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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第一話「コウジマチサトル海に行く」
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10・海とダンジョンとお宝と

 亀の手採りで疲れたのもあり、サトルはしばらく波のかからない場所で休憩をすることにした。

 ルイボスが水を被って冷えただろうと、焚火を用意してくれていた。

 焚火に使った枯れ枝等は森があるので困らないらしい。


 まだ波の被る岩場で、マレインとニゲラは何かをする様子。


「さてニゲラ、今度は海に落ちないようにしっかりやりたまえよ」


 今度は何を取らせよというのか、喜々として指示を出すマレインに、同じく喜々として請け負うニゲラ。


「はい! 任せてください!」


 まるで大きな子供二人だ。


「はしゃいでる……」


 焚火に当たりながら呟くサトルに、火から少し離れた場所に立ち、クレソンも同意する。


「はしゃぐんだよあの人、海は」


 そう言うクレソンの目は、どこか遠い所を見ていた。


「そんなに好きなんだな」


「自分だけじゃここに来たがらないけどな」


「それはまた何というか……」


 サトルを使い亀の手を採らせたり、ニゲラを使って何かをしようとするように、クレソンたちも何かしらマレインに命じられてきたのかもしれない。


 マレインが海を好きな理由は、彼が海のある町で生まれ育ったからなのだろうが、ならば同じ町で育ったはずのセイボリーはどうだろうか。


「セイボリーさんは? あの人ははしゃいだりしないのか?」


「セイボリーさんは釣りとか船だとはしゃぐな」


 どうやらセイボリーも海は好きらしい。

 今回は仕事でもない、緩い小遣い稼ぎの様な物、という認識もあるからか、マレインははめをはずしているのかもしれない。


「クレソンははしゃがないんだな」


「おうよ、と言いたいが、前にはしゃいで海に投げ込まれた。お前は?」


 そう言えばと、先程のバレリアンの様子を思い出す。人に海藻を投げつけたことがあるくらいには、海ではしゃいだことがあるらしいクレソンに、同じようにはしゃいでいるかと問われると、サトルはそうでもないようなと首を傾げる。


「懐かしいし気分は高揚している。はしゃいでは……どうだろうな? 俺は、産まれたのは山とか湾とかある所の生まれだったし、水害の多い所だったから、基本的に水泳の授業があったが……」


