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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第二話「コウジマチサトルまたダンジョンに落ちる」
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10・覚悟を決めて

 初階層を通らずに地表へ出るという場所まではまだ少し距離があり、たどり着くまでにルーが書いたというレポートについて、ルイボスが簡単な説明をしてくれた。


「そうですね……タチバナが以前話していたのですが、ダンジョンを家に例えるのなら、我々が普段潜っているあの場所は、正面の玄関の様な物。ヤロウの山中に時折見つかるダンジョン内への通路は、建付けの隙間や雨漏りをしているカ所の様な物。そう言った場所から家は傷み、崩れるのだと……」


 その例えに、サトルは天井を仰ぐ。


「ここはまさしく雨漏りしてる天井の下ってことか」


 雨漏りも漏れ始めは天井に浸みが付くばかりで、実際に雫が滴ってくるのは、建材が水をためることが出来なくなってから。

 すべての出来事には予兆がある物なのだ。

 その予兆を感じた時に、素早く原因を調査対処すれば、雨漏りも大きな被害はまぬかれる。


 ダンジョンの組み換えが起きる時も、事前にその予兆を知っていれば、このホールは十分に避けることが出来たはずだ。

 そのためのあの調査を得意とするシャムジャたちだったのだろう。


「ただ彼女たちが今調査をしているという事は、まだ危険が確実だったわけじゃないってことですよね?」


 サトルの問いに、ルイボスは頷く。


 話に耳を傾け、足下が疎かにでもなっていたのだろうか、サトルのうろでヒースが何かに躓いた。

 そのままサトルの背に思いきり頭突きをしてしまったせいで、サトルは前方に倒れ込んだ。


「ふぐっ……」


 倒れたサトルはセイボリーの背に受け止められ、セイボリーは足を止めて振り返る。


「大丈夫だろうか? ヒースが躓くとは珍しい」


「ごめんねサトル。大丈夫です、躓いただけ」


 身軽でバランス感覚も優れているので、ヒースが体勢を崩すと言うのはとても珍しい。

 マレインも眉間に皺をよせ、周囲を見ながらため息を吐く。


「夜とは言わないけど、視界が狭く感じるくらいには暗いからな」


 この暗さを例えるなら、夕暮れ時に人の顔の判別が付かなくなり始めるころ、と言ったところか。

 木々の枝葉に遮られ光はより届かない。そのため暗さはひとしおだ。


 テカちゃんが先導し行く道を照らしてくれてはいるが、ヒースは最後尾を歩いていたので、その光も十分に届いていなかったのだろう。そう思ってかテカちゃんがもっと頑張らなくてはと、強く光って見せる。


