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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは平穏を望んでいる」
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2・路地に影

 サトルがマーシュとマロウの店から帰る際、声をかける者があった。


「ちょっといいかい?」


 声を掛けられ振り返れば見知らぬ顔。

 要所要所を革のバンドで留め、腰に剣を佩いた姿を見るに、冒険者やそれに類する職の人間だろうと思えた。


 場所はダンジョンの入り口の傍、ダンジョン前広場が目前に見えるごくごく普通の道。

 広場からは放射状に幅のある道が伸び、その放射状の道同士をつなぐように、二人が擦れ違うのがやっとのような細い路地がある。男はその路地の前でサトルに呼びかけた。路地には仲間がいるようで、爪先や肩が二人分見えていた。


 にこやかと言うにはやや引きつったような、片方の口の端だけが吊り上がった笑み。

 見知らぬ人間に笑みを向ける人間を、サトルは無条件で信用はしない。


「何ですか?」


 警戒をしたまま、男とは距離を保って返事を返す。


「あんた、ヒュムスの冒険者探しているんだろ? よかったら俺たちと一緒にダンジョンに潜らないか?」


 サトルがヒュムスとダンジョンに潜る様にと提案したのはローゼルで、近いうちに良い冒険者を探しておくと言われていた。

 まさかその話がもう周囲に知られてしまっているとはと、サトルは内心臍を噛む。


 サトルは自分はあくまでも「ダンジョン研究家であるルーの助手」という肩書でしか自己紹介をしていない。それなのに、男はそんな大した肩書のないはずのサトルに、ピンポイントで声をかけてきた。

 何か裏がある、企みがあるとまでは断言しがたかったが、それでも簡単に気を許せる気はしなかった。


「申し出ありがとうございます。助けていただけるのはありがたい事です。ですが突然言われましても、俺は初心者ですし、そもそも冒険者ですらない。だから、あなた方の迷惑になると思うので遠慮しますよ」


 丁寧に断りを入れる。できる限り笑みに似た表情を浮かべることを心がける。

 笑顔で断る人間にいきなり恫喝を返す人間は少ないと、サトルは知っている。


 男も無下に断られるよりも穏やかに返され、わずかに躊躇うような挙動を見せる。

 サトルに声をかけた男の後ろの路地から、別の男が二人進み出る。


「そう言うなよ」


「よかったら話をしよう」


 先に声をかけてきた男よりも、後に進み出てきた男二人の方が明らかに人相が悪く、手入れのされていない髭の間から見える口元は、歯を剥き出すような歪んだ笑みが浮かんでいた。


 恫喝まであと一歩か。友好的な態度を繕うこともできかねる程度に、この男たちは短絡的で、サトルに対してあまり良い感情を持っていないことが分かった。

 以前もこの近くで人に声をかけられたことがあったが、彼らはまだ本当にサトルのことを心配している様子が見て取れたので、その人柄は比べるべくもないだろう。


「いいえ、今は少し急いでいまして。何せ夕刻も間近ですし」


 いやな予感しかしないのだから、いつまでも足を止めているつもりはないと、サトルは男たちを警戒しながらも背を向ける。

 しかし路地から出てきた二人が、素早くサトルの進路に回り込む。

 腰に佩いた件に手をかけ、いかにもな脅しをかけてくるのが見えた。


 サトルは舌打ちしそうになるのを我慢する。

 今ここで相手の神経を逆なでするのは悪手。できる限り穏便に、そうサトルは考え相手を見やる。


 視線を合わせれば、サトルよりも幾分か高い位置にある灰色の目が笑みの形を作る。だがやはりどこか歪んだ笑みだ。

 違和感を覚え更によくよく観察するように見る。


 日本人は視線を合わせることを避けるが、サトルがこれまで旅行した先の国々では、視線を合わせた方が友好的に接することが出来た。

 だと言うのに、目の前の男は目を合わせるとそれだけで敵意が増したような気がした。

 それもただただ怒りに任せた敵意ではなく、蔑み、見下すような、偏見と侮蔑で濁った敵意だ。

 サトルはこの視線を知っていた。


「どうしてだ?」


 男に問われて返す返事は手短にする。最初に声をかけてきた男と違い、この男には言葉は通じないと判断する。


「仕事があるんです」


 男の脇をすり抜けようと身をかわすが、すぐに肩を掴まれる。


「へえどんな?」


「色々ですよ。ではしつれいしま」


 男がサトルの肩を掴んだまま、強く引き倒す。

 サトルがとっさに踏んばろうとするよりも先に、男はサトルの足に爪先をかけサトルの背中を地面へと叩きつけた。

 しっかり舗装された硬い地面強かに打ち付けられ、サトルは息を詰まらせる。


「っつ……何をすっがあ……」


 ゴホゴホとせき込みながら文句を言うサトルの横腹に男の爪先がめり込んだ。


「お前、いい気になるなよ?」


 見下し、蔑む濁った灰色とカーキ、二対の視線がどろりとサトルに降り注ぐ。

 いい気になどなっていない。この男たちの相手をしようとしなかったのは、この男たちが危険な人物だとサトルが判断したからに過ぎない。

 しかしそれを言ったところでこの男は納得しないだろう。


 最初の男であればまだ目に理性があった。だがこの男たちの一点だけを見て、全くぶれない目は、自分の思考がこり方待てることにすら気が付かない目だ。

 狭窄した視界に気が付かず、他人の言葉も外に追い出し、自分の考えだけを指針に動く人間の目。


「っ……」


 力で覆すことのでき無いサトルでは、こういった手合いには逃げるしか道が無い。

 しかし相手は三人がかり。サトル一人では分が悪いどころではなかった。

 せめて振り下ろされる硬い靴底から顔だけは守ろうと、身を丸めて腕で頭と顔面を覆う。


 二人の男がかわるがわるにサトルを蹴りつける。

 一人だけこの暴行に加わらないのは、最初に声をかけてきた男。サトルは腕の隙間からその男を見やる。

 顔を引きつらせ、壁を背にして逃げ出すかどうかを探るような、怯えた表情をしていた。


 その男を観察するサトルの目に気が付いてか、灰色の目の男が気に食わないと、サトルの顔を腕越しに踏みつける。


「ぐっ……」


 そのまま何度か頭を蹴られ、眩暈のような感覚に襲われますます身動きが取れなくなる。


 男は唾を吐くように叫んだ。


「弱っちい癖に、何が勇者だ!」


 その言葉を聞き、サトルはしまったなと臍を噛む。

 サトルが勇者であることは、秘匿されているはずだった。

 しかしその秘匿は全く機能していなかったようだ。


「お、おい、そこじゃ人目に付く、こっちだ」


 灰色の目の男に、他の人間が気が付くことを恐れたのか、最初にサトルに声をかけてきた男が、二人を路地へと呼び込む。

 人の通りの多い広場へ直線でつながる道よりも目立たない場所へと呼び込む理由は何だろうか。サトルは身を強張らせる。


 抵抗をしようにも脳が揺れていて、うまく体を動かせない。襟首をつかまれ引きずられる際に、相手の手に爪を立てるのがせいぜいだ。

 それに腹を立てたか、サトルを掴んでいた男が、サトルの腹にもう一度蹴りを入れ、サトルは悲鳴になりそこなった呻きを漏らした。


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