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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第一話「コウジマチサトル海に行く」
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12・愛しさと切なさと心強さと

 モンスターの毛皮を剥いだ後、サトルに渡された二枚貝を器用に開き、マレインは感嘆した。


「真珠か……素晴らしいね、この町で真珠は高級品だ。これは凄いよ」


 横からマレインの手元を覗き込み、ヒースとワームウッドもまたこれは凄いと歓声を上げる。


「うわあああ、俺初めて見た!」


「うん、綺麗だね、これ良い物だよ」


 その言葉につられてか、普段はそこまで好奇心を見せないセイボリーまでもが、身を乗り出してマレインの手元を覗き込み、マレインは手にしていた貝をセイボリーに手渡した。


 セイボリーはその真珠をまじまじと、穴が開くほどに見つめている。

 その真剣さに、サトルはそんなにも珍しいのだろうかと首を傾げた。


 近代に世界に先駆け養殖真珠の開発に成功した日本では、真珠は庶民ですらフォーマルな場に付けていくことのできるポピュラーな装飾品となった。

 そして現代においてはその為需要にあった供給量があったため、サトルには全くその価値が理解できなかったが、西洋に置いて養殖真珠が出回るまで、真珠の立ち位置というのは王侯貴族の傍らだったほどレアリティの高い宝石だった。


「そんなに珍しい物なのか?」


 そう問うサトルの首にはニゲラの腕が回され、背中にはべったりとニゲラが引っ付いている。

 サトルとしては背中が温かいので、動きにくい以外は特に困ると言う事は無い。


 マレインは笑顔で答え、サトルの背後霊状態のニゲラを指さす。


「ああ、それなりに。ところでそれ」


 マレインに指さされ、ニゲラの腕にわずかに力がこもる。

 最近はすっかり力加減を覚えた物の、下手をすればうっかりで首をへし折られる可能性があるので、サトルは背を冷たくしつつマレインにニゲラを刺激しないように頼む。


「怖がられたんで落ち込んで拗ねてるんです。そうっとして置いたら元に戻ります。以前もルーに怖がられた後こんな感じだったんで。だから気にしないでください」


「ああそうなんだ」


 それよりもサトルが気になるのは、何故そんなにも真珠が高価なのかという事。

 もしかしてと思い、サトルは質問を変える。


「あの、海の物って、ここでは手に入りにくいですか?」


 マレインはそうだなと頷く。


「僕たちの故郷が最も近いはずだが、商隊だと二月くらいかかるかな。持ち込める荷の量も少ないし、貴族だってここでは真珠は滅多に手に入らないよ。ダンジョンの海モドキに潜ったとて、確実に手に入るとは限らないからね。ただ魚や海藻のようにここでも採れるものはあるから、すべからくというわけでもないな」


 確かにとクレソンが同意する。


「宝石の方がまだ手に入りやすいな」


 バレリアンも確かにと頷く。


「宝飾品の中では、トップクラスの入手困難さですよ」


 何故クレソンが宝石の手に入りやすさを知っていて、その横でバレリアンが頷いているのか。

 話を聞くに女が耐えたためしがないと言う二人は、それなりにマメに送り物でもしているのかもしれない。


 それにしても二人は稼ぎのある冒険者とはいえ、財産と言えるほどの物を持っている世には見えない。

 金属はよく産出するダンジョンだと聞いていたが、もしかしてとサトルはつぶやく。


「ダンジョンは宝石も採れるんだろうか?」


 ドラゴナイトアゲートの様な、生物鉱石ではなく、もっとサトルも聞いたことのあるような宝石が採れるのだとすれば、日本で数万する宝石が産地のインドやネパールでは数千円からという事もある様に、このダンジョンの傍では宝石も安いのかもしれない。


 サトルの疑問を肯定するように、マレインが答える。


「ああ、ここはサファイヤ、ルビーの類、それと水晶類も多く採れる場所が何箇所かある。しかし真珠はね、この中に潜る必要があるから、偶然見つけるにしても、そもそもダンジョンの中で貝を採取しようとする方が稀なんだよ。いやあ、本当、物好きもいたものだね」


