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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは平穏を望んでいる」
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4.5甘いお薬

読み飛ばし可。

二月十四日なので。

 治療院から帰って、サトルはすぐに自分の部屋へと直行した。

 ここ最近は衛生的な理由もあり、幾つか替えの服を持っていたので、すぐに着替えることが出来た。


 幸いにも同室に同居中のニゲラは、ドラゴナイトアゲート探しのために一時ヤロウ山脈の自分の巣に帰っていた。帰ってくるのは早くても明日以降。サトルが何故服を汚して帰って来たのかを問われずに済んだ。


 シャツを替え、ズボンを替え、ベストもといったところで、サトルの部屋をノックする音が聞こえた。


「あ、はい、少し待ってくれ」


 返事を返すと、扉の向こうから聞こえたのはルーの声。


「よかった、今日は何度か尋ねてみたんですけどずっと留守だったので。サトルさん帰ってらしたんですね」


 昼前からずっと出歩いていたサトルの部屋を何度も訊ねたという事は、サトルに何か用があったのだろう。


 サトルはベストを着るのをやめてすぐにルーのために扉を開ける。


「あ、ああ、うん、さっき帰って来た」


 扉を開けてどうぞと部屋に招き入れるサトルに、ルーはきょとんと首を傾げる。

 アンジェリカのように着道楽は無いが、身だしなみには並々ならぬこだわりがあり、この世界に来て真っ先に欲しがったのが靴と剃刀というサトルが、いつもはきっちり着込んでいるはずのベストを脱いでいるのだ。

 ルーの耳がぴくぴくと探る様に震える。


「何かあったんですか?」


 サトルは頬を引きつらせる。

 何があったか、どこまで言うべきか。嘘は吐かない方がいいだろう。

 ならば今日あったことで一番面倒ではあるが大したことない話をと、サトルはルーとも面識のある事物の名前を挙げる。


「うーん、何かって程ではなく……まあ、うん、タイムに面倒ごとを押し付けられそうになってた」


 サトルの言葉にルーはすぐさまくすっと噴出した。タイムの押し付けた面倒ごとに心当たりがあるらしい。


「あらま、ご愁傷様です。サトルさん甘えられちゃいましたね」


 タイムに押し付けられた面倒ごとは、ルーの家に下宿している冒険者の一人、オリーブが主催する会食だか宴会だかの準備の手伝いだった。

 ルーとオリーブは親しい仲なので、その話については聞いていたのだろう。


「甘えるというか……思いっきりのしかかられている気分だ」


 昼は父親のやっている食堂の手伝いを、夜はその食堂を酒場としタイム自身が采配を振るって店を切り盛りしているのだが、タイム自身はあまり食堂や酒場の経営には向いていない、かなり雑な性格だった。

 そして他人に頼るのは苦手だが、手を貸せと言われたら断れないサトルと真逆の、自分が手を貸したい相手にだけ手を貸して、他人を頼るのも全く苦ではない性格で、タイムはサトルにその会食の面倒なことのことごとくを押し付けた。


 サトルとしてもオリーブたちは返しても返しきれない音がある相手なので、無下に断れず、乗り掛かった舟なのだからと引き受けてしまった。


 サトルは自分の流されやすさを実感し、疲れたようなため息を吐く。

 そんなサトルに、ルーは少しだけ面白そうに笑う。


「でも、ちょうどいいかもしれませんね。サトルさんに飲んでもらいた物があるんですよ。サトルさんお疲れみたいですし、ちょっと試してみませんか?」


 それが何かを明確にしない、その含みにサトルはわずかに警戒する。


「それは……お酒ですか?」


 サトルは他人に勧められたものはあまり断る類の人間ではない、ただし、ここ最近は酒乱の相手をしたせいで、酒類だけは少し遠慮をしていた。

 酒はあまり得意ではないのだけど、というサトルに、ルーはそれではないと首を振る。


「いいえ、もっといい物です」


 そう答えるルーの目は興奮で瞳孔が開きらんらんと輝いていた。

 よほど良い物を持っているのだろう。


 果たしてそれが何なのか、答えは炊事場でお見せしますというルーに従い、サトルはルーとともに炊事場へと向かった。


 そこに用意されていたのは、黄色っぽい陶器で出来たツボ。サイズはに十センチほどで、しっかりとした取っ手が付いており、パッと見た感じは中世以前の絵に描かれたワインツボのように見える。

 そのツボがよほど気になるのか、炊事場は妖精たちのフォンフォンと鳴き交わす声で満ち満ちていた。


 そして一歩炊事場に入って鼻に突く甘く香ばしい香りに、サトルはそのツボの中身が何か理解した。


「これ、ショコラータか!」


 サトルの声に驚いたのか、ツボの周りを回っていた妖精たちが一斉に散る。


「あ、わるい、ごめん、大丈夫だから、落ち着いて、落ち着いて……ごめん。キンちゃん天井に貼り付かないで、おいで、大丈夫だから、ほら、あ、ちょ、ギンちゃんニコちゃん遺体、謝るから髪を引っ張らないでくれ……ちょ、ああ、チョコちゃん、そう、これ、これが君の名前の由来の、ってああ、いたい、ギンちゃん驚かせて本当に悪かったって、だから髪は止めてくれ、髪だけは」


