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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第一話「コウジマチサトル海に行く」
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9・海とダンジョンとマレインと~マレインの無理矢理ワクワク海洋博物学講座~

 ずっと振られ続けている尾を見れば、マレインが海が好きだと言う事は誰にだってわかるが、海の何がそんなに好きなのか、サトルはすこし不思議に思った。

 しかし、そんな疑問も次の言葉で一瞬にして解決した。


「そうだサトル、君は亀の手は食べるかい?」


 亀の手とは、磯などで岩に貼り付いている、貝のように動かない甲殻類だ。

 先端は尖り、下部は亀の皮膚に似た鱗片で覆われている様が、まさしく亀の手に似ているためにその名が付いたとされている。


 その味わいは蟹と貝の良いとこ取りとも言われるほど美味しいと聞く。

 残念ながらサトルの住んでいた地域では簡単に出回る物ではなく、趣味の海外旅行先でも何度かお目にかかったものの、他に食べたい物があって優先順位を低くしていたこともあり、やはり口にはしてこなかった。


 サトルは目を輝かせる。

 自称美食が人生の伴侶であるマレインが今このタイミングでその話を振ると言う事は、もしかしたらこの磯には亀の手が生息し、マレインはそれを調理することが出来るのではないだろうか。


「俺は食べた事は無いですけど、俺の国では食べる物ですね。とても興味があります」


「僕もあります!」


 ニゲラも同意し、目を金色に輝かせマレインに答える。

 そんな二人の返事を聞き、マレインは心底嬉しそうには薄いナイフを取り出す。


「よしならここの亀の手を食べよう。美味しいんだが、他の者は嫌がってね」


 マレインはナイフを問答無用でサトルに手渡し、サトルは思わず受け取った。


「……あの」


「他の者は嫌がってね。君、食べるのなら、採取もやってみると良いよ」


 同じ言葉を繰り返す。

 亀の手はこういった磯の岩場の、波を被る場所に密集して張り付き生息している。

 どうやらマレインに手渡されたナイフを使って、その張り付いている亀の手を剥がして採取をしろという事らしい。


「あー……見た目がなかなかひどいですもんね。でも酒に合うって聞くんだけどな」


 サトルはあえて、採取ではなく食べるのを嫌がるんだ、という曲解をしてみるも、マレインは有無を言わさぬ笑顔でサトルの肩を抱くと、そのままサトルを磯の波が被る場所までエスコートする。

 踏んばろうにも足場は濡れた岩。筋力の無いサトルが下手に抵抗すれば、滑って転ぶのが目に見えている。


 ニゲラも慌てて付いてくる。

 亀の手が多く生息しているのは、浅い磯よりも、少し先にある海上に飛び出した岩場らしく、マレインはぐいぐいとサトルの肩を押し、連行していく。


 波が足元までかかるところまできて、ようやく解放されたサトルは、仕方ないとその場にしゃがみ込んだ。


 道具の形状、亀の手の形状、岩場に貼り付くその様から、道具をどう使えばいいのかは想像が付いた。しかし、亀の手採取は思ったよりもコツが必要で、サトルはふうふうと息を切らせながら亀の手を採取した。

 岩場から剥がし、波のかからない場所に置けば、それを波のかからない安全な場所にいるマレインが拾い、持ってきていた籠に入れる。その繰り返しに、サトルはたまらずボヤく。


「こんなに大変なら、もっと他に、食べられる貝とかないんですか?


