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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは平穏を望んでいる」
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5・信頼と対話

 サトルは部屋に戻り独り言ちる。


「はあ……面倒なことになったな」


 落としてしまった金はルーとともに数えて、銀貨にして五枚だということが分かった。この程度の額ならば、今サトルが持っている金で補填することは可能なので、多少懐が痛むな、程度の認識だった。


 サトルの言う面倒なことというのは、サトルに暴行を働いた男たちの事。

 サトルをダンジョンの勇者だと目して暴行を働いた彼らは、サトルの気のせいでなければ、あまりよろしくない言葉を吐き出していた。


「手は打つべきか」


 とりあえず目先のことから。

 暴行で汚れ、破れたボロボロの服をどうにかして隠すか処分しなくてはいけない。靴底の形まできっちりわかる泥の足跡に、口からの出血で茶色く染まった胸元や袖、暴行に耐え切れずに敗れた肩口にどこかへ行ってしまったボタンが二つ。

 ルーもまさかここまで手ひどく暴力を振るわれていたとは思っていないだろう。


 サトルがカツアゲにあったと聞いて、ルーは明日からは必ず誰かと一緒に行動をしろと言っていた。もちろんサトルとしてももう二度と殴られたり蹴られたりなどという事は御免なので、その言葉に従う気は有った。


 しかし、その一緒に行動する人物が問題だ。


「……ニゲラは駄目だな、クレソンとリアンも論外。血の気が多すぎる」


 もしサトルが絡まれ、暴行を受けたとしたら、今名を上げた三人は確実に相手に暴力を返す。それはサトルの指示を待っていたダンジョンの妖精よりも厄介だ。


「後は……」


 ヒースはどうだろうか。考えてすぐに却下する。ヒースはサトルよりは腕が経つとはいえまだ少年。それに彼はしばらくの暇の間、ワームウッドやルイボスに、みっちり座学での知識を教え込まれる予定らしい。

 サトルも一緒にと言われたが、サトルはサトルでやる事もあるので、気が向いた時だけと答えておいた。


「捨てた方がいいな……これは」


 サトルは丸めたシャツとズボンを掴み部屋を出る。

 布類を燃やすのなら竈の奥に詰めておけばいい。薪で隠しておけば火を使う時に勝手に燃えてくれるだろうとサトルは思った。


 炊事場へと向かうサトル。

 しかし運の悪いことに、その炊事場方面から歩いてくるアンジェリカと行き会ってしまった。


「あら、サトル……随分と素敵な召し物ね」


 アンジェリカは服のことに敏い。サトルが丸めて持っていた布の塊に、ボタンの千切れた跡と人の靴の跡を見つけ、それが汚れて破れた服であること、何かしらサトルがトラブルに巻き込まれたに違いないことに気が付いたのだろう。


「やあ、アンジェ……リカ」


 誤魔化そうかと挨拶をするも、アンジェリカはそう簡単には誤魔化されてはくれない。

 それどころか、アンジェリカに寄生している妖精のお兄ちゃん(仮)までもが、サトルへと詰め寄る様に不機嫌そうな顔を近づけてくる。

 お兄ちゃん(仮)の行動に顔を引きつらせるサトル。アンジェリカにはお兄ちゃん(仮)が見えていないので、きょとんと首を傾げる。


「何があったの?」


「お兄ちゃん(仮)が」


「ええ」


「ものすごく顔を近づけてくる」


 それを聞き、アンジェリカはひょこりと肩をすくめる。


「心配してるのではないかしら?」


 しかしお兄ちゃん(仮)は肯定をするときのいつもの仕草をしない。


「いや、怒ってる、っぽい」


 サトルの答えに、アンジェリカはさもありなんと頷く。


「だったらあれね、貴方が人にぼこぼこにされても、チャンスがあったはずなのにいつまでも自力で逃げないからね」


 今度は肯定として、サムズアップをするお兄ちゃん(仮)


