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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第一話「コウジマチサトル海に行く」
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11・ニゲラとモンスターと切なさと

 森の奥から徐々に海へと近づいてくる笛の音。

 どうやらモンスターをこちらに追い込んでいるらしい。


 マレインはサトルを見やる。

 水中に潜ったまま、地上の様子には気が付いている様子はない。


 無防備な状態のサトルだけは守らなくてはなと、マレインは懐から魔法を補助する短杖を取り出し構える。

 ルイボスやクレソンも各々自らの武器を取った。クレソンは肉厚で大ぶりのダガーを、ルイボスは後衛として補佐に回るため、鉄芯を入れた棍棒を持ちつつ、ウズラの卵の形に固めた鉛をゴムの力で飛ばすスリングショットを、何時でも取り出せるようにしておく。


 足場の悪い場所での近接戦を想定しての取り合わせだ。


 しかし、マレイン達が迎え撃つより先にニゲラが動いた。


「僕が!」


 そう叫ぶとニゲラは木々の陰から飛び出してきたモンスターに向けてて無造作に掌を突き出した。


「父さんの邪魔を、するなあああああああ!」


 爪や牙を恐れることなく、自分と同じくらいの体格の猫の様なモンスターの鼻面を、ニゲラは掴み、そのまま体重をかけるように地面へと叩き伏せた。


「ふん!」


 地面にモンスターの顔面を押し付けながら、ニゲラはさらに力を籠める。

 バキリブシャッ、っと硬い物が割れ濡れた中身が飛び散るような音がした。マレイン達はニゲラの背でよくは見えなかったが、個体を含む赤い飛沫が激しく飛び散ったのだけは見えた。


