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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは平穏を望んでいる」
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10・火酒と香水

 目的地としていたホールに入る直前、先頭を行っていたオリーブは足を止めると、背後を振り返った。


「ボス」


 呼びかける言葉にローゼルは苦笑し窘める。


「こらこら、この格好の時はローズさんと呼びなさい」


 今回は冒険者の互助会の会長であるローゼルではなく、一介の冒険者ローズとしてダンジョンに潜ったというローゼル。便宜上他人として扱うようにと、ダンジョンに潜る前に言い含められていた。


 オリーブは困ったように眉をひそめながらも、律義に呼びなおす。


「あー、ローズさん、ここからは防寒が重要です。少し待ち支度が出来しだい、行きましょう」


 もちろんだと頷き、ローゼルはさらに背後に確認する。


「さてでは皆ここから先は場所は白銀の森だ。各自防寒対策はするように言っていたはずだ。問題はないね?」


 サトルは心底うんざりと否定をする。


「問題しかない。寒いのは嫌いだ」


 白銀の森、それは数あるホールの中でも、人が入って行ける程度ながら、極寒の地。

 サトルの知っている限りではフィンランドやスウェーデンなどの北欧の冬に似た場所だ。

 季節が夏に該当する時期ならばまだいいが、冬に該当する時期になると、一日の四分の三が夜。しかも常に雪が積もり、風が凍るほどに冷たいという。

 時に天井にはオーロラにも似た光が広がり、神秘の帯と呼ばれるのだとか。


 一応ローゼルが事前に用意していた防寒具を貸し与えられているサトルだったが、今から行く場所が未知の寒さと雪の世界だと聞いて、とてつもなく渋っていた。


「私が温めてあげようか」


「いりません」


 サトルは思いきり嫌そうな顔をして、自分の前に立つアロエの後ろに隠れる。


「ちょお、サトルっち、ローズさんのこと警戒しすぎ」


 笑いながらも、まあ仕方ないとは思うけどねーとアロエ。


 とにかくローゼルには近付くまいと警戒をするサトルの背後から、ニゲラが腕を伸ばし抱きしめる。


「僕が温めます」


「ニゲラに頼みます」


 ニゲラもサトルがローゼルを苦手としているため、ローゼルに対しての警戒心は高いらしい。

 二人に警戒をされ、ローゼルはあからさまにつまらないとため息を吐く。


「何と、つまらない話だな。やはり子連れは駄目だ、色気がそがれる」


 ニヤニヤとからかう気満載の笑みを浮かべるローゼルから、サトルは嫌そうに視線を逸らす。


 ホールとホールを繋ぐ通路はピンキリだが、今いる場所は全員が車座になって座れるほどに広い場所。なので個々の間を十分に保っていられるはずなのに、ローゼルからは以前感じた、頭がぼうっとする様な香の匂いがしていた。

 サトルはとにかくその匂いがしている時は、絶対にローゼルに近付くまいとしてたのだが、その匂いがしている時に限って、ローゼルの方がサトルとの距離を縮めようとするのだ。