「何で」


 何でそれを知っているんだという事も驚いたが、何故お兄ちゃん(仮)がそこまで怒るんだとサトルは困惑する。

 お兄ちゃん(仮)はますますサトルに顔を近づけ、今にも鼻が触れそうな距離になっていた。

 じりっと後退るサトル。それをじりじり追っていくお兄ちゃん(仮)。


「アンジェリカ、何でお兄ちゃん(仮)がここまで怒ってるか心当たりはないか?」


 サトルがお兄ちゃん(仮)に壁際まで追い詰められてようやく、アンジェリカは心当たりはあるわと、スカートの裾を軽く捲った。

 サトルはとっさに目を逸らすが、アンジェリカは気にされた方が恥ずかしいのだけどと返す。

 アンジェリカがまくった裾は、スカートの膨らみを作るための無数のパニエやバッスルではなく、一番外側の厚みのある生地のみ。


「貴方には紹介したことが無かったわよね。この子」


 生地の捲られた場所から顔をのぞかせたのは一匹のエゾリスに似たリス。サトルの知っているリスに比べて少々大柄で、体毛が青みがかった黒っぽい毛並みと、ペリドットの様な目の色をしていた。

 リスはスカートの裾をめくるアンジェリカの手にのぼり、そのまま肩の上へ。


「この子は私の目になってくれているの。私とお兄ちゃん(仮)は、貴方に何があったのかを知っているわ」


 ふふんと、得意気に胸を張るアンジェリカ。

 どうやらアンジェリカは最初からサトルが暴行を受けたことも、それを隠そうと服を処分しようとしていることも知っていたらしい。


「あー、待ち伏せなのか」


「ええそうよ」


 サトルが炊事場の竈に服を隠すだろうことに気付き、先回りしていたという事をあっさりと白状する。

 キキっと鳴いて、リスモ得意気。


「それもモンスターテイマーだから?」


 モンスターを使役することが出来るアンジェリカだから、魔法でその視覚も共有できるのだろう。

 アンジェリカは隠すことなく答える。


「ええ。それもその通りよ。鳥を使えば鳥の目も。でも鳥は飼育が面倒だから、今はこの子を使っているの。貴方を見張らせていたのは、特に深い意味はないわ。多少心配ではあったけれど、貴方ならあれくらい自分で切り抜けられると思っていたのよ……」


 しかし実際は、サトルは自分では身動きのできなくなるほどに手ひどくやられてしまっていた。

 ニコちゃんの力を借りればもっと早くに逃げ出せたはずだとアンジェリカ、並びにお兄ちゃん(仮)は思っていたようで、だからこそ逃げなかったサトルに腹を立てているのだと分かった。


 サトルとしてはどうしても男たちの言葉の真意が知りたくて、多少やれてもいいと思って暴行を甘んじて受け入れていたのだが、アンジェリカたちはそのことに気が付いていないらしい。


 ならばとサトルは問う。


「話は聞こえていたのか?」


「残念ながら」


 やはり二人には男たちの声は聞こえていなかったのだ。だからサトルが何を思って男たちの暴行を受け入れていたのか理解していなかった。

 その説明をするべきか、サトルはすこし悩み、そして決める。


「そうか……アンジェリカ、君にだけなら人がいないところで話す」


 聞く気があるならどこか場所の移動をと促すサトルに、アンジェリカは眉を跳ね上げ、胡散臭そうに問う。


「あら、秘密にするつもりは無いのかしら? ルーにはすべては話していないんでしょう?」


 アンジェリカの連れているリスが、どこまでサトルの行動を盗み見していたのかわからないが、サトルがルーに一部だけは話したことまで知っているらしい。


 サトルはそんなの決まっているだろうと答える。


「ルーには心配をかけたくはないが、完全に秘密にしておいていい話だとは思わないからな。だったらアンジェリカはルーのためなら口も堅いし、信頼はおけると思っている」


 ルーの事ならこの家に下宿している誰よりも、アンジェリカはルーの味方だ。

 それがどういう事情で蚊はまだ聞いた事は無かったが、サトルはそう信頼し、アンジェリカもルーのためならばもちろん秘密は守ると強く肯定する。


「そうね、信頼して頂戴。私はいつだってルーの味方だわ」


 サトルはその点ではアンジェリカのことは絶対的に信頼することが出来た。

 何せサトル自身も、この人のためならと強く思う人がいて、それこそ命を懸けることが出来ていたからだ。

 大切だと思う人のために、人ができる最大限の努力を知っているからこそ、サトルはルーのためというアンジェリカを信頼してた。


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