 サトルは妖精たちに驚かせてごめんとしきりに謝った。

 そんなサトルの賑やかな様子を、ルーは楽しそうだと笑う。


「はい、そうです。やっぱりサトルさんは知ってらしたんですね。中も見ないで当てちゃいました……マレインさんが、サトルさんが気にしてらしたと言っていたので」


 妖精たちは落ち着いた物の、サトルに自分たちも味見をしたいと、興味津々なままたかっていた。

 サトルは全身に発光する妖精を群がらせたままルーに問う。


「でもいいのか? これは高価な物なんじゃ」


「そうなんですけど、ここ最近私の書いたレポートの評価が高くて、それで、ローゼルさんがその功労者である私と、サトルさんへって……ことにしてくれってマレインさんが」


 最後の一言を、少し困ったような笑みで付け加えるルーに、サトルはマレインがどうしてこんなことをしたのか理解した。

 ダンジョンの崩落にサトルが巻き込まれたことを、まだ気に病んでいたらしい。

 サトルとしては本当にマレインのせいではなく、自分の迂闊さのせいだと思っていたので、そこまで気にされる方が心苦しかった。


「一応あの人、気にしてらしたみたいです。わざわざローゼルさんに掛け合って、分けてもらったみたいで。あ、一応評価をしてくれて、そのご褒美ってのも本当なんですよ」


 だからこれはローゼルとマレイン二人からのプレゼントだとルーは言う。


「いやいいさ、俺が行ってみたいと言ったんだ。それに……おかげで結構な収入になった」


 逆に気を使わせてしまったなと、サトルは肩を落とす。

 収入という言葉を口に出し、サトルは大事なことを思い出した。


「あ! すまないルー、実は食費の金を少し落としてしまって……その、人に絡まれて逃げる際に、財布を奪われかけて」


 思わず叫ぶように声を上げるサトルに、ルーの耳の毛が逆立ち、再び妖精たちが飛びのいた。


「それタイムさんよりよほど大事な話じゃないですか! どうして早く言わないんですか!」


 ルーは何でそれを早く言わないと、サトルの肩を掴む。

 普段ならば女性に触れらるのを避けるサトルだったが、ルーの勢いに飲まれるように、そのママ炊事場の作業台に押し付けられ、逃れることが出来なくなってしまう。


 怒りからか目を三角に吊り上げるルーに、サトルは目を閉じすまないと謝り冷や汗をかく。


「す、すまない……いや、うん、そうなんだけど……」


 こんなにルーが怒るのは、普段から金銭に困る事の多いからか、それともサトルが自分の身に不幸が起こっても人を頼らないことにジレンマがあるからか。

 たぶん両方なのだろうと分かりつつ、サトルは言い訳を口にする。


「俺の見た目がこれだから、カツアゲしやすそうだと思われたんだろうな、って思ったら……まあ、普通かなと」


 サトルの言葉に、ルーはあーっと呻いて天井を見やる。

 サトルの肩から手を離し、自分の額を押さえて深々と、それはもう深々とため息を吐いた。


「普通じゃないですって、普通じゃないですよ。確かに凄く凄ーく財布奪い易そうですけど」


「だろ?」


 思わず納得せずにはいられないサトルの容姿。細身で華奢で暴力とは無縁な青白い顔。服装は小奇麗で相応に金を持っているのがうかがえる、いかにも金を奪い易そうな姿。

 これを一人で町の放り出したら、確かに言い鴨かもしれないと、サトル自身も思う程。


 分かっていて、それを自分で口に出して、サトルは胃がしくりと痛むのを感じた。


 サトルが今日ローゼルやタイムに呼び出されていたことを知っていたので、ルーも出歩くべきではないとは言わなかった。

 今日サトルを一人で外出させてしまったのは、自分にも責任があるとルーは考えたようだった。

 ルーは諦めたように大きく肩を落とすと、サトルに問う。


「うーん……怪我は、見た限りないですよね。なら損害はいくらくらいです? どれくらい取られました?」


「結構銀貨がこぼれたかも」


「そうですか……」


 それでも怪我がないならいいですよと、ルーは折っていた身を起こし、サトルに向かって笑って見せる。


「一番はサトルさんが怪我しない事です。お金は……惜しかったですけど、無事だったなら何よりです。だから、明日からは絶対、誰かと一緒に出掛けてくださいね」


 心配をかけてしまった。

 サトルは自分の弱さを悔しく思う。


 ルーはお金よりも自分のために怒ったのだと、サトルはようやく気が付いた。

 ルーは顔こそ笑みに作っていたが、表情以上に心に正直なルーの耳が、しょんぼりとしおれていた。


「補填は俺の財布からするよ。ちょうど収入もあったし……だから、数えるの手伝ってくれないか?」


 念を押された、明日からは絶対にだれかと、というのは、きっとルー自身ではサトルを守ることもできないと、ルーが自分を不甲斐なく思っているからだろう

 頼るという程ではないけれど、少しでも手を貸してくれとサトルは言う。


 するとルーの師折れていた耳が、ピンと天井を指した。


「もう、仕方ないですね。その代り、ショコラータを飲みながらにしましょう」


 サトルはほっと息を吐く。

 一緒にショコラータを飲もうというルーに、サトルは分かったと頷く。

 妖精たちが羨ましそうにフォンフォンと鳴くので、サトルはすこし分けるからとなだめる。


「皆で飲みましょう。ショコラータは元気が出るお薬でもあるんですよ」


そう言って本当に嬉しそうに笑う「ルーの笑顔の方がよほど元気が出るよ」と言いかけて、サトルは自分の口を押えた。


 代わり口の中で戸惑うように呟き、サトルは呻いた。


「何をバカなことを……ルーは、ただの家族みたいなもんんだろ、なあ?」

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