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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは平穏を望んでいる」
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4・それでも人の心には光

 目覚めたらそこは……見覚えがあるような無いような、微妙なところの天井。


「大丈夫?」


 横手から聞こえた声に目を向ければ、そこには見覚えのある少女が一人。


 アニスがサトルの顔をこれでもかとばかりに覗き込んでいた。さすがに近すぎるので、掌を顔の前にもってきて仕切りを作る。

 アニスはそんなの手を掴むと、その手をゆっくり届け、おもむろにサトルの眉間を左右から掴み、目を覗き込む。尚も近付いたアニスの顔に焦点が定まらず、サトルの視界が揺れる。


「ではないわよね」


 眼振があるわと、アニスは可愛い顔を不機嫌にゆがめる。

 怒りも悲しみも喜びも一切隠さない、豊かな表情がアニスの本心をサトルに伝える。今アニスは怒っている。激しくはないが確実に怒ってサトルを責めている。


「いや、大丈夫だ」


 眼振と言っても、眩暈を起こしていたわけではなく、急に顔を近づけられたせいだとサトルは言うが、アニスはそれでは納得しない。

 それもそうだろう。サトルは自分でも言葉が発しにくいと感じるほどに、左の頬が腫れているのを感じていた。

 頬は鈍くうずくような痛みと熱を伴い、ひどく腫れているのだと分かった。


「大丈夫ではないでしょう。これ、どうなの?」


 言うとアニスは右の手をサトルの頬へ滑らせる。

 ひどい打ち身か骨にひびでも入ってるのか、とてつもない痛みがサトルの頭蓋を駆け巡り、サトルはつぶれたカエルの様なうめき声を上げた。


 酷い声だとアニスはサトルの顔から手を離す。


「……ちょっと痛い」


 火花が散る視界を瞼で隠し、サトルは精いっぱいの強がりを口にするが、そんなわけないだろうと、アニスに一刀両断にされてしまう。


「ちょっとじゃないわよ。その傷。何があったの?」


 サトルを助けたのだろう二人の冒険者、ホップとオーツに詳しいことを聞いていたわけではないらしい。アニスは掌に緑の光を宿しながら、サトルに問う。

 その光はアニスだけが使える治癒の魔法の光で、アニスはその光を宿した手でもう一度サトルの頬を撫でる。


 痛みや熱が引いて行くのを感じて、サトルはほうっと息を吐く。

 どうやら腫れは顎や喉元まで及んでいたようで、呼吸が楽になったのを感じたサトルは、大きく息を吸い込み後悔した。

 どうやらあばらにもダメージがあったらしく、肺を動かした途端ひどく痛み、悶絶した。


「駄目よサトル、そんなに肺を膨らませては、浅く、浅くよ」


 痛みに身を引きつらせるサトルに、アニスは落ち着きなさいと繰り返し、手を首から鎖骨を通り、あばらの方へと手を滑らせていく。

 呼吸をしても痛くなくなるまで、サトルは額に脂汗を浮かべ悲鳴を耐えた。


 やがて呼吸にひどい支障は出なくなり、サトルは全ての力を抜くように治療室のベッドの上に身体を投げ出す。

 まだあちらこちらに痛みがあり、今も右の瞼は軽く腫れ、唇は切れ、治療のすんでいない右の頬は赤や青に染まり、見てわかるほどの傷や痣が至る所に付いている。

 サトルの感覚が正しければ、手足の指の骨のいくつかと、肩や肋骨の先端の骨などは、剥離骨折やひびが入っているかもしれない。

 強い痛みではないが、まだ深く呼吸はできそうにない。


 アニスはまだサトルの体を撫で治療の続きをしようとしたが、サトルはシャツとズボンをはぎとられ、下着姿だであることに、ここでようやく気が付いた。


 元の世界でも入院回数が周囲の人間より群を抜いて多かったので、治療行為で脱がされるのは慣れていたが、さすがに年頃の少女の目の前では恥は有った。

 もぞりと、恥ずかし気に身をよじるサトルに、アニスは一度手を離し苦笑する。


「大丈夫よ、内臓を見るよりは」


 冗談なのか本気なのか分からないが、この治療院で最も腕の経つ治療士がアニスなのだとしたら、確かに内臓くらい見ていそうだ。


「内臓の方がまだ恥ずかしくない」


「そう?」


 サトルが軽く返したので、アニスは安心したとくすくす笑う。

 しかしその笑い声も、すぐに消え、アニスは声を落とし囁くようにサトルに尋ねた。


「……ねえ、最近変な話を聞くの……心当たり、ある?」


「その言い方だけじゃわからない。どんな話?」


 アニスは言い換えて口をつぐみ、また開く。似三度繰り返してようやくサトルに答えた。

 アニスの目には不安が淀み、サトルにその言葉を訪ねることを怯えているようにも見えた。何一つ隠さない感情の変化に、サトルはやはりアニスのことを好ましい相手だと思った。


「貴方がこのガランガルダンジョンに召喚された、勇者だって」


 どう答えるのが正解か。

 サトルは考える。

 嘘を吐くか、白を切るか、それとも……。


「嘘じゃない」


 考えていたはずなのに、すぐに答えは口を突いて出た。

 アニス相手には何故かサトルは嘘も知らないふりもできなかった。きっとアニス自身がサトルに何一つ嘘を吐こうとしないからだろう。


「俺は確かに、俺はダンジョンに呼ばれてここに来た」


 アニスはただでさえ大きな目をさらにめいいっぱい開き驚く。

 そこにあるのは驚愕と同時に困惑。訊ねておきながら、アニスはサトルが本当にダンジョンに召喚された勇者だとは思っていなかったようだ。

 その理由も分からなくもない。何せサトルは一般の冒険者にもボコられて気を失うほどの非力。これで勇者だと言われても、大抵の人間は鼻で笑うのではないだろうか。


 どうやらずっとそばにいたらしいニコちゃんが、気まずそうにフォ……フォーンと鳴いた。


 しかしアニスはサトルがただ人ならぬ力を持っていることも知っていた。


「それだけで勇者だとは言えないと思うが、今このダンジョンで起こってる問題を、できるなら解決したいと思ってる」


 ダンジョンで起こっている問題と聞いて、サトルが何度となくダンジョンの崩落から生還し、竜に連れ去られたことがある事も知っているアニスは、そういう事ならと、サトルの言う事を信じ強く頷いた。


「そうなんだ……ねえ、あなたの話を聞かせて?」


「ああ……少し吐き出したいし、付き合ってくれるなら有難いよ」



 そうしてサトルは、この二ヶ月のことをアニスに話した。

 話の最後に、この話は他言無用で頼みたいと付け加える。

 アニスは何故と問うが、サトルは君を巻き込みたくないからと答えた。

 それで納得したのかしないのか、アニスはいつもならぬ無表情で、一言だけ返した。


「ふーん」



 しばらくして、アニスは口を開いた。


「ならばもう一度確認するわね」


 まじめな顔で、しっかっりとサトルの目を見据えながら、含みなど持たないように端的に問う。


「サトルはつまり、異世界からダンジョンに呼ばれた勇者なのね?」


「らしい」


 はっきりしない答えではあったが、サトル自身が自分が勇者である、という事実に未だに疑問を感じていると聞いたばかりなので、この答もやむなしとアニスは納得する。

 なのでアニスは次に、端的に感想を述べた。


「勇者ってもっと強そうな人なんだと思ってた」


 まじめな顔で吐き出された言葉に、サトルが返せえる言葉は、この一言だけだった。


「俺も」


 そう返すサトルに、アニスはくすくすと光り輝くような笑顔で笑った。

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