傍に座り込み、地面に縫い留められたサンドリヨンから起用に皮を剥がしていく。

 サトルはそちらを見ないようにしながら、体力がある程度回復するのを待った。


 作業中、ローゼルが誰に聞かせるともなしに呟いた。


「崩落、起きると思ったんだがなあ」


 それはサトルと一緒にダンジョンに潜れば、崩落が起きると思っていた、という事だろうか。

 サトルは必ずしもダンジョンの崩落は起きるわけではないと返す。


「最初から危険がある所に行かなければ、案外起こりませんよ。確かに俺が巻き込まれる頻度は多いかもしれない、けれどそれは元からリスクが高い場所においてのみだ。事前の調査さえしっかりしていれば、ある程度崩落に巻き込まれる可能性は減らせます」


 ローゼルは返事を返さず、黙々と作業を続ける。


「ダンジョンの崩落は、回避できる事象なんですよ」


「……そうか。ああ、そうなのだろうな」


 くぐもって返されたその言葉は感情が読み取れず、サトルは不思議に首を傾げた。




 ダンジョンから帰った翌日。サトルはローゼルの執務室を訪れた。

 挨拶を済まし、サトルはローゼルに尋ねる。


「満足しましたか?」


 ローゼルは何かの書類に目を落としたまま、サトルをちらとも見ずにとぼけて返す。


「うん? 何のことかね?」


 ため息を吐き、サトルはこれならばとぼけられないだろうと、分かりやすく尋ねなおす。


「俺が勇者としての資質があるのか、知りたかったんでしょう」


「何だ……見透かされたか」


 ようやく書類から顔を上げ、目元だけで笑って見せるローゼルに、サトルは当たり前だと頷く。


「疑っていたのだよ。だが、君は……私が思っていたような存在とはだいぶ違ったが……」


 疑っていたというローゼルの言葉に、サトルは理解ができるともう一度頷く。何せサトルが勇者であることを一番疑っていたのは、サトル自身だった。

 この世界に来てできることは増えたが、その全てが妖精、精霊、竜であるニゲラの力を借りる事。サトル自身の力ではなく、勇者と呼ばれる存在がサトルである必要はないように思えた。


 しかしローゼルは言葉を続ける。


「間違いなく、この世界に変革をもたらし得る存在だと思う。だとしたら、君は勇者なのだろうさ」


 ローゼルはサトルを勇者であると言う。

 サトルは肩をすくめる。


「そうでしょうかね?」


 連れて来たわけではなかったが、ついて来ていたニコちゃんが、フォンフォンと強く鳴く。どうやらサトルに自信を持てと言っているらしい。


 そんな妖精の声が聞こえたのだろう、ローゼルはクツクツと喉を鳴らして笑うと、椅子から立ち上がり、サトルへの距離を詰めた。


「私たちただの一介の人間が断じる物でもないのかもしれないね。だが妖精が君を勇者と言っている。疑うのが間違いだったかな」


 手を差し出し、ローゼルは言う。


「勇者殿、改めてルーをよろしく頼むよ……あの子は、ガランガルダンジョン下町にとって、ひいては我々獣の性質を持つ人間にとって、大事な存在なんだ」


 ルーがこのガランガルダンジョン下町にとって大事、その理由をサトルはついこの間、正しく知った。そして、ローゼルがルーを気にかける理由も、それでようやく納得がいったのだ。

 サトルはローゼルの手を取りしっかりと握り返す。


「ルーには恩義がある。力になると頼ってくれと言い、約束もした。俺は約束を守るつもりです。己の心の平穏のためにも、その信念を俺に与えてくれた人のためにも」


 たとえ自分が勇者でなかったとしても、自分がした約束を守れない人間ではありたくないと、強い決意を示すサトルに、ローゼルは眩しい物でも見るかのように目を細めた。


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