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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは平穏を望んでいる」
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11・平穏とは程遠い場所

 白銀の森で探したのは、白銀のクラウンというヘラジカに似た白銀の獣だった。

 その巨大な体躯は、サトルの知る二トントラックよりなお大きく、その角はクラウンと呼ばれるにふさわしい威容を誇っていた。

 モンスターではなく、一般的な草食動物だという白銀のクラウン。その巨大な体での突進もさることながら、角での一撃、蹄による蹴り上げも恐ろしく、何より生木をバリバリと咀嚼することのできるその顎と臼のような歯は、人間の骨など一瞬でかみ砕きすり潰すほどに強靭だという。


 そんな白銀のクラウンと戦うにあたって、最適な作戦は遠くからの狙撃。しかしそれがかなわない場合は、正面から角を、魔法などを使い複数人で固定し首を狙うのだとか。

 その話を聞いて、ニゲラが自分だったら足場次第では一人で十分角の固定をすることが出来る、と宣言をした。

 それにより立てられた作戦はまずアロエの狙撃。発見した市が悪い場合や失敗をしたらニゲラによる角の固定で決まった。


 結果はニゲラの活躍で、何の問題も無く白銀のクラウンの角を捕まえ、オリーブの一撃で首の太い血管を叩き斬り、骨にまで達する傷を負わせることが出来た。


 鮮血を吹き出し倒れていく白銀のクラウン。

 ここから先は白銀のクラウンの体温が下がり切るまでの時間勝負だとローゼルは言った。

 解体し、必要部位を剥ぎ取り、そして撤収をする。

 白銀の森には肉食のモンスターも複数生息しているので、血臭に群がってくる可能性もあった。


 解体はルー、カレンデュラ、アロエ、ローゼルの四人で行い、残った者達は寄ってくる可能性のあるモンスターに対処するために、白銀のクラウンを取り囲んで四方に目を向ける。夜の暗さなので視界の先は妖精たちに頼んで照らしてもらっている。


 ローゼルは器用に首の傷から皮を剥いでいく。

 白銀のクラウンの体は巨大すぎるため、すべての皮を持ち帰るのではなく、腹や背の質の良い毛皮と、肩や腰回りの伸縮の良い毛皮を重点的に剥ぐ予定だった。

 ローゼルは皮と肉の間に幅の広いナイフを差し込みながら苦笑する。


「それにしても、私はいらなかったかもしれないね。解体だけなら私でなくてもよかったようだ」


 その横で解体に必要な湯を沸かしていたルーが答える。


「そうでもないですよ、どこに必要な素材があるのか、詳しく知ってる人がいるだけでも助かるものですよ。とくにこの白銀の森はあまり人が立ち入りませんし、その分余計に白銀のクラウンは珍しいですし。ローゼ……ローズさんが事前にここのホールの情報を集めて、白銀のクラウンの習性を把握してくれていたおかげで、ホールに入った当日中に見つけ出すことが出来ましたし、すぐに作戦も立てられました」


 手放しでほめられるのもむず痒いといつもより素直な笑みを浮かべるローゼルだったが、ふっと視線を向けた先に、サトルが離れた場所で嘔吐しているのを見てしまい、不思議そうに首を傾げる。


「サトル君は何故気分がすぐれないのかな?」


「血が苦手なんですよ」


 ルーの諦めたような様子に呆れつつも、不甲斐ないぞと声を張りサトルに呼びかけるローゼル。


「サトル君! 君はそれでも勇者かい?」


 嘔吐し続けるばかりでサトルは答えない。代わりにニゲラが声を張り返す。


「父さんは平和主義な紳士さんなので!」


「何だいそれは」


 訳が分からないと肩を竦めるローゼルに、ルーはそういう物だと諦めてくださいと首をふる。


 そのやり取りを見て、オリーブが首を傾げる。


「紳士ってそういう物だったかな?」


 サトルは嘔吐し言葉を返せないまま、現実の厳しさに涙を浮かべる。モンスターをハントするゲームの血液の表現って易しかったんだなと今ならわかった。

 雪を溶かし湯気を立てる血臭は、辺り一帯を包み込み、まるで血の池地獄でおぼれているような錯覚さえしていた。この現実を、できる事なら死ぬまで知らない方が良かったよなと、サトルはしくしくと涙を流した。



 白銀のクラウンの皮を剥ぎ取り、ついでに角と肉も切り離し収穫物とした後、サトルたちはすぐさま白銀の森を後にした。

 気温の低い場所というのはただ滞在するだけでも体力を消費するので、そうならないようすぐ近くにある地上へと出る通路を行く。

 今日はダンジョン内部ではなく、野外での野宿となるらしい。


 サトルがこの世界に来てそろそろ三ヶ月になる。春に来たのでもうすぐ初夏。夜は冷えるが凍えて身動きが出来なくなるという程ではなかった。


 さすがにサトルも野宿の準備には慣れてきたので、指示を待たずに動けた。

 食事は白銀のクラウンの肉を使いサトルが作った。


 サトルは以前類似した常緑のクラウンという鹿の肉を食べていたことがあったので、その時に感じた問題点を考え、肉を叩いて肉団子にし、一度串に刺して焼いてからスープに入れた。サトルの作ったスープへの評価は上々だった。