 しかしヒースは、暗くて躓いたのではないと言う。


「ううん、よそ見してたんだよ、この子がなんか光ってたから」


 そう言ってヒースが指を指したのは、モーさんの背にしがみつくプクちゃん。

 言われて気が付いたが、確かにプクちゃんは強く青白い光を放っていた。


「プクちゃん?」


 サトルが名前を呼ぶと、プクちゃんはプクプクシュワワと激しい鳴き声を上げた。

 まるで何か訴えるかのようだ。


「何かあったのか?」


 プクちゃんはさらに何かを必死に訴えるように、シュワシュワと泡の弾ける音を立て続ける。

 その青白い光は波のように緩やかな点滅をしており、弾ける気泡の音と相まって、まるで今足下に波が打ち寄せるような錯覚を覚える。


 ヒースはその光が気になったんだと言う。

 確かにこの光をずっと見ていると、足元もおぼつかなくなるかもしれない。


 プクちゃんは何を訴えたいのか、モーさんの背から飛び上がると、サトルとニゲラの周辺を浮遊しくるくると回る。


「光の色、他の妖精とちょっと違うんだね」


「ああ……海ほたるのようだよな」


 言ってから、この世界にそんな生物はいるだろうかと、サトルは首を傾げる。

 海についてはマレインが詳しそうなので視線を向ければ、マレインもまた首を傾げた。


「うん? デスレオパルドオクトパスではなく?」


「明らかに怪しい名前だな。モンスターですか?」


「ああ、下層の方にいる、猛毒の人食いタコだ」


 ヒョウモンダコならば日本にもいるが、死と付くとは何とも穏やかではない。

 顔しかめるサトルに、マレインは実にいい笑顔で頷く。


「なるほど……それは、正直怖いな……出会いたくない」


 軽く呟いたつもりだったが、思いのほか深刻な声が出てしまい、サトルは自分の口元を押さえて言葉を止める。何せサトルは、そんな危険なモンスターがいるかもしれない海に、先日何度となく潜っていたのだ。


「海のモンスターは捕食のために毒を使ってくるものがそこそこいるからねえ、僕も海に潜るのは勘弁願いたいんだよね」


「今それを言いうか」


 サトルやニゲラを平気で海に放り込もうとしていたマレインのその言葉に、サトルはげんなりと呻く。


 しかしそんなサトルの腕を取り、ニゲラが力強く宣言する。


「僕が守ります! 僕は毒に耐性あるので! 青や緑の竜に毒の耐性が強い竜は多いです。逆に赤いのや黒いのは毒に弱いです」


 ふんすと鼻息荒く宣言するニゲラに、マレインは苦笑を返す。


「いいのかい? 同族の弱点とか教えて」


「青や緑の竜の弱点は教えてませんよ。それ以外だと、竜同士でも共食いしますし、あんまり仲間意識はないです。むしろ僕は父さんやお爺ちゃんやご飯の美味しいマレインさんの方が仲間かなと思ってます」


 謎の枕詞にクレソンが思わず叫ぶ。


「おいこいつ餌付けされてるぞ!」


 ニゲラの屈託のない宣言に、マレインは愉快そうに笑い、それをヒースが羨ましいと言う。


「ははは、それは光栄だ。竜に仲間だといってもらえるのは存外嬉しね」


「いいな、俺もニゲラの仲間になりたいかも」


 仲良くしたいと素直なヒースの言葉に、もちろん歓迎だと、ニゲラは答える。

 掴んだままのサトルの腕をぶんぶんと振りながら友人は多い方がいいと嬉しそうだ。


「ヒースも仲間です!」


「いいの?」


「はい、ヒースとはいつも朝ごはんや夕ご飯一緒に作るから」


 朝食や夕食の準備を共に手伝うから仲間だと言い切るニゲラに、今度はバレリアンが呆れる。


「食べ物が判断材料ですか……分かりやすいのは良いのですが、その、それ人に騙されたりしませんか?」


 しかしニゲラは笑みを浮かべたまま、そんなに難しい事ではないんだと答える。


「小難しく考える必要ないですよ。お腹が空くと寂しくなるじゃないですか。寂しくなると人肌恋しくなるし、お腹いっぱいで好きな人と一緒に居られたら、それだけで幸せです。僕はそれでいいと思うんです」


 その答えにマレインが「素晴らしいね!」と大きく手を広げ賞賛する。


「無事、此処を出たらたくさんご飯を食べようか」


「はい!」


 さあ行こうと、マレインは再び踵を返し、歩みを再開する。

 何度となく足が止まるのでは、いつまでたっても帰れないしご飯もお預けだと嘯けば、ニゲラも慌てて行く先へと向き直り、歩みを再開しようとした。


 呆れるクレソンとバレリアンもそれに続く。


「結局は飯か」


「もうわかりやすい位でいいのかもしれませ」


 そのクレソンとバレリアンを、ニゲラが片腕で薙ぐように弾き飛ばした。

 ワームウッドがそれにぶつかり、共に後方へと転がる。


「すみません!」


「ニゲラ!」


 一体何をしてるんだと言いかけ、サトルは自分の足元の異変に気が付く。


 驚き、一瞬動きを止めたセイボリー達に掌を向け制止、サトルは言う。


「悪い! 俺から離れてくれ!」


 サトルはニゲラに習い、一番身近くにいたヒースの胸を押して突き飛ばし、多少乱暴になる事を謝りながら、ニゲラに捕まれていない方の腕を使い、モーさんを押しやり距離を取らせる。