「は? 習ったってどいう事だ?」


 懐かしみながら話すサトルに、クレソンは一体どういうことだと、詰め寄るように問う。警戒しているのか、耳はピンと天を指し、尾も持ち上がっている。

 いったい何がそんなに気に障ったのか、クレソンの表情は硬い。


「授業あったんだよ、学校で水泳を習った」


「お前……軍人なのか?」


 声を低くして問うクレソンに、サトルは違うと首を振る。


「俺の国では勉強は国民の義務だった。そんな義務教育の中に、身を護るための手段として、水泳があったんだ。水気の多い土地で、水害は毎年国の何処かで起こっていたから」


 サトルの説明に、クレソンは顔をしかめ、何かを考えるように黙り込む。


「軍人どころか、俺の国では特定の地域覗いて、一般人で出来ない人の方が少数だ」


「そうか……それなら」


 この世界での教育は宗教が担っている、というのはすでに聞いたことだったが、他にも軍という形で教育機関があるのだという事を、サトルはこの時初めて知った。

 そしてその軍人というカテゴリーは、クレソンが警戒を明らかにするほどには嫌われているらしい。


 緊張と警戒の解けきらない空気を壊したのは、ふいに聞こえた水音だった。

 振り返れば激しい水柱。

 それを見ているマレインは苦笑をしているようだったが、すぐにその顔に焦りが浮かぶ、


「ニゲラ!」


 水柱はニゲラが海に飛び込んだからだと気が付き、サトルは慌ててベストと靴を脱ぎ、岩場を走った。

 先ほどのようにニゲラは海に飛び込んだのだろうが、ニゲラは先程よりも静かに水面下に沈み、暴れるように水を掻いていた。

 水面に飛沫こそ上がらない物の、その動きはどう見ても溺れる者のそれで、サトルはためらうことなく海に向かう。


「何をやってるんだマレイン!」


 世をこすり抜けざまにマレインを叱咤し、サトルはそのまま海に飛び込んだ。


「サトル!」


 水が苦手なはずのサトルが、さも当然のように海に飛び込み、溺れるニゲラを掴む様に、マレインは驚愕する。


「暴れるなよニゲラ」


 ばたばたと必死に水を掻いていたニゲラを捕まえたまま、サトルは岩場まで泳ぐ。岩に押し付けるようにニゲラを縋らせると、サトルもまた岩に腕をかけ、肩で息をした。


「げほ、ごほ、うげえ……」


 水を幾分か飲んだらしく、ニゲラはゴホゴホと水を吐く。


「……おー、凄いなお前」


 クレソンが手を伸ばして引き上げようとしてくれたので、サトルは先にニゲラを岩に上らせ、自力で這うように登りながら、サトルはマレインに向かって文句を言う。


「あーもう……マレイン、あんたニゲラをしっかり見ててくださいよ。中身子供なんですから。ニゲラも、さっきの今でお前自分が泳げないって気が付いたはずだろ? 沈めば海底を歩けると思ったのか?」


「いやすまない、まさかまた溺れるなんてね」


「せめて泳ぐことを教えてからにしてくれ」


 一度海水を経験したのだから、次は大丈夫だと思ったようだが、ニゲラは泳ぐ、という事やそのための体の動かし方を理解していなかったので、結果溺れてしまっていた。

 無知な子供に何も教えず同じことをさせようとするなと、サトルはマレインを睨むも、何故かその視線を遮るように、ニコちゃんがサトルの顔面に貼り付いた。


「ぶえ?」


 いったい何を訴えたいのか、ニコちゃんはサトルの顔に張り付いたままフォンフォンと激しく鳴いている。


 妖精に貼り付かれるサトルを前に、マレインはクツクツと笑う。


「大丈夫かい? それ息できてる? ニゲラが言うにはあの磯の下の方に、どうやらお宝があるらしいんだよ」


「ずビびばぜん、ど、どうざんのだべに、どりだがっだんでずう」


 ニコちゃんの主張とマレインの言葉、ニゲラの謝罪で理解し納得したサトルは、岩場に膝を突いたまま、ガクリと肩を落とした。


「それなら先に俺に言ってくれ……できるかできないか、それ位考えるから」


 しばらく息を整えた後、サトルはニコちゃんに頼み、海中のどこにその宝があるのかを訪ねた。

 ニコちゃんは十五メートルほど先に行った場所で海水の中に沈んだ。


 ニコちゃんの沈んだ場所には、少し海面から出ている岩も近くにあったので、息継ぎや休憩はできそうだと、サトルは自分が潜る事を決めた。

 

 少しばかり距離が離れていること、サトル以外の誰も泳げる様子でないことから、サトルは安全のためにと、ルイボスが用意してくれたロープを腰に括り付け、再び水の中に入った。


「水苦手だって聞いてたのにね。潜れるのかい?」


 あっさりと海に潜る事を決めたサトルに、マレインは不思議そうに問う。


「苦手なのは川の水で、海の水はむしろ平気なんですよ。水が苦手なんじゃなくて、状況が苦手なんでね」


 サトルの言葉の意味が分からず、二人はけげんな顔をするが、サトルはそれ以上何も言わず、再び海の中へと入り、こともなげに潜っていった。


 海水の浮力に負けずスムーズに潜るにはコツがいる。それをやってのけるサトルに、マレインは「ほう」と感嘆の声を漏らす。


「……大丈夫なんすかね?」


「大丈夫だと思いたいね。いや実際、彼は器用だ……何か、そういう訓練でもしたことがありそうな」


 ただの一般人の動きではないよと、目を細め、マレインはサトルの動きを観察する。

 数十秒、じっくり数えて待っているうちに、一度サトルが浮いてきた。その手には何もなく、しばらくすると呼吸を整えてまた水の中に潜る。

 それを三回繰り返す。


「ふうん、なかなか、大変そうだね」


「仕方ないでしょう。しかしこれで本当に珍しい物が手に入るとしたら……それは一体、何なのでしょうね?」


 焚火の番をしていたはずのルイボスも、サトルの素潜りには興味があるらしく、いつの間にか見物に寄って来ていた。


 三人でじっと見守る中、サトルが四回目の潜水を始めたところで、ニゲラがはっと顔を上げた。


「笛……」


 遠くに聞こえた音に、ニゲラは森の方を睨みつけた。


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