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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第二話「コウジマチサトルまたダンジョンに落ちる」
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11・水底の

 真綿で首を絞められるのは、あまり嬉しい事ではないとサトルは常々思っていた。そういう状況になるたびに逃げたいとも。しかしそういう時の半分は逃げるに逃げられない状況だった。

 今もそうだ。


 もうすっかり胸元まで地面に埋まってしまっている。地面は腐葉土の様な重さと湿度で、正直埋まっている今の状況はひたすら不快だった。

 むしろこのまま埋まってしまい、窒息してしまうのではないかという不安の方が大きかったので、せめて口元には空間を作っておこうと、サトルは腕を挙げ、掌で顔を覆っていた。

 甘さと青臭さと黴臭さの混じったような匂いがするのは、これが本物の土だからだろうか。


「さすがに息苦しくなってきた……」


「早く落ちたいです」


 ニゲラに至っては、サトルからは額くらいまでしか見えていない。どうやって口元の空間を確保しているのか謎だが、少なくとも息はできているらしかった。


 セイボリー達は十分に離れ、テカちゃんの光が遠くにぼんやりと見えていたのも、今は見つからない。

 明かりはダンジョンの妖精であるキンちゃんとギンちゃんニコちゃんシーちゃん、それにチョコちゃんと泡のような妖精のプクちゃんたちが、この場にとどまってくれているので問題は無かった。モーさんとテカちゃん以外に、ダンジョンの妖精の内フーちゃんだけは、妖精たちが互いに居場所が分かる事から、セイボリー達の方へと付いてもらっている。

 フォンフォンプクプクと、サトルを励ましてくれる妖精たちがいてくれたことに、サトルは少し感謝する。


 この光が無ければ、不安はもっと大きかっただろう。


 しかしそんな真綿で首を絞めらるような時間も、ようやく終わりを迎えた。


 不意にサトルの足下から感覚が消失し、周囲の土塊とともにサトルは空中に放り出された。


「父さん!」


 ジェットコースターの様な、自力ではどうにもならないだろうと感じさせる無重力感に、サトルは静かに呟く。


「さすがになれてきた……」


 ぼんやりと答えるサトルの体を、背に翼を広げたニゲラが引き寄せる。


「慣れないでくださいよ……怪我は?」


 サトルの体を抱きかかえ、ニゲラは心底心配そうにサトルに問う。お互いすっかり泥だらけだ。

 妖精たちが辺りを照らしてくれるが、天井の崩落した下階のホールはすっかりヒカリゴケの光を失い、一寸先すら見通せないほど暗い。

 見上げれば、先ほど落ちてきた場所うだろう一カ所が、ぽっかりと穴をあけ、うっすら光をこぼしていた。


「怪我は無いよ……この天井の穴、君が飛んで登れそうか?」


 サトルにつられてニゲラは天井を仰ぎ、大丈夫だと返す。


「はい、これくらいでしたら十分」


 こともなげなニゲラの様子に、いっそ穴が開くことを覚悟で、多少暴れて抜け出す努力をした方が、時間的にロスが少なかったかもしれないとサトルは後悔する。

 しかし周囲にセイボリー達がいた。彼らを崩落に巻き込む危険性がある以上、下手に穴をあけるわけにはいかなかったはずだ。

 どういう行動が最良だったのかわからないが、少なくとも今は最悪ではないはずなので、サトルはすぐにでも上にもどりセイボリー達と合流しようと考える。


「じゃあそうしようか……ニコちゃん?」


 サトルがそう答えた瞬間、ちょっと待ってくれと一匹の妖精がサトルの顔面に貼り付いた。

 視界を埋める白い光にサトルは目を細める。視界にチラチラとリボンが揺れ、それでその妖精がニコちゃんだと分かった。


 ニコちゃんはサトルに何か伝えたいことがあるようでフォンフォンと激しく鳴きながら、何かを主張する。

 ニコちゃんはどうやら下方に何かがあると伝えたい様子。


 サトルはニゲラに伝える。


「ごめん、前言を撤回する。ニコちゃんが、この下に何かあると言ってるんだが、下に降りれるだろうか?」


 サトルの言葉を受け、ニゲラはすぐに降下する。妖精たちの光で、自分たちの真下が水面だと気が付き、サトルは舌打ちした。

 ニコちゃんは尚も下へ下へと、サトルの顔面に張り付いたまま主張していた。


 とりあえずサトルはニコちゃんを顔から剥がし、如何したものかと考える。


 ニコちゃんはどうしてもサトルを水面下へと連れて行きたい様で、サトルの指を掴み引っ張った。


「うーん……ここで潜るのは……」


 渋るサトルに業を煮やしたか、ニコちゃんは突然プクちゃんに向かって突進し、フォフォフォーンと激しく鳴いた。

 するとプクちゃんはニコちゃんに応えるように、プクプクっと繰り返し何度も何度も鳴き始めた。


 それはプクちゃんの使う魔法のような何かだったのだろう。

 サトルはわずかに疲労感を覚えた。その疲労感は、ずっと握っていたドラゴナイトアゲートの一部がが崩れる感覚とともに消え去ったので、魔力が消費されたうえで補填されたのだと気が付く。


 プクちゃんの鳴き声に呼応するように、水面に激しい泡が湧いてきた。

 一体それに何の意味があるのかはわからないが、少なくともニコちゃんに請われてやったことなので、何かしらニコちゃんにとって、もしくはサトルにとって意味のある事のはずだ。


 ここまでするのだから仕方がないかと、サトルはため息を吐き、ドラゴナイトアゲートをフラップとボタンの付いた腰のポケットにしまい込む。


「ニゲラ、一回向こうに上って、皆に無事だと伝えてくれ。俺はちょっと、ニコちゃんに従ってみる」


 ニゲラはサトルの言葉に一瞬不安そうに顔をしかめるが、ニコちゃんは頑としてサトルを連れて行くことを譲らないので、仕方がないかと頷く。


「分かりました、でも、絶対に無茶はしないでください」


 サトルはニゲラに抱えられながらベストとシャツを脱ぎつつ答える。


「努力する」


「努力だけじゃだめです父さん。でも、母さんたちが付いてるし、大丈夫ですよ、僕は信じてます」


 嘘のないサトルの言葉に苦笑しながら、サトルの脱いだシャツを受け取り、ニゲラは水面へとサトルを放り出した。


 ニゲラはすぐにサトルの元へ戻ると言い残して、あっという間に穴に向かって飛んでいく。


 水に落とされたサトルは、海中から登ってくる泡に包まれ、普通の水よりも浮力が働いてることに気が付く。

 少し水を掻き泡の昇る場所から離れれば、潜るのに支障のない浮力になったので、プクちゃんの目的がサトルが休める場所を作るためだと理解できた。


「これなら何度か潜れそうか……キンちゃん、ギンちゃん、ニコちゃん、シーちゃん、チョコちゃん、しっかり照らしてほしい。じゃないと潜るのも危険なんだ」


 サトルの要請に妖精たちは張り切ってフォーンと答える。

 ニコちゃんが先導するように水中へと潜っていく。その明りを目指し、サトルは潜ればいいのだろう。


「……何があるっていうんだ?」


 サトルは意を決して、息を止めて水中へと潜った。

 水を掻いて深くに潜ろうとするが、塩水が目に沁み底の見えない不安から、あまり深く潜らぬうちに海面へと戻ってきてしまう。


「……ゲホ、はあ、はあ……もう少し」


 もう少し深く潜らなくてはいけないだろうと、もう一度、今度は先ほどよりも深く潜る。すぐに改定は把握できた。軽く視界を巡らせれば、目印のように少し離れて光るニコちゃんの光。

 サトルの周辺を照らすほかの妖精たちとは違って、あえて明滅することで、目的の場所を示しているようだ。


 行きがそう続く者でもないので、サトルはもう一度海面へと戻る。


「うぶ……っはあ、はあ……もう少し……こっちだな」


 潜る場所をニコちゃんの真上に定め、サトルはもう一度深く海底まで潜った。

 ニコちゃんがいたのは、海底に広がる珊瑚か岩か分からない物体の裏側。砂地の海底との隙間だった。


 ウツボでも潜んでいそうだなと、サトルは思った。

 サトルが好んで遊んだ三日貫徹デスゲームでもウツボは存在していた。倒すと妖精やハートの欠片、タツノオトシゴなどの重要なアイテムが手に入ったのだった。

 しかしあいにくと、サトルはそのゲームの勇者のように海中での攻撃手段は持っていない。なので、急いで目的の物を取って逃げようと、隙間に手を入れまさぐった。


 ニコちゃんが明滅を止め、激しく光りながらサトルの手に何かを押し付けた。

 サトルはそれを掴むと、すぐに海面へと浮上する。

 今しがた手に下ばかりのそれを掲げると、ニコちゃんが一緒について来たようで、それにしがみついたまま嬉しそうにフォーンと鳴いた。


「っは! 取れた!」


 妖精たちの明かりに照らされたそれは、アコヤガイのような歪な殻の二枚貝だった。


 サトルはプクちゃんが用意してくれた泡の浮の上へと移動し、仰向けになって力を抜いた。

 泡のおかげで沈まないので、待つのは苦ではなかったが、すっかり光も無くなったダンジョン内の水はやたらと冷たくて、サトルは凍える思いをした。


「……さむ」


 水に体温を奪われる苦痛を我慢しながら待っているとニゲラが戻ってきた。


「父さん!」


 延ばされる手にサトルも手を挙げる。

 ニゲラはその手を掴んで引き上げると、自分が濡れるのも構わず、サトルをぎゅうっと抱きしめた。


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