 気分が悪そうに俯くサトルに、ルーとアンジェリカが何かに気が付いたように耳を立てる。

 サトルの傍に行くと、ローゼルの視線から遮るように立った。


「ローズさん、サトルさんをいじめないでください。あと、さっきからすごく匂いしてますからね、流石に気が付きますからね、私たちだって」


「ダンジョンの中でそれをやられるのは、私たちだって不快なんですよ。自重していただけないかしら?」


 剣幕、というほどではなかったが二人のきつい視線に、ローゼルはすぐに謝罪を返す。


「いじめてなどいないさ。なんだ、バレてたか、すまないね、今後は気を付けよう」


 ローゼルは全く悪びれも無く手をひらりと振ると、サトルから視線を逸らし、これから向かうホールへと視線を戻した。


 防寒の準備が済み、いざ白銀の森へとなりサトルたちは進む。

 しかしサトルはホールに入った途端その身を裂くような寒さにガタガタと震え座り込んでしまった。

 元々寒さに対するこらえ性は無かったが、それ以上に脂肪や筋肉があまり無いサトルには、単純な気温が低いだけの寒さがダメージになるほどだった。


「寒い……」


 体温を上手く作れず体が小刻みに震える。震えすぎて体が緊張し足が動かない。サトルは思った以上の事態に驚愕する。

 サトルの唇が見る間に紫になっていくのを見て、慌ててルーが小さな陶器の小瓶を差し出した。自分で蓋を開けることもままならないだろうサトルに、蓋を外し口元まで持って行ってやる。


「サトルさん、これを」


「これ……酒?」


 匂いですぐに酒だと気が付くほどのアルコール臭と、シナモンやカルダモンに似たスパイシーな香り。

 サトルはルーに介護されながらその小瓶の中身を飲み下す。

 シュガースケイルの甘さと、スパイスの苦み、それらが喉を通り過ぎると、胃がカッと燃え上がるような熱さがあり、サトルはたまらず呻いた。


「はい、ただの酒じゃなくて、薬酒です。それも精霊の加護を付加してある、凄ーく作るのが難しい薬なんですよ」


「ありがとう……甘いのに苦辛い」


 礼を言いつつ味の感想を述べるサトルに、ルーはサトルらしいと笑う。

 そしてふっとサトルの背後を見やり、ルーは目を真ん丸に見開いた。


「あ、もしかしてニゲラさんも寒いの苦手ですか?」


 薬酒のおかげで振り返る余裕ができ、サトルが背後を確認すると、ニゲラはサトル以上に顔から血の気を無くし、言葉もろくに出せないほど震えていた。


「ううううう……」


 ルーはいくつか薬酒を持ってきていたようで、ニゲラにも慌てて薬酒を与える。


「はい、どうぞ」


 一本では足りないと思ったか、二本立て続けに与え、しばらく様子を見るルー。


「あじがどうございばず」


 しばらくしてニゲラはようやく言葉を発した。

 薬酒の力は効果覿面で、サトルも足が動くほどに回復していた。


「竜が昼間しか行動しないのは、陽の光が無いと動きが鈍くなるからだと言われてるんですけど、こんなにも寒さに弱いんですねえ」


 寒さでここまでまったく動けなくなるとは思わなかったと、興味深そうに頷きメモを取るルーに、ニゲラは全部の竜がそうではないと返す。


「平原の草、食べるのは、だいたい、そうだと、おもい、ますけど、夜、動ける、竜も、少なくないです」


「そういう種類ごとの特徴、整理したいですね」


 ニゲラの話は興味深いので詳しく聞きたい物だとルーがいい、それを横で聞いていたオリーブが、だったらと提案する。


「ああ、ルー、だったしばらく風の避けられる場所で話をしてくると言い。私たちはホールの状況を調べてから動くから」


 あまり人が訪れないホールは、前回と状況が変わっているという事もままあるので、安全の確保されない内は、調査する人間以外ホールへの出入り口付近で待機をする。これは事前に決めていたことだったので、ルーはオリーブの提案を受け入れる。


 ニゲラはやはり寒いのは苦手だというので、一度ニゲラとルー、それとサトルだけでホールから通路にもどった。


 ルーの質問にニゲラは答えていく。


「明確に違うんじゃなくて、人の性格に似てて、大人になってからはっきりしてきたりする特徴です」


「というと、ニゲラさんは」


「僕はまだ、あんまりはっきりしてないですけど、できれば綺麗な緑色になりたいです」


 そんな夢を語るニゲラに、サトルは思わずつぶやく。


「今の色も綺麗なのに」


 ルーもそうですねと同意する。


「父さん! ルー! 嬉しいです!」


 ぱあっと顔を輝かせて笑うニゲラは、本当にただの子供のように見えた。


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