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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第三話「コウジマチサトルは平穏を望んでいる」
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1・諸刃

 ダンジョンの町に来て早二ヶ月。その二ヶ月の間にサトルにも冒険者以外の知り合い、それも親しく付き合う相手が出来ていた。

 その一人が、武器屋の店主をしているマロウという男だった。

 年の頃は三十後半の細い男で、患った足を治すためにガランガルダンジョン下町へ来たという。


 マロウはサトルの持ち込んだ剃刀を研ぎながら、サトルに言葉をかける。


「そう言えば聞いたよ。また活躍したんだって?」


「したっていう程じゃないですよ」


 サトルはそっけなく答える。

 その活躍というのは、サトルがこの間潜ったダンジョン内で、事前に崩落の予兆を察知し、冒険者たちを逃がすことに成功したことを指していると分かった。


「君の活躍はよく耳にするけど」


 マロウは反応の思わしく無いサトルに何故と首を傾げる。


 サトルがダンジョンに召喚された勇者だという事を、マロウは比較的早い段階で知っていた一人であり、サトルに対して友好的だった。

 しかしサトルとその周囲の者達は、サトルがダンジョンの勇者であることをできる限り秘匿しようとしていたのだ。

 だというのに、マロウの耳にサトルの活躍の話が入ってくると言う事は、その秘匿が意味をなしていないと言う事。


「活躍じゃないです……できることをしてるだけ」


 できる限り自分が目立つつもりはないと、サトルは適当に言葉を濁す。

 サトルの様子に、マロウはこれ以上のこの話はサトルが望んでいないと気が付いたようで、すぐに話題を変えてくれた。


「それで、今日は何の用だい? 剃刀を研ぐだけじゃないんだよね。できることをしに来たのかい?」


 本来は武器取り扱い店であるこの店は、一部の調理器具や金属製品を扱っていることもあり、サトルは以前にも特殊な道具の調達、制作を頼んだことがあった。

 剃刀の砥ぎ以外にも話があると言われていたので、今回もその関係だろうかと、マロウは問う。


「まあそうですね。この間の、アイスクリーム製造機の様な、ちょっとした道具を作ることが出来ないか聞きたくて。駄目ですか?」


「いいや、大歓迎だよ。君の提案はとても楽しいし、技術の向上に役立つと思う」


 そう答えるマロウの目は、本当に楽しそうで、口元にも隠しようのない笑みが浮かんでいた。


「この間の話に聞いた、歯の角度をシビアに調整できるカンナも、それと連動させて氷を削り出せる道具、あれも面白かったんだ。ああいうアイディアはなかったから。出来上がるにはまだ時間はかかるがね、必ず作って見せるよ」


 マロウは武器を取り扱う店の店主をしているが、それ以外にも道具の手入れやその調整をすることがある。その関係上、ネジやバネと言った部品を扱うことに長けていた。

 時折武器のギミックなどの開発に手を貸すこともあるそうで、とても器用な腕前だった。


 もしかしたら懐中時計などの小さな時計作りをさせたら才能を発揮するのではないかとサトルは思ったのだが、残念なことにこの世界には小さな歯車はほとんど存在していないらしい。

 柱時計を作る技術はあるそうだが、マロウの兄であるマーシュは刃物専門の鍛冶師で、歯車などは作っていないため、マロウは特に時計を作ると言う事は無いらしい。


 ルーが懐中時計を持っているのをサトルは知っていたが、その時計は元々何代か前のダンジョンに召喚された勇者が持っていた物で、時計の形状や調整は特殊な道具に記録され、壊れた場合はその記録の状態にまで修復する事しかできないのだという。


 必ずしもダンジョンの勇者がこの世界にもたらした技術が、確実に後世に継承されるとは限らないらしい。

 サトルがマロウに提案し、作ってもらおうとしている道具もそうなるのかもしれない。


「使う日が来るかは怪しいんですけどね」


「使うんじゃないかな。夏場が楽しみだよ」


 苦笑して言うサトルに、マロウはそんなことないさと答える。


「氷、そんなに手に入るもんじゃないんでしょ?」


「まったく手に入らないわけでもないよ。氷屋はこの町は他所よりも多いしね」


「それで、君が欲しいのは?」


「冷蔵庫……って言って、想像つきますか?」


 言葉だけではわからないと、図などを使い、それがどういう物かを説明するサトル。

 それを真剣に聞きながら、マロウは考え唸る。


「難しいな……マーシュを呼ぼう」


 マロウの兄マーシュは、普段店の奥の工房で働いているので、店から呼びかければすぐに出てきてくれた。

 今は特に忙しいことも無かったようで、マーシュの声にすぐに店へと来てくれる。


「マロウ、客か?」


「ああ、サトル君だよ。また面白そうなものを作ってほしいってさ」


 筋骨隆々、いかついスキンヘッドに鋲打ちの眼帯、口元に蓄え綺麗に整えた髭の奥に、大型犬の様な人懐こい笑みを浮かべ、マーシュは二人の手元を覗き込む。


「ほほう、今度はどんな美味い物だ?」


 以前アイスクリーム製造機を作ってもらったこともあり、そのアイスクリームを試作もかねてこの工房で作ったところ、マーシュはいたく感激し、サトルが作る物は美味しい物に繋がると覚えたようだった。


