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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは平穏を望んでいる」
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3・人の心には闇

 引き擦られ路地へと連れ込まれたサトルは、それでも静かに相手を諭す言葉をかける。


「何か誤解があるようだ、離してくれ」


 これはサトルの中での最終忠告の様な物だった。

 この言葉を相手が聞くつもりが無いのならサトルにも考えがあり、それを実行すれば確実に目の前の相手から逃れることはできるはずだった。


「うるせえ黙れ」


 しかし灰色の目の男は、サトルが慌てもせず、悲鳴を上げもしないことに腹を立てたのか、サトルの顔面を狙って蹴りつけてきた。


「っが……」


 腕で庇いはしたものの、男の踵はサトルの頬を強かに打ち付け、サトルは地面に倒れ口の端に血を流した。


「いい顔だな」


 サトルの横面を踏みつけ男が言う。しかしサトルは呻くばかりで、それに抵抗らしい抵抗をしなかった。

 いや、できなかった。


「ぐ……」


 男たちには聞こえていないのかもしれないが、サトルの耳には先ほどからずっとフォンフォンと唸るような音が聞こえていた。

 いつになく低く激しいその声が、キンちゃんの物だったらまだいい。もしそれがギンちゃんの声だったなら、目の前の三人はきっとただでは済まないだろう。


 目くらましをと、その一言を言えば、サトルについて来ていた妖精は行動をすることだろう。

 しかしそれだけで妖精たちが男たちを許すだろうか。キンちゃんはともかく、ギンちゃんは強酸を武器として使うことが出来る妖精なのだ。


「落ち着いてくれ……俺は、あんたたちに敵意は無い」


 くぐもった声でサトルは言う。

 今までになく怒っているらしい妖精が、フォン、と戸惑うように鳴いた。サトルは妖精たちに人間を傷つけさせたくは無かった。


「うるせえ! いい加減黙れ!」


 妖精をなだめるための言葉だったが、灰色の目の男の神経を逆なでしてしまったらしい。

 男は今度はサトルの脇腹を踏みつける。


「うぎっ……」


 悲鳴を堪えるサトルに、妖精は再びフォンフォンという低い怒声をあげた。


 何度も何度も蹴り付けられ、サトルは身を丸める。

 柔らかい腹部などを庇うように手足を内へ内へと丸めると、サトルの腰に下げていた革の袋が、まるで見せつけられるように男たちの目に留まった。


 それに気が付いたのはカーキ色の目の男で、男はサトルの腰から引きちぎるようにその袋をつかみ取った。

 それはサトルが持たされている金の入った革袋で、中にはルーの家で下宿をしている冒険者たちの食事を賄うための、食材費が入っていた。


「おー、こいつそうとう持ってやがるな。とんでもねえ金持ちだ」


 袋の中身を確認し、男が嬉しそうに言う。


「よそから来たくせに、人の家の物持ち帰っちゃ駄目だろうがよお、この盗人野郎」


 どこから盗むと言う話が出てきたのか。揶揄するような男の言葉に、サトルは否定を口にする。


「ちが……盗んで……いない」


「ああ! うるっせえよ、他所者がこのダンジョン潜ったら盗人に決まってんだろうがよ!」


 またも灰色の目の男が、サトルの頭を潰さんばかりに靴の底を叩きつける。


「盗人の上に嘘まで吐きやがってこのクソが! クソが!」


 盗人と繰り返す男。一体サトルが何を盗んだというのか。


 蹴りつける動きは単調で、男は完全に激高しているのが分かった。

 ここで男の足首を掴み膝を持ち上げるように腕でも絡めれば、サトルのような非力な人間でも男を転がすことはできるだろう。

 問題は残り二人。


「下衆野郎が!」


 そう言って蹴りつけてくるのは灰色の目の男ばかり。

 カーキの目の男はサトルの財布の中身が気になっているらしく、ニヤニヤと銀貨の枚数を数えている。

 最初に声をかけてきた男は路地の外を見やり、時折サトルを見ては、ひどく戸惑う様子。


 激高している灰色の目の男が、サトルを襲撃する理由を最も持っているように思え、サトルは頭や腹を庇いながら、男の言葉を拾い続ける。


 怪我は痛かったが、殺意までは感じない。