 ルーが持ってきていた硬い塩のクッキーも、スープと一緒なら美味しく食べることが出来た。


 食事が済んでしばらくし、腹が落ち着いたころにローゼルが明日の予定をと話し出した。


「明日もサトル君の服のための素材集めに付き合ってもらうつもりなのだけどね……あとは……サンドリヨンが必要なのだよ」


 サンドリヨンという名を聞いて、アロエとカレンデュラがあからさまに顔をしかめ、ルーやオリーブ、モリーユも少し眉をひそめた。アンジェリカはそれらの反応を見て、まあそうなるわよねと嘆息し、その後ろでお兄ちゃん(仮)もなかなかに渋い表情。


 サトルとニゲラだけは、何故と顔を見合わせる。


「何、サンドリヨンさえ手に入れば糸はすでに確保してある。ボタンはニゲラ君が用意したあのムラサキカガミを使わせてもらうよ。あれは良い物だ。それで素材集めは終了だ」


 苦々しい表情の一堂に、そんな顔をしないでおくれとローゼル。それに対してオリーブは地図を広げ、唸る様に考え込む。


「サンドリヨンか……アレの巣はなかなか見つけるのが難しい。明日一日では済まないかもしれないな。目撃例のある場所は……」


 だったらとサトルが手を挙げ発言する。


「あー、まだ残ってるかはわからないが、桜の場所に行く道の近くに、生息域があったはずだ」


 サトルの発言にオリーブの重く垂れていた兎耳が、ぴょこりと持ち上がる。


「残ってるか、というのは?」


 サトルより先にニゲラが答える。


「父さんが巣ごと殲滅しました!」


 その言葉にオリーブは目を丸くして驚き、カレンデュラやアロエ、モリーユもまさかと息を飲む。


「サンドリヨンをか!」


「凄いじゃないサトル」


「はあ? 巣ごと殲滅って、サンドリヨンを? あり得なくない? 巣ごとなんでしょ?」


「……どう、やったの?」


 一斉に投げられる賞賛と驚愕、疑うような言葉の雨に、サトルは思わず身を引く。

 ローゼルすら、その表情は鳩が豆鉄砲を食らったかのように、驚きに彩られていた。


「おやおや、勇者かと疑ったことを謝罪しよう」


「ええ……どういう事なんだルー」


 助けを求めるようにルーに問えば、ルーはふるふると肩を震わせて、答える。


「サンドリヨンは冒険者にとってもかなり厄介なモンスターなんですよ。集団で行動する、刃物をも弾く硬い毛皮を持っている、攻勢魔法として多用される火の魔法にかなりの耐性がある、爪や牙に傷口の化膿を促進する毒を持っている、そして竜にも牙をむく獰猛さを有しているので、人間の冒険者くらいだったらあっさりと……だから、捜すのも難しいですけど、数十匹を全て殲滅というのは……なかなかやってできる事ではないです」


 ルーの説明にアンジェリカが補足を加える。


「ただ獰猛なのではないわ。集団行動というのが厄介なのよ。テイマーの力で縛るのは比較的簡単だから、同士討ちさせれば片は簡単につくけど、一匹を集団で食いちぎりに来るから、それも恐ろしい所ね」


 そこまで言われるほどの相手だったかと、サトルは驚愕する。

 確かにサンドリヨンは竜であるニゲラやニゲラの名付け親に対しても牙をむき、サトルを集団で襲い血まみれにした。しかし倒すこと自体は精霊魔法一発で片が付くものだったので、そんなに恐ろしいと思わなかったのだ。


「あのリスみたいなやつが? あ、けど……確かにニゲラに物怖じせずに挑んでいたか」


 後ろ頭を掻きながら、人事のように言うサトルにニゲラは立ち上がって抗議をする。


「父さん群がられて食べられる寸前だったじゃないですか。何でそんなに平然としてるんです?」


 あの時は本当に死ぬかと思ったと、ニゲラは目に涙すら浮かべるが、サトルはこの世界に来て何度か死にかけているせいか、マヒしているみたいでと答える。


「こっちに来て何回か死にかけてるからな。怪我もよくするし、気を失うとかルーティーン化してる気がしてる」


「しちゃだめですよ! 父さんってそういうところおかしいです!」


 損な血を吐くようなニゲラの全力の叫びに、サトルの横でルーが激しく頷いていた。


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