「食べ物とは言ってないですよ」


「食べ物じゃないのか」


 分かりやすく残念そうな声になるマーシュに、サトルとマロウは動じに笑ってしまう。


「食べ物関連ですけど」


「はは、食べ物は、さっき土産に焼き菓子を貰ったから、それを食べよう。竜の目のクッキーだよ」


「そうか! それはいい」


 竜の目のクッキーは、所謂ジャムを乗せたロシアンケーキのことで、サトルの元の世界でもロシアンケーキの他に牛の目玉のクッキーなどと名前の付いていた物だ。

 ただし、手のひらサイズと巨大なクッキーので、家族で割って食べるのが通常の食べ方だという。

 面白そうだと試作してみたところ、なかなかうまくできたので、ついでにマロウたちへの土産に持ってきたのだが、マーシュはそれを聞いて目に見えて上機嫌になった。


 上機嫌ついでに、サトルが作ってほしい道具は、新しい料理を作るのに使えるのだと話すと、更にマーシュはやる気を出した。


 冷蔵庫、という言葉を聞いても分からなかったようだが、サトルの書いた図と説明で、マーシュはそれを理解した。


「なるほどなあ。聞いたことがある、氷を使って物を冷やしたり、ワインなどの品質を落とさず管理するための箱を」


「そう! それです」


 サトルも昔見た料理の本のコラムページで、初期の冷蔵庫の使い方として、酒の保存に使われていた、今でいうワインセラーの様な物だったのを見たことがあった。

 その時に見た図をそのまま書いたのが、今手元にある図だった。


 戸棚のような木製の外箱と、中が二段になった金属の箱。外箱と中箱の間にはフェルトを詰めているとマロウが注釈を書き付けてくれている。

 マーシュはそれだけでも察したのか、これは自分だけではできないかもしれないと言う。


「よし、一回試作をしてみよう。だが、今回は指物を使う必要があるだろうな」


「指物?」


 自動翻訳で翻訳されたと言う事は、サトルにもわかるはずの言葉だが、いまひとつピンとこず、サトルは首を傾げる。


「ああ、木工の細工物の中でも、タンスやクローゼットの様な、隙間の無い空間を持った箱型の家具などのことだ。金属は水気は通さないが熱をよく通す。対して指物はあまり熱を通さない。この間のフェルトもそうだな。だから中の箱は金属だ、だが外見の箱は厚めの木工がいい」


 その説明を聞き、タンス職人を指物師と呼ぶことを思い出す。


「そうですね、たしかに」


 そこにマーシュが待ったをかける。


「ガラスじゃダメ?」


「何故?」


「冷たい物には露が付く。この間のアイスクリームがそうだった」


 木材は水を含むと腐食しやすくなるとマロウが言い、マーシュも納得する。


「そうか、だったらニスとロウやワックスを重ねる必要があるかもしれない」


「うん、木工は水に弱いからね、撥水はかなり重要だ」


「なるほど……」


「もし露が付いても、それを排水する機構も欲しい所」


「それは革のチューブを作って、外に繋げればいいかなと思ってました。氷は解けることが前提だったんで」


 そこは考えてあるとサトル。それなら次にネックなのはと考え、マロウが言う。


「水分が多いとカビが発生するよね」


「いっそダンジョン石を使うか」


 硬化した黒っぽいダンジョン石ならば水にも強く、カビも発生せず、木材よりは手間暇もかかるが、箱型への加工の技術もすでにある。

 まるで特殊な効果プラスチックのようだとサトルは思った。


「それがいいかも」


「なら、ダンジョン石を専門に扱う職人を知ってるから、そいつに頼もう」


 武器や防具等の金属製品でも、金属以外の部品は他所で注文し買っているので、そう言った知り合いもいるのだとマーシュ。


 三人それぞれにやる気があるため、話しは幾らでも盛り上がる。

 そうして延々と話をつづける三人に、不意にぽつりと別の声がさしはさまれた。


「俺、時々サトルが違う生き物に見えるんだわ」


 店の隅っこで果物を切るための刃の薄いナイフを物色していた、酒屋の夜の主人、タイムだった。

 サトルと変わらぬ年頃のタイムは、まるで自分のわからない話を平然としてのけるサトルにしかめっ面を向け、俺を無視するなと言わんばかり。


 竜の目のクッキーの作り方を教え、材料を提供し、ついでに試作迄作らせてくれた当人だ。

 しかしサトルとてただでそのようなことをしてもらったわけではなく、タイムの相談を引き受けた見返りに過ぎない。

 なので言いたいことははっきりと言う。


「勝手について来ておいてそれを言うか。だったらこっちに声をかければいい」


「君も話に加わればいいのに」


「ああ、タイムもアイディアがあるなら出せ出せ。知恵は一つでも多い方がいい」


 それが出来れば苦労しないからと、タイムはガクリと肩を落とす。


「無理ですって。専門的すぎんだよアンタら」


 別にそんな専門的なことを話してるつもりはないんだけどなと、サトルは苦笑し、わずかに視線を落とす。


 この世界は自分のいた世界とは違うと、サトルはしみじみと感じていた。

 サトルのいた世界では端末一つでいくらでも調べられたような知識は、この世界においては専門的な知識や技術だ。下手にそれを披露してしまうと、周囲の人間から忌避されるか、もしくは無駄に持ち上げられるか。どちらにしろ、サトルにとってあまり良い事にはならないだろう。

 何せ技術や知識という物は、それがレアリティの高い物であればあるほど、欲しがる人間は法も倫理も犯して、無理やり奪い取ろうとするのだ。


「少しはしゃぎすぎたかな……」


 どこまで自重するべきか、サトルは静かに口を閉ざした。


 この世界にはまだ冷蔵庫も特殊なプラスチックも無い。

 そんな知識をサトルが持っていると知れたら、きっとサトルは今とは別の意味で厄介ごとを引き付けてしまうだろうから。


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