 突然のサトルの奇行を責めることなく、セイボリー達はサトルの様子を観察するように視線を向け、そしてその足下の異変に気が付く。サトルの足下の地面が溶けるように沈んでいた。

 ヒースが悲鳴じみた声を上げる。


「サトル! ニゲラ! 足が!」


「来るな、離れろ、距離を取るんだ」


 見る間にも足元は沈み込み、サトルはそこから足を引き上げようとするが、ぬかるみにはまったかのように抜け出せない。

 地面に手を突いて引き上げようとするも、ついた先もまた沈み込み、力をかけていられない。


 サトルは脹脛迄沈み込んでいたが、ニゲラはすでに膝過ぎまで溶けるように沈んだ地面に埋まっていた。


 竜がいるとダンジョンの天井が抜けるとルーは言っていた。

 重さのせいだと思っていたが、今のニゲラが見た目通りの重さなのか、それとも重いのかわからない。ただ、本当に竜のせいでダンジョンの天井が抜けるのだろうなとサトルは思った。


「父さん、これ、これどうすれば」


 とにかくクレソンたちを巻き込むまいと、とっさに腕を振ってしまったのだろう。ニゲラは自分の足が沈み込むことに混乱しているようだった。


「ニゲラ落ち着け、足元が抜けきったら羽を出すんだ」


 弾き飛ばされたクレソンたちは、咳き込みながらも身を起こし、沈み込むサトルとニゲラの足下を見て状況を悟ったらしい。


「おいお前ら!」


「今ロープを」


 ワームウッドが荷を下ろし持ってきていたロープを取り出そうとするが、サトルはそれを制する。


「ロープはいらない! 俺たちは大丈夫だ。いいから距離を取れ、下手に引っ張り上げようとするな、何があってこうなってるか分からない、巻き込むかもしれないから」


 こんなにゆっくりと飲み込まれるように落ちるのは流石に初めてだったが、最初のダンジョンの組み変わりの時も、周囲が溶けるように崩れていたのを見ていたので、そこまでの恐怖は無かった。

 とにかく今は他の誰かを巻き込むまいと、距離を取ってくれと繰り返す。


「落ちても、君たちは助かるのか?」


 自分のことを欠片も心配しないサトルに、セイボリーが確認するように問う。

 サトルはその通りだと答える。


「大丈夫です。それよりも本当に頼むから、ここが崩落する前に離れてください。ニゲラは空を飛べます。穴が開いたらしばらくは空きっぱなし何で、すぐに登ってきて追いつきます。急激な崩落じゃない分余裕がありますから、俺は怪我をする気もありません。とにかく、一端ここから距離を取ってください。これだけ暗ければ、テカちゃんが目印になってくれます」


 サトルの答えを聞き、セイボリーは決断する。


「分かった、無茶をしないでくれ」


 セイボリーの決定に、クレソンとヒースがそんな! と非難の声を上げるが、サトルは良いからと強く押しとどめる。


「俺とニゲラだけなら助かるんだ。いいから、行け。むしろ余分に人が増える方が迷惑だ」


 厳しい言葉を使い、早くここから離れてくれとサトルは促す。

 どれほどの規模で崩落するか分からないのだから、できる限り距離を取ってもらいたかった。

 サトルの再三の言葉にクレソンたちは悔し気に顔をしかめながら、ようやくわかったと頷いた。


「俺たちは必ず戻る。だからそれまで皆を頼んだテカちゃん」


 サトルの言葉に、テカちゃんは責任重大だと、気負うように何度もキュムキュムと鳴いた。


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