 ブルリと身を震わせ、ルイボスが固い声で呟く。


「いやはや、さすがですね。本当に竜なのでしょうか?」


 離れた場所だったが、それでも聞こえていたのだろう。ニゲラが顔だけで振り返る。そこにはしょんぼりと眉の垂れ下がった情けない表情が浮かんでいた。


「疑っていたんですか?」


 嘘なんて吐いていいないのにと、落ち込んだ様子のニゲラに、ルイボスは困った様子で答える。


「多少は」


「むう……だって、本当に竜なんですよ、僕」


「もう疑ってはいませんよ」


 さすがに目の前で人間の想定をはるかに超える力を見せられては、疑う余地もないからと、ルイボスは答える。

 その横で、マレインがごくりと唾を飲む。

 先ほどまで自分がごく自然に良いように使っていた相手が、実は片手一つで自分の頭蓋骨を粉砕することのできる、強大な存在だと理解したのだ。


「やべえ力だ……」


 クレソンもとてもじゃないが、自分では太刀打ちできない存在だと、顔を青くする。


 ニゲラは素手で人間よりも力強いモンスターの筋力をいなし、素手で防具にも使われるモンスターの骨を砕いたのだ。

 しかもそれをこともなげに行い、手が汚れた以外の損害は一切なく、息も切らしていない。


 怯えた三人の様子に気が付き、ニゲラはますますしょんぼりとうなだれる。

 サトルが受け入れていたので、ニゲラは自分がそんなに人に恐れられる存在だとは思っていなかった。

 しかし、元となった人間の記憶では、確かに竜に対する人間の畏怖は大きなものだったと分かっていた。


「失敗しちゃいましたね」


 嫌われてしまったなと、ため息を吐くニゲラ。

 モンスターの血にまみれた手を洗おうと立ち上がると、その視線の先に、モンスターを追ってきていたセイボリー達がいた。


「あ……」


 自分に集まる視線が畏怖に彩られてることに気が付き、ニゲラは身を固くする。

 動けなくなったニゲラを救ったのは、唐突に聞こえたサトルの声だった。


「ニゲラ! どうしたんだ!」


 いつの間にか潜り終えていたのか、サトルは岩場の上によじ登りながら、心配そうにニゲラを見ていた。


「っは……はあ、はあ」


 素潜りで切れた息も整いきらないまま、サトルはフラフラとニゲラに近付く。

 その途中、海底から取ってきたばかりの二枚貝を三枚、マレインの手に押し付けた。


 ある程度近付いたところで、サトルは何かに気が付いたのか、ぴたりと足を止めた。


「血の匂いがする! ニゲラ、怪我はしてないか!」


 距離を保ったまま、サトルはニゲラに声をかけるが、サトルの顔面は蒼白で、唇は紫色をしていた。

 何度も何度も素潜りを繰り返していたのだから当たり前だが、そのガクガクと震える姿は滑稽ですらあった。


 むしろ大丈夫でない様子のサトルに、ニゲラもマレインも呆れて声をかける。


「あ、大丈夫です。父さんこっちに来ちゃだめですよ、父さんの苦手な血ですから」


「そこかい? 一番丈夫そうじゃないか、彼」


 サトルはマレインを少し睨んで、すぐにニゲラへと視線を戻す。


「かもしれないですけど、うちの子、なんで心配しますよそりゃ。あ、ニゲラ手は海で洗ってこい。血が付いたままだと服が汚れるから」


「はい!」


 いつもと変わらぬ調子のサトルの言葉に元気よく返事をして、ニゲラは海の方へと手を洗いに走った。


 うちの子と強調するサトルに、マレインは呆れたと肩をすくめる。


「君そんなことだからママと言われるんだよ」


「パパでお願いします」


 真顔で返すサトルに、マレインはもうすっかり毒気を抜かれてしまった。


 サトルはまず間違いなく強い人間ではない。それだと言うのに、自分を父と慕う人間よりも強大な存在を、本気で庇護対象として見ているのだ。

 ヒュムスと獣の性質を持つ人間を、知らない存在だったから、という理由だけで平等に扱うサトルのその信念は、竜にも適応されていた。


「はは、ではパパ、このモンスターに妖精は?」


 すっかり緊張が解けた様子のマレインに問われ、サトルは額に貼り付いていたニコちゃんに尋ねる。

 ニコちゃんは低くフォーンと否定する。


「いないみたいですね」


 モンスターの体内に妖精はいない。

 それなら心置きなくバラせるなとマレインは言う。


「ならば解体しよう。これ、毛皮が高く売れるんだよ。ワームウッド、ヒース、手伝ってくれ」


 マレインに呼ばれ、二人は返事を返した。




 サトルはそれ直視しないようにしながらも、先程ちらと見てしまったモンスターの死体を思い出して、マレインが毛皮が高く売れると言い切った理由に納得する。


「凄い色ですよね」


 形状としてはジャガーなどの大型のネコ科動物の様で、その体毛はまるで極彩色の鳥のようだった。

 サトルが鳥の絵本で見たことがある色としては、ライラックニシブッポウソウという鳥に似ているようだった。


 クレソンがダガーをしまい込みながら答える。


「ああ、服飾の材料として重宝される」


「けど毛足が短いが」


 毛皮を使うとなると、毛足が必要なんじゃないかと返すサトルに、今度はルイボスが答える。


「防寒などには向きませんね。機能性としては、耐水性に優れていることと、伸縮しにくいくらいらしいですよ。ただ、あの瑠璃やライラックのような色合いは、女性にとても人気がある」


 サトルの元の世界では、鮮やかな赤味の紫の染料や、浅く発色の良い青系統の染料は、十九世紀の産業革命時代にできた物だった。

 瑠璃もライラックも、カラーとしては近世以降の物。確かに率先して皮を剥ぐくらいには需要がありそうだった。


「本当に服飾の飾りに使うってことか」


「さっきのムラサキカガミといい、ここはちょっと、そういうのが多いらしいぞ。だからここに来たって知れたら、後でアンジェリカに文句言われるかもな」


 一緒に行きたがってたしと、ケケケとクレソンは笑う。


「土産になる物をちゃんと持って帰れば、そんなにうるさくは言われないと思う……」


 だから探さなくちゃなと、サトルは唸り後ろ頭を掻く。

 別にアンジェリカのご機嫌取りをしたいわけではないが、やはり面と向かって断った罪悪感はあったからだ。

 そんなサトルに、ニコちゃんが任せろとばかりにフォフォーンと鳴いた。


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