 マレインは機嫌のいい様子のまま、サトルが覗き込む水面の底を指さす。


「あるとも、この辺りならムラサキカガミなんかが美味い。ほら、そこの底近くに突き立つようにしているのが見えるだろう? 多分だが、あれがムラサキカガミだ」


「……妖怪みたいな名前だ」


 呟くサトルの横に影が差した。

 次の瞬間激しく上がる水しぶき。

 どうやらニゲラが海に飛び込んだらしいと分かった。


「あ、ニゲラ!」


 ニゲラはすぐに水面に顔を出すと、バシャバシャ水を跳ね散らかしながら、どうにか岩場にもどろうとする。足は辛うじて海底についているようで、びいびいと泣きながら岩場にしがみつく。


「ぶええええええええここの水気持ち悪いですよ父さんんんんん」


「おま、海の知識なかったのか!」


 泣くニゲラの腕を取り何とか岩場の上に引き上げるサトル。

 その間マレインはただただその様子を見ながら爆笑していた。


「は、はははは、君、竜なのに、竜、はは、溺れるのかい? くは、いや、もうこれは、あははははは」


 ニゲラが塩水に驚き溺れかけたのがよほど受けたのだろう、ついには腹を抱え込みけらけらと笑うマレインに、サトルは流石に笑い過ぎだろうと呆れた。

 普段人が困っている様子を見るたびに、どことなく愉快そうにしていたマレインだが、ここまで音に出して笑うと言うのは、なかなかに珍しかった。


「げほ、だって分からないことも多いです僕」


 咳き込みながらニゲラはサトルに縋り、涙交じりの声で文句を言う。

 ケホケホと咳を繰り返すニゲラに、サトルは掌に真水を出し、ニゲラに飲ませる。


「ウワバミ、少しだけ水をくれ。ほら、口の中はこれですすいで」


 サトルの手に直接口を付け、ニゲラは水で口や喉をすすぎ、少し落ち着いたようだった。

 背をさすられ、すっかり安心したようにサトルにもたれかかるニゲラ。

 それはさながら母親の庇護を一身に受ける子供の様で……。


「ママー」


 クレソンがそうヤジを飛ばすのもむべなるかな。

 サトルはじろりとクレソンを睨む。


「ママじゃない!」


 そこでようやくサトルは気が付く。この場に居るのが自分とニゲラ、マレイン、クレソン、そしてルイボスの五人だけだということに。


「あれ?」


 他の四人はどうしたのかとサトルが問おうとしたところで、落ち着いたにげらが、それまで手にしていた物を、掲げてサトルへと見せた。


「父さんこれ見てください! 貝!」


 ニゲラが掲げた貝は、ムール貝を掌よりさらに大きく引き伸ばしたような、巨大な黒い貝だった。ムール貝よりも随分と厚みがあるようで、パッと見た感じは、サトルの知る所の恐竜の卵の化石に似ていた。


「え、ああ、大きな貝だな。凄いぞニゲラ」


 何故海に飛び込んだのかと思えば、どうやらニゲラはサトルに貝を採ってやりたかったらしい。

  本当は危険なことをしてくれるなと言いたいのだが、なまじっか半分は竜なので、人間が思う危険なことは、ニゲラにとってはさほど危険ではない。ニゲラがどこまで元となった人間の記憶を持っているかは定かではないが、感情は確実に元となった人間よりも幼いので、サトルは怒るに怒れず苦笑する。



 ニゲラが掲げる貝を見て、マレインがよくやったと褒めた。


「うん、溺れながらよく採ったね。これがムラサキカガミだよ。磨くと虹のように輝くんだ。装飾品やボタンの材料にもされる。この貝でサトルのシャツのボタンを作ってみたらどうだい?」


「父さんのボタン! 作りたいです!」


 マレインの提案に、ニゲラは是非ともそうしたいと乗り気。どうやったらできるのかと、マレインにムラサキカガミを差し出す。


「うんうん、だったら中身は取り出してしまおう。貝殻だけきれいに洗って、加工場にもっていくと良い。貝自体はここを切って中身を食べるんだが」


 そう言ってマレインはサトルのが岩場に置いて置いたナイフを取り上げると、貝の耳と呼ばれる部分を器用に削り落とし、隙間に刃を入れて開いて見せた。


「あ、殻の割に身が小さい」


 がっかりした様なニゲラの声につられ、サトルