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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第二話「コウジマチサトルまたダンジョンに落ちる」
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9・後背の悔恨

 道幅のせいもあり縦列に並んで進んでいたのだが、ダンジョンの崩落の危険性があるというのなら、隊列を変えた方がいいだろうとサトルは提案する。


「できれば俺の傍にいてください。崩落に巻き込まれても、着地は安全なんで」


 ダンジョンの崩落に巻き込まれた全員を無事に連れ帰った実績のあるサトルに、セイボリー達は従い、サトルの周囲を囲むように並びなおす。

 多少窮屈ではあるが、肩をぶつけずに歩くには十分。ダンジョンノ組み変わる前兆があるときは、モンスターも退避をするのだとルーが言っていたので、武器を取りまわす場所は考慮しなかった。


 ニゲラとモーさんはサトルの真横に付け、いざという時何時でもサトルを運べるようにスタンバイする。


 隊列を組みなおし移動を始めてすぐ、ニゲラがサトルに何かを手渡す。


「父さん」


「ありがとうニゲラ」


 サトルはちらと確認するだけで、すぐにそれを受け取り拳に握り込んだ。


「それ、ドラゴナイトアゲートか?」


 サトルの右後ろからクレソンが問う。


「ああ、捜してきてもらったんだ。竜の住んでる場所で。けど偶然だとそう簡単に見つかる物でもないらしい」


 サトルが掌を開きクレソンに見せたのは、親指の爪ほどのサイズの小さな石。サトルの魔力の補給源として利用している、竜の腹の中で飲み結晶する宝石、ドラゴナイトアゲート。


「お前が何回か見つけてるのは?」


「一回は偶然だったけど後の二回は目の前で竜が吐いた」


 サトルはこれまで三回ドラゴナイトアゲート発見している。

 一回目は偶然、二回目はニゲラが吐き出しニコちゃんがそれを見つけた。三回目もまた、ニゲラの名付け親である竜が吐きだしたのを貰った物だった。


 サトルの言葉を聞き、クレソンの頬が引きつる。


「あーそういや言ってたな。本当にその……吐くのか?」


 サトルは真顔で頷く。


「念液まみれだった。少し匂うし」


「えー」


 引きつった顔のままクレソンが少し距離を取ったので、サトルも表情を渋くする。


「洗えば取れるからそんな顔するな。吐瀉物なんだから仕方ないだろ」


 サトルの言葉をニゲラが補足する。


「いつの間にか胃の中にできてるんですよね。飲み込む時と違って、吐くときちょっと喉とか痛いです」


 吐くと明確に言われて何を想像したのか、クレソンは自分の喉元を押さえ顔をしかめる。


「あーあー確かに、食うより吐く方がきついよな……てーか、ダンジョンでも滅多に見つからねえ石が、そんな風にできるって、なんか嫌だな」


 あからさまに嫌そうな顔をするクレソンに、だろうなとサトルは頷く。


「こら後ろ、無駄口叩いてないで足を進めろ」


 まだ崩落の予兆でしかなく、あからさまな動きが無かったこともあり、悠長に話をしていたが、そのせいでクレソンとサトルの足が遅れつつあることに、先を行くマレインが注意をする。


「すんません」


「悪い、マレイン……そうだな、急いだほうがいいのかもしれない」


 謝罪をし、サトルは軽く天井を確認する。

 溶けるように落ちてくる天井からの鍾乳石モドキは数を増やし、ホール内は暗さを増して周囲の見通しが利き辛い。

 テカちゃんがいなければ、速足で歩むのもはばかられただろう。


「ますます暗くなってきたな」


 クレソンが同意し吐き捨てる。


「急激に暗くなるわけじゃないってのが嫌だな」


「いきなり暗くなるのも嫌ですよ」


 真綿で首を絞められているようだとぼやくクレソン、その横でバレリアンは逃げる時間がある分ましだと言う。

 確かに逃げる時間が無いのは困ったなと、サトルはこれまで崩落に巻き込まれたときのことを思いだす。

 一応情報として共有しておこうかと、足を遅らせないように気にしながら話をする。


「それが、急激に暗くなる場合もあるんだ。俺が一回目落ちた時はそうだった。二回目の時はダンジョンの外からの崩落だったから分からないし、三回目の時は最初からヒカリゴケがない場所の様だったからそちらも定かではないが……」


 ヒースが叫ぶように言う。


「崩落に巻き込まれる回数多すぎ」


 ワームウッドもそれに同意する。


「サトルはちょっと不運が過ぎるんじゃない? もしかしたら君がいると崩落が起きるとか? って、これ前にも話した気がするな」


 いっそ非難がましい声だったが、サトルはそう言われてもなと後ろ頭を掻く。


「俺もそう思ったんだけど、俺が原因と言うよりも、どこも事前に予兆がある所に、俺が突っ込んでいってるんだよ」


 ならばその状況の一つ一つを説明してくれとマレインが話を促す。


「一回目は?」


「シュガースケイルがいなくなってる場所だった。シュガースケイルは生息する場所が限られている。特定の植物がある場所にのみ生息してるが、逆を言えばその植物さえあればダンジョンの内部でなくても実つけることは容易。その植物があるホールで、シュガースケイルの姿が見えなくなっていた。ルーはその前日に同じ場所でシュガースケイルを採取していたから、そこに生息していたのは間違いないはずなのに、だ」


 サトルの説明に、その通りだと言うように、キンちゃんたちがフォフォーンと鳴く。


「ほう、それはルーと一緒に落ちた時の話だね。初耳だ。では二回目」


「ダンジョン外にまで亀裂が入ってる状態でその場所に十二人以上集まった。もともと岩塩を採掘していた坑道の跡が地下に広がっているところで、ダンジョンの浸食によって岩の裂け目にダンジョン石が入り込んで、そこから外部に亀裂ができ、天井が抜けるように岩塩抗跡に落ちた。俺とワームウッドとヒースの三人で行動していた時は何ともなかったが、その後で自警団のバジリコたちと合流して十二人以上になったから、ダンジョンが反応して組み換えを行おうとしたんだと思う」


 キンちゃんたちは神妙にフォンフォンと鳴く。


「うん、それについては話を聞いている通りだ。ならば三回目」


「最初から真っ暗で、岩盤の隙間からガスが噴き出すような場所だった。ガスが発火しサンドリヨンというモンスターが生息していた。一度床が崩落していたらしく穴が開いていた。組み換えが連続して行われていたのか、そもそもガスが噴き出すほど岩に裂け目が出来ているような場所だったのか知らないが、とにかく不安定な場所だったんだろうと思う。と言うか、そもそもダンジョンだったのかも怪しいんだ。ダンジョン石の浸食は起こっている様子だったけど、ヤロウ山脈の峰の一つに出ることのできるような場所だったから……桜の咲いていた場所に通じているんだ」


 キンちゃんたちがフォンフォンと鳴く声に被る様に、ルイボスが納得したと相槌を打つ。


「あの道でしたか。外界に通じる道が出来ている場所は、ダンジョンの壁や天井が崩れやすくなっているかもしれないと、タチバナも考えていましたからね、確かにそれなら……」


 マレインは苦い物でも噛むような顔で、じいっとサトルを見やる。


「確かに、最初から問題のある場所にばかりサトルは……君ってマゾヒスト?」


「違う」


 即行で否定するサトルに、冗談だよとマレインは胡散臭い笑みを浮かべて返す。

 本気にしていたように見えて、サトルは渋面で言い返す。


「最初から悪い条件が重なっている時以外は、案外と普通に潜っても平気なんだ。ほら、黄金のミードバチの巣を見つけた時や、皆が俺を助けようと、桜の場所に向かっていたのを俺が追いかけた時とか」


 その二回は全くダンジョンの組み換えも、崩落の予兆も無かった。何だったら十二人より多い数の人間が同じホールにいても、一切ダンジョンに変化は見られなかった。

 サトルが問題と言うよりも、やはりダンジョン内の条件が問題なのだろうとサトルは言う。


 ワームウッドはその両方を目の当たりにしていたので、確かにその通りだと納得する。


「まあ、そう言われてみればそうだね。あの時はタイムたちすら連れてきていた。今回よりもよほど大人数だった」


 しかしマレインはまだ納得がいかない様子。


「うーん、けれどさすがに四回も崩落の危険にさらされるというのは」


 セイボリーが「思ったのだが」と前置きをして話に加わる。


「先ほどの彼女たちの事なんだが……彼女たちは、探査や調査を専門的に行っている。タチバナに頼まれて情報収集の仕事をしていた者達だ。ボスも、よく頼りにしている」


 その言葉を聞き、マレインはそうだったと、額を押さえ大きく息を吐く。


「ああ、そうか、彼女たちが何故ここに来たのかを考えていなかった。だとしたら今回のことは完全に僕らのと言うか、ここを提案した僕の失態だ。サトルは一切関係がない」


「それだったら、この五号を指定したのは僕ですよ」


 マレインの言葉を受け、ワームウッドも自分が悪いと言うが、サトルはそのどちらも違うなと首を振る。


「提案はされたけど、決めたのは俺なんで、誰が悪いと言う事ではないんじゃないですかね」


 マレインとワームウッドはそう言ってもらえると助かると、揃って耳と尾をしおれさせる。

 地図を見ながら行き先を決めていた時から考えられないほどの落ち込みぶりだ。

 サトルは少し違うおかしくなって笑ってしまう。


「また足が止まったな。責任は誰のせいでもないのだし、早くここを抜けよう」


 そう言ってサトルはマレインの背を押す。

 マレインは苦笑し、そうだなと頷く。


 しかしワームウッドは納得がいかないままの様で、サトルから視線を逸らし俯く。


「責めてくれた方がいいよ。僕の怠慢は流石に看過できない。……彼女たちはきっとここの調査に来ていたんだよ。だとしたら予兆はすでに観測されていたはずだね。僕はその情報収集を怠ったんだ。以前から地表に通じる通路があった。先ほども先生がおっしゃったけど、最近のルーのレポートではそういう場所は崩落しやすい可能性があるらしいとあったしね……」


 サポート役としての自負がある分、自分の情報の抜けをワームウッドは許せなかったらしい。

 それにワームウッドは、サトルを崩落に巻き込みかねない場所に連れて来たのは、これで二度目だ。同じ失敗を繰り返したと、悔し気に自分の爪を噛む。


 その気持ちはサトルも痛いほどわかった。自分が同じ失態を繰り返すことの苛立ちと恐怖。

 特にワームウッドはタチバナの死のことで思うところがあるらしく、ダンジョンの崩落にはかなり神経質になっていたはずだった。


 もう二度と誰かを崩落で死なせたくないと思っているはずのワームウッドが、自分が情報を見逃し、この場所に来ることを提案したせいでと悩むのは当然だろう。


 俯き歩みの遅れるワームウッドに、クレソンが振り向き、その額に向けて思いきり手を振り下ろした。

 不意のチョップを受けて、ワームウッドは毛を逆立て立ち止まる。


「お前なー、後悔ってのは後からするもんだろうがよ。まだ何も終わっちゃいねえのに、何で今そんなうじうじ言ってんだ。んな悩むくらいならとっとと走って俺ら先導してみせろっての」


「ちょっと何やってんですか」


 クレソンの突然の暴挙に、バレリアンが有無を言わさずクレソンの尻に蹴りを入れた。

 思わず飛び上がるクレソン。


「ぎゃ! てめえなにしやがる! 似非ノーブル!」


 バレリアンは掴みかかるクレソンをするりと避け、足の止まったワームウッドの肩に手を置くと、歩くことを促すように軽く押す。


「先輩がいきなり人に暴力ふるうからですよ。行きましょうワームウッド、この人と話している時間が惜しい」


「んだと、てめえの方がいきなりだろうがよ!」


 ぎゃあぎゃあわめくクレソンに、サトルは落ち着けと声をかけ腕を取る。

 クレソンは尚も「ふざけんなクソ野郎!」「上品ぶってるその面の皮剥がしてやる!」などと叫んでいたが、サトルに抵抗する様子はなくすんなり従った。

 もしかしてこれは何かのポーズなのだろうか? そう疑問に思うサトルに、ワームウッドが困ったような、それでいて少し嬉しそうな苦笑を向ける。


 やはりこれは、ワームウッドが気に病む隙を与えないための小芝居なのだろうと、サトルは納得する。


 ひと段落付いたことを確認するように、先行していたマレイン達が足を止め振り返る。


「お前ら! じゃれ合ってる暇があるなら歩け!」


 すいませんと形だけ謝り、サトルたちは今度こそ止まらないようにと歩みを再開した。


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