 海モドキを指さし朗らかに笑っているが、その物好きな事を指せたのは、他でもないマレインだ。

 ニコちゃんのおかげでそこにあると分かっていながらも、たった三枚の貝を採るためだけに四回素潜りし、息も絶え絶えになったサトルとしては、ちっとも笑えなかった。


 マレインはサトルの恨みがましい目を無視し、残り二枚もさっくりと開けていく。

 うち一つはいびつな形で、艶もいまいちな真珠が、もう一つはまるで雫の様な形の真珠が出てきた。


「綺麗な形だ……」


 サトルはその雫型の真珠に、ほうっと感嘆の声を漏らす。

 形もさることながら、淡く桃色がかった大ぶりの真珠は、かなりの値が付くことが予想できた。


「うん、いいね。僕の故郷では、こういうのを海の涙、と呼ばれているよ」


 涙というのも納得のその真珠をセイボリーへと見せながら、マレインはさらに続ける。


「女性の鎖骨を綺麗に見せるのに最適なんだ」


 セイボリーがびくりと肩を跳ね上げた。


「何だったら僕が買い取ろうか?」


「マレイン……君はその、意中の相手が?」


 いくらの値が付くかもわからない真珠を、わざわざ買い取ろうと言うマレインに、セイボリーがやや慌てた様子で問う。

 そんなセイボリーの分かりやすい反応に、マレインはからかうように肩をすくめて、違うよと答える。


「いや、セイボリーが欲しがるかと思ってね」


「むう」


 からかわれただけだと分かると、セイボリーの眉間に皺が寄るものの、セイボリーはマレインから手渡された貝を離さない。


「送りたい相手でもいるのだろうか」


 サトルは声に出さずに呟く。


 実のところ、マレインが女性の鎖骨を彩るのに最適、と言った瞬間、サトルの脳裏には一人の女性が思い浮かんでいた。

 自分がその女性に真珠を贈るなどという事はこれまでもなく、これからも無いだろうが、それでも……。

 サトルは叶わなかった自分の恋心をセイボリーに重ねる。


 真珠を見つけたのはサトルが連れて来た妖精で、真珠を海底から引き揚げたのはサトル。

 基本は採取物の分け前は均等にと決めていたが、こういった「金があれば買えるとも限らない物」を、どう分けるかは決めていなかった。

 ならばその分配は、サトルに大きな采配の権利があるのではないだろうか。


「じゃあこれ、今回のセイボリーさんの取り分ってことにしてもいいですか? あとどれくらい採取ができるか分からないけど、少なくともそれなりの稼ぎにはなりそうなんですよね?」


 そう提案するサトルに、マレインはニヤリと笑って、わざとらしく唸って見せる。

 真珠を欲しているセイボリーは、自分から主張することはできないようで、マレインの言葉に真剣に耳を傾ける。


「うーん今迄から考えると正直物足りなくはあるんだが、まあ真珠だからね。欲しい者が引き取るのが一番だろうねえ」


 そう言ってクレソンたちに向かい手を振るマレイン。


「どう思う?」


 マレインの問いにルイボス、クレソン、バレリアンはすぐに問題ないと答える。


「構いませんよ」


「ま、割るわけにゃいかねえしな」


「金銭に換えるよりもその方がいいかもしれませんね」


 ワームウッドは少し考え、サトルを見やる。


「ニコちゃんのやる気は十分何で、もうちょっと他に良い物が手に入る可能性はある」


 そう答えるサトルの頭上で、ニコちゃんとキンちゃんとギンちゃんが、三人そろってフォンフォンと、任せろと言わんばかりの合唱。


 だったら問題ないとワームウッドは頷く。


 ヒースはワームウッドがいいのならと、文句は言わない。

 この二人の取り分は、普段は戦闘には参加しないから、ということで、基本的に少なく見積もられるらしいが、今回はサトルの提案でダンジョンに潜っているので、サトルが最初に提示した等分という条件だけでも普段より取り分が多い、という事もあるだろう。


 むしろヒースは金銭的な面よりも、物珍しさから真珠に興味を示しているらしい。

 一番いびつな形の真珠を貝ごと受け取り、ワームウッドと一緒に観察をする。


「真珠ってそんなに凄いの師匠?」


「ヒースは見るの初めてだっけ? 凄いよ。ピンク色の真珠なんて特に、金貨何枚になるかな。これくらい特殊な形だと加工で値段が変わるから、僕たちでは判断しかねるか」


「すっげ……むしろ怖くて触れないかも」


「だよねえ」


 直接触るのは怖いと、結局貝ごとマレインに返し、ヒースは真珠に関しては満足したらしい。


「さ、分配が決まったところで、セイボリー、その真珠は一度真水で洗おう。塩水に漬けておくものじゃない」


 マレインに促され、貝をマレインの手元に返しつつ、セイボリーは小さく唸る。


「……いいのだろうか? 私が、勝手をしてしまっても」


「いいんじゃないのかい? サトルはそれでいいと言っているのだから」


 クツクツと笑うマレインに、セイボリーはどうも納得がいかない様子。


 セイボリーは真面目が過ぎるのだろう。自分ばかりが得することに不安を覚えているように見え、サトルはだったらと提案する。


「いいんですよ、その代わり、モンスターが出たら戦闘では期待してますんで」


 その言葉にセイボリーの目が輝き、それまで垂れていた尾が力強く持ち上がる。

 それこそが自分の本分だと言うように、雄々しい声でサトルへと答える。


「ああ、それは必ず、君を守ると誓おう」


 この偉丈夫が必ず守ると言うのなら、こんなに安心できる事は無い。


「心強いです」


 その言葉に、今だサトルの背に貼り付いていたニゲラが反応する。


「父さん! 僕は? 僕はどうですか?」


 ぎゅうぎゅうと抱き着き、子供が拗ねるようにそんなことを言う物だから、サトルは苦笑し「心強いよ」と答えるしかなかった。


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