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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第一話「コウジマチサトル海に行く」
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1・日記とペンシルと妖精と

 サトルは日本人である。


 日本がまだ江戸時代だったころ、日本人が海を渡った先のフランスで、日本人はメモ魔である、と新聞記事に書かれたことがある。

 また日本人は記録を残したがる癖がある。その癖はアジア史の中でも類を見ない歴史書の大量消失から歴史を守ったほどだ。


 そんな日本人であるサトルもまた、日本人的に考える。


「……増えたしな……何か書き残せるものでもない物か」


 全身にほのかに発光する妖精たちを纏いつかせながら、サトルは独り言ちる。


「キンちゃん」


 サトルの呼び声に、纏いつく妖精の内一匹、ほのかに金色がかった妖精がフォーンと鳴く。

 彼女はキンちゃん。サトルがこの世界に初めて来たときに出会い、サトルを勇者と呼んだ妖精だ。


「ギンちゃん」


 別の、キンちゃんよりも白っぽい光の妖精がフォフォン! と元気よく鳴く。

 キンちゃんよりも元気で、キンちゃんよりも行動的。そして好戦的な妖精で、サトルとは二番目に出会った。


 キンちゃんとギンちゃんはそれぞれ胸元と頭に布で作った花の飾りを付けている。

 ルーが二匹に贈った、タチバナの形見の一つだ。


「ニコちゃん」


 キンちゃんとそっくりな妖精がフォーンと鳴く。

 リボンを首に巻いている。これもルーが贈ったもので、ルーからの感謝の気持ち兼見分けるための目印。ニコちゃんは常に人間が喜ぶようなダンジョンのレアアイテムを見つけてくれるトレジャーハンターだ。


「ミコちゃん、シーちゃん、イッツちゃん、フーちゃん、サンちゃん……は、仕事中と」


 それぞれルーの家に下宿している冒険者たちの部屋で、明かりとしての役割をしている妖精たち。


 名前を付けた合計八匹の妖精たち。そしてまだ名前を付けていない十六匹の妖精たち。


 管理をするにしてもこの妖精たちをどう見分けるべきか。

 一応彼女たちは性格が一人一人違うので、その行動を見ているとなんとなく違いも分かるのだが、それは二十を超えるポメラニアンの群れを見て、一匹一匹を見分けるよりも難しい。

 名前を呼べば彼女たちはそれぞれ答えてくれるのだが、その名前を自分が覚えきれるかも怪しいと、サトルは頭を悩ませる。



 その日の夕方、夕食の配膳をしながら、サトルは思い出したようにルーに尋ねた。


「ルー、紙が欲しいんだが、いくらくらいかかるか分かるかな?」


 スープ皿をテーブルに並べていたルーは、少し驚いたように顔を上げる。


「それでしたら、私が持っている分を譲りますよ。お金も要りませんけど……」


 仕事がら紙はいっぱい使うからとルーは言う。


「インクの使い方は分かりますか? 使ったことあります? 無いのでしたらペンシルを買いに行きましょう」


 ペンシルというと鉛筆の事だろう。サトルが覚えている限り、鉛筆は豊臣だったか徳川の時代には、日本にもすでに存在していたらしいので、何百年間もサトルの世界から人が召喚されているこの世界に、鉛筆があったとしても不思議はなかった。


 ただ、せっかく幼いころに憧れた絵本の様な世界なのだから、出来ればインクと羽ペンというのも試してみたい。

 ルーの家の敷地内では、羽ペン用だというガチョウも飼育されているので、きっと使わせてもらえるだろ。


「……どうだろうか、多分使えるとは思うんだが……」


 言葉を濁しつつ答えるサトルだったが、流石に付き合いも一月を越えれば、その薄い表情の中の感情が見えてくるのか、ルーは瞳孔を開いてサトルの顔をじっと見つめる。

 視線を逸らしたサトルの頬が、わずかい紅潮しているのを見て、羽ペンを使ってみたいという好奇心に駆られていることを悟る。


「じゃあ教えますよ」


「ああ、よろしく頼む」


 声音こそ平静を装っているサトルだったが、その間髪入れない返事に、ルーはたまらず笑ってしまう。


「サトルさんて、時々妙なところで食いつきますよね」


「いいだろ、好きなんだよ、そういうの……」



 夕食が終わり、食器の片づけはいつものようにヒースとワームウッドが引き受けたので、サトルはそのままルーの部屋に紙とペンシルの使い方を教えてもらいに行くことに。

 そんな廊下を行くサトルたちの後ろに、興味津々についてくるルーの家に下宿をしている冒険者のアンジェリカとモリーユにアロエ。


「何をしようというのかしら?」


 面白いことをするのかと問うアンジェリカに、サトルは大したことではないよと答える。


「日記というか、自分の活動のまとめを作ろうかと」


 アロエが少し驚いたように問う。


「そんなことするの? 学者とかでもないのに?」


「ただの日記だ。学者しかしない話でもないだろ」


「いやいや、ノーブルの趣味だって、日記なんて物は」


 この世界の識字率はあまり高くは無いのかもしれないが、ルーの様な庶民でも書いているのだしと言いかけて、サトルは思いなおす。

 ルーの場合は特殊だ。

 ルーの出身そのものはノーブルと言われるような類のものではなかっただろうが、タチバナの後を継いで研究の一切合切を引き継いだルーは、まさしく知識階級の人間、ダンジョン研究家。

 学者というカテゴリーそのものなのだ。


「マレインも書かないのか?」


「分かんないけど、何で?」


 どうだろうとアロエは首を傾げる。

 何故マレインの名を出したかと言えば、何となく今ルーの家にいる人間の中で日記を書きそうなのは、知識人であるルーとルイボスの他は、趣味人を自称するマレインだけの様な気がしたのだ。


「後で聞いてみるか」


 あの趣味人は性格はともかく、好みはサトルと合う類の人間だったので、一度聞いてみるのもいいだろうと、サトルは独り言ちた。

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