 さすがに相手が殺意を持っているようだったら、その時は最終手段として、精霊魔法を使うつもりだった。


 サトルを蹴り付けているうちに、男本人も意識せず興奮が増しているのが分かった。

 興奮は理性をあっさりと押し流したようで、支離滅裂ながらその本心を吐露する男。


「死ね! ドラゴンにでも食われろ似非勇者! 偽物のくせに! 偽物のくせに! 偽者のくせに!」


 再び出てきた勇者の単語、間違いなくサトルをダンジョンによって召喚された勇者だと知っている。いや、そういう噂のある人物だと思っているようだ。

 そしてそれをこの男たちは納得していないらしい。


 すべての状況を把握したわけではなかったが、サトルはそれだけ聞ければ上等だと思った。

 少し暴行を受けすぎた感は有るが、骨が折れるくらいだったら日常茶飯事の範囲なので、サトルは気にしない。


「……ニコちゃん、最大に光れ!」


 サトルについて来ていた妖精、ニコちゃんが、サトルの言葉に従い最大級の光を放つ。

 薄暗い路地裏での急激な光は、十分彼らへの目くらましになった。


 サトルに好奇心で付いてくるのはきっとニコちゃんに違いない、そう思って名を呼んだが、間違いは無かったようだ。ニコちゃんは人間に対してより友好的な子なので、目くらまし以上の攻撃はしないだろう。


「があ!」


 獣のような呻きを上げて男たちが顔を押さえる。サトルは灰色の目の男の足を取り、膝を殴りつけ、カーキの目の男の方へと倒す。

 視界の利かない二人はもつれるように倒れ、サトルはカーキの男の手から財布を奪い返す。少しばかり銀貨がこぼれたが、それ拾い集めている時間は無い。

 ふらつきながら身を起こし、最初に声をかけてきた男がいるのとは反対の道へと逃げる。

 痛みに引きつる体では、うまく走れなかったが、最初に声をかけてきた男はニコちゃんの光に背を向けていたので動けるようだったが、とっさにサトルを追うのではなく、ひっくり返った二人に駆け寄る。


「あいつを追え! 逃がすんじゃねえ!」


「でも」


「またぶん殴られてえか!」


 サトルの背後で聞こえるやり取りで、最初に声をかけてきた男のスタンスが分かった。灰色の目の男に無理やり従わされていたのだろう。

 最初に声をかけてきた男がサトルへと足を向ける。

 ふらつくサトルはすぐに追いつかれ、肩を掴まれてしまう。


「離してくれ」


「っ……駄目だ」


 暴力に屈した男には、やはりサトルの言葉は通じないらしい。

 ならばこの男たちに何を言っても無駄だ。幸いにも人通りの多い道はもう目前。サトルは今出せる限りの声を張り上げた。


「誰か! 強盗だ! 助けてくれ!」


 サトルを掴んでいた男の手が強張る。

 サトルはその隙に男の手を払い、もう一歩二歩と通りに進む。


「そいつを黙らせろ! イグサ!」


 灰色の目の男はまだ視界が回復していないのだろう、身を起こし壁に寄り掛かりながら最初に声をかけてきた男に命令し、イグサと呼ばれた男は我に返り、体当たりをするようにサトルにぶつかり、地面に押し倒し押し付ける。


 顎を強く打ち付けられ、脳が揺れる。

 サトルの意識がぐらりと揺れ遠のく。


 視界が回り、暗転する中、サトルは聞き覚えのある声を聞いた。


「何してるんだ!」


「う……あ……」


 誰何の声に慌てたようにイグサがサトルから離れる。

 どうやらこの犯行は人に見られてはいけない事だったようで、戸惑う足音は、すぐに逃亡に転じた。


 聞こえた声は二人。


「おい! 大丈夫か?」


「……酷い怪我だな」


 答えようとするサトルだったが、声は出ず血の混じった咳が一つ零れた。


「……げほ」


「無理にしゃべるな。すぐに治療院に連れて行ってやるから」


 サトルはかすむ視界に助けに来た者達を収めようとするが上手く行かない。

 不安そうなフォンフォンという鳴き声も、だんだんと遠く聞こえてくる。


「ここらの人間じゃないよな。あいつら……余所者狩りかよ、最低だな」


「あ……」


「どうしたホップ」


「いや……なあオーツ、この人」


 ホップもオーツもサトルにとっては初めて聞く名前だった。しかし、その声、サトルを真摯に心配してくれる様はどこか覚えがあり。


「ああ……」


 それを思い出すより先に、サトルの意識は闇に沈んだ。


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