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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第二話「コウジマチサトルまたダンジョンに落ちる」
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1・傍らの寂寥

 空気自体は温暖だが、水はそこそこ冷たく、湿度は高く、日差し代わりの光はそう強くはない。

 ダンジョン内の光自体が熱を持っているわけではないのであまり関係は無いのかもしれないが、それが薄っすら暗いというだけで、体に感じる温度も低く感じてしまうのは、視覚に依存した生物の性だろう。


 あまりリゾート地への観光の経験が無いので、はっきり何処に似ているとは言い難かったが、サトルはこの微妙な寒さを知っている気がしていた。


「サトル大丈夫? 唇紫だよ」


「……たぶん」


 心配そうにのぞき込んでくるヒースに答えながら、サトルは今感じている既視感が何なのかを思い出す。雨の日のプールだ。

 ヒースの幼い顔立ちが、学生時代の友人たちを思い出させた。

 

 彼らのほとんどは、もういない。


 ワームウッドも面白そうに口の端を持ち上げ、サトルの血の気の引いた顔を見つめる。


「顔面真っ青」


「ここがいくら温かいとはいえ、水はやはり体温を奪いますからね」


 そう言ってっルイボスはサトルの濡れたシャツを絞り、丁寧に伸ばして適当な石の上に広げる。

 シャツの代わりにサトルが羽織っているのは、野宿のために使うマント状の外套。少し重いが風を通しにくく、体温が逃げるのを防いでくていれる。


 真珠の分配を決めた後、サトルはできる限りセイボリーが気負わなくて済むように、もっと何かを見つけようとニコちゃんに頼んで探してもらった。

 サトルに頼られたニコちゃんは張り切り、かなりの広範囲を探しに探してくれた。

 そこから休み休み、場所を移しながら合計十二回ほど潜ったところで、サトルはついに体力の限界が来て、今このありさまだった。


 今いる場所は、最初に真珠を取った場所から二キロほど離れた場所だ。


 すっかり体の冷え切ったサトルのために、早めの夕食にしようかと提案したのはマレインだった。


 開いた貝の身を真水で洗いながらマレインはサトルに問う。


「辛いかい?」


 海底から採取した貝の処理はマレインに任せた。

 真珠の入った貝は、その後さらに三つ見つかったが、セイボリーへと分配したものほどの一品は他にはなかった。


 ムラサキカガミを夕食用に幾つか採っていたので、そちらもマレインが処理をし、殻はニゲラがほくほくと自分用の麻袋にしまい込んだ。


「お金は要らないからこの貝殻欲しいです!」そうニゲラが宣言したのは、きっとサトルのシャツのボタンのためだろう。

 たっぷりのムラサキカガミに、ニゲラはかなりご満悦だ。


「大丈夫です」


 多少やせ我慢気味にマレインに返すサトルに、ニゲラが身を乗り出して言う。


「僕が」


 温めますと続きそうなところを、サトルはきっぱりと拒否する。


「駄目、最近抱き着き癖が付いてるぞ。親離れも考えろニゲラ。見た目に則した行動を心掛けるんだ」


 サトルに拒否され、ニゲラは驚きと悲しみに目を曇らせ、少しだけ俯き頷く。


「……はい」


 分かりやすく落ち込むニゲラの様子に、サトルの心が痛まないわけではなかったが、それでもこのまま甘やかしてしまったら、いつまでたってもニゲラは抱き着き癖が付いたままだろう。


「俺は良いから、ほら、ヒースたちを手伝ってやれ」


 そう言ってサトルが差した先では、ヒースとワームウッドが早めの夕食の支度をしていた。

 火の傍から離れ、水を使いながら森の中で採ってきた食べられる鳥や植物を調理しているところだった。


「はい」


 手伝いを言いつけられ、ニゲラはしょんぼりとしたままヒースたちの方へと向かう。その背中を見ながら、クレソンがニヤニヤと言う。 


「ママだな」


「パパだよ」


 クレソンは結局今日使わなかった刃物を手入れしているところで、いちいち油の浸みた布で持ってきていた刃物を一つ一つ拭いている。

 何でも塩気のある場所では放置してるとすぐに刃物が傷むのだとか。

 ダンジョンというゲームじみた場所で現実的な話をされると、逆に不思議なな気持ちになる物で、サトルは火に当たりながらそんなクレソンの手元をじっと見つめる。


「んだよ?」


「いや……他人が何かしてると見てたくなるだけ」


「あー、そういうのあるな、俺もなんか人の手入れ見たくなる時あるわ」


「うん……」


 しばらくクレソンの刃物の手入れを見ていると、処理をし終わった貝の身をマレインが鉄鍋で炒め始めた。腹の空く匂いに、サトルの視線はすぐに鉄鍋の方へと向かう。


「分かりやすい奴」


「そういう貴方も、手が止まってますよ」


 サトルを笑うクレソンに人のことは言えないとバレリアンが言う。


 うるさいなと返しながら、クレソンは手入れの道具を片付けていく。

 空腹には勝てないらしい。


「お前だって腹減ってんだろ?」


「そりゃあ、今日は昼食を摂っていませんしね」


「あー、話してたらますます腹減った」


 サトルは二人の声に黙って耳を傾ける。


 気の置けない仲間同士のやり取り。暖かな火。空腹を誘う夕餉の匂い。

 冷え切った体に染み込んでくる温かさが、妙に胸に痛かった。


 何故かふとした瞬間里心が付いてしまう。

 心が折れるのは体が心を支えられなくなっているからだろう。


「はやくめし……食わなくちゃ」


 空腹は心に堪えると、サトルは膝を抱えて寒さをごまかした。


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