7・ダンジョン石を割ってみた
黄色い班のある個体を倒した途端、それまで迫ってきていたモンスターたちが、ブオーブオーと野生の牛の様な声を上げ、てんでバラバラに撤退を始めた。どうやらこのオオトカゲたちは群れを形成しリーダーの指示で行動をしていたようだ。最も大きく黄色い班のある個体がそのリーダーだったのだろう。
モンスターが撤退しきったのを確認して、ようやくセイボリーは構えていた武器を下ろした。
マレインとルイボスは、戦闘を終えた三人に近寄り、様子を確認する。
「お疲れ様」
「怪我などはありませんか? 肉食のモンスターに付けられた傷ならば、擦り傷でも解毒が必要ですからね」
三人は一様に問題ないと答える。
「お気遣いありがとうございます先生。かすり傷一つありません」
「おう、こっちも無事っす」
「僕もです」
その様子には覚えがあり、サトルは独り言ちる。
「破傷風とかの心配か?」
ワームウッドがそれに答える。
「それもあるけどね、肉食のモンスターの中には、効率よく獲物を狩るために、毒を持ってる奴がいるから」
「ああ、そういう」
コモドオオトカゲもそう言えば毒を持っていたなと、サトルは納得する。見た目こそ派手だが、その生態は動物とそう変わらないらしい。
黄色い班のあるトカゲの中にはキンちゃんたちの仲間がいるからだろう、キンちゃんはトカゲに向かって飛んでいく。
ふと、昨日のライラックニシブッポウソウのようなカラーリングのモンスターを思い出し、サトルはキンちゃんに待ったをかける。
「あ、待ってキンちゃん。ワームウッド、このトカゲは何か皮を剥いだりとかする?」
隣にいたワームウッドに問えば、ワームウッドはひょこりと肩をすくめ答える。
「まあ使えなくはないけど、あんまり高価な物でもないし好きにすればいいと思うよ」
「わかった。キンちゃん待たせてすまない。そのトカゲを好きにしてくれ」
サトルからのゴーサインを受け、キンちゃんはすぐにモンスターに取り付き、トカゲの全身を光る粘菌の様な物で覆いつくした。
その異様な光景にクレソンが思わず呻く。
「うえ、それ初めて見たけどすげえな。知らない奴が見たら新手のモンスターだと思いそうだ」
確かにと声に出さず同意するサトル。
サトルはちょっと気になることがあり、傾斜のきつい坂を上って、キンちゃんの傍まで行く。途中のトカゲの死骸はできる限り見ないふりだ。
ぬるりと溶けるように粘菌状の光が消え、そこには真新しいダンジョン石の塊が出来ていた。
その瞬間を目にし、セイボリーが感慨深そうにつぶやく。
自分たちがいつも潜っているその場所が、どのようにしてできているのか、セイボリーは改めて実感できたらしい。
「本当にダンジョンの……ダンジョン石はこうして作られているのか……」
サトルは真新しいダンジョン石の傍に屈み込む。ニゲラもそれに続いてサトルの横へ。
セイボリーもニゲラに習い、サトルの横に膝を突く。
「これはどんな生物でも?」
サトルはその問い答えるため、懐から掌ほどの長さのナイフを取り出し、ダンジョン石に突き立てた。
「多分。樹木などもです。有機物だったら何でも……で、無機物はこうして結晶化して一緒に」
サトルが僅かに力をかけると、ダンジョン石はミシリと軋んで歪なスイカのように割れた。
横から覗き込んでいたバレリアンとクレソンが驚嘆する。
「割れた!」
「こんなに簡単でいいのかよ? ヤバくねえかこの柔さ」
ダンジョン石は建材に使われるほどに丈夫で、このダンジョン内の広い空間を支えているほど頑健な素材のはずだ。だというのに、それが非力なサトルの力ですぐに割れることに、クレソンはひどく驚いているようだった。
「できてすぐは結構柔らかいんだ。色や採掘された場所で質感や色が違うだろ? この状態から徐々に変化していくらしいんだ。まだ明確にどの状況でどんな色になるかはわかってないが……一晩おくとちょっとした石くらいには固くなる」
サトルはナイフの柄でダンジョン石を叩いて見せる。鈍くまったく響かない音がした。
雨ざらしにして湿気を含んだ木材のような質感。それが出来た手のダンジョン石だった。
サトルの行動に興味がわいたのか、マレインやルイボス、ヒース、ワームウッドたちもぞろぞろと斜面を登ってきた。
ダンジョン石の断面は中に空洞があり、外がざらついた古い木材か表面の荒い石のような質感で、内側にかけてアゲートの様な層状の模様が出来、中心部の空洞には水晶の群隗にも似た結晶がびっしりと詰まっていた。
しかしその結晶は水晶にしては不均一に様々色や形状があり、大半は濁った半透明のガラス質の結晶で、中には油膜の様な虹色や、重厚な鈍色の結晶もあった。
触れるとボロりと崩れる脆さで、結晶としても不純物が多いのが分かった。
マレインが面白そうに問う。
「これは? ガラス? それとも金属かい?」
サトルはルーから聞いていた答えを返す。
「カルシウムをメインとした無機物結晶だそうです」
「すでに調べた後か」
ルーの家にはダンジョン研究に使うのだとかで、顕微鏡などの理科でおなじみの実験器具が様々に有った。
この世界でも金属や鉱物の結晶の形はすでに判明しているらしく、ルーはダンジョン石の中空から取り出した結晶を細かく分類して見せた。
サトルはその時、普段はそうも見えないが本当にルーは学者なのだなと、しみじみ感心したものだった。
「ドラゴナイトアゲートなどは、こういった無機物結晶から生成される可能性あるんだとかで……」
そう言ってサトルが指を指したのは、アゲートに似た層状の模様や、油膜が張ったような金属結晶。
言われてみれば似ているなとマレインも頷く。
そこにニゲラが力強く宣言する。
「僕が食べます!」
ぎょっとしたようにニゲラを見るマレイン。ニゲラはとても得意げだ。
「食べるのか!」
「はい、それでその内ドラゴナイトアゲートになったら吐き出します」
得意顔で胸を張るニゲラに、サトルは苦笑しつつ続ける。
「まだ実験の段階ですよ。ただもし本当にドラゴナイトアゲートが、こうしてダンジョン石で作ることが出来るのなら、もし貸したら人工的に作れるかもしれないと思ったらしいです。本格的に作る気はないんだそうで、今はちょっとした隙間に実験をしているだけだとか」
「いつの間に」
「ルーが面白がって色々させてるんですよ」
ルーが実際なにの研究を重点的にやっているのか、把握している者はいなかったが、元々タチバナが手当たり次第にダンジョン関連のことを調べる人間だったので、タチバナがやっていそうなことならルーもやっているのだろうと、マレイン達はすぐに納得する。
特にルイボスはタチバナとの付き合いが長かったせいもあるのだろうが、ダンジョン石の話を聞き、実に興味深いことだと深々とうなずき、嘆息する。
「こうやって、少しずつダンジョンの謎が解き明かされていくんですね……ああ、もっと早くに、君が来てくれていれば」
サトルはわずかに痛む胃を、服の上から押さえる。
ニゲラのことをいつまで秘密にしておくべきか、先送りにしていた悩みが首をもたげる。
ただクレソンやヒースは別のことが気になったようで、ニゲラに神妙に問う。
「石食うとか……辛くねえの?」
「これって美味しい?」
ニゲラは楽しげな声で答える。
「美味しくはないけど辛くもないですよ。こう見えて竜だから、動物の骨も食べますし。でも僕果物の方が好きなんですよね」
今は人の形を取ってはいるが、元々ニゲラの本性は竜の姿である。この程度で辛くなる事は無いと、ニゲラはむしろ得意げだ。
「へ、へえ……お前、つええな」
「ニゲラすげー」
二人の賞賛に、ニゲラは頬を紅潮させ、もう一度えへんと胸を張る。
クレソンとヒースがなぜそこまで感心しているのかわからないとバレリアン。ワームウッドは少しだけ分からなくもないよと返す。
「何でそこで感心するんですかね」
「まあ金属食べる生き物って、何となく格好良い気はするよ」
「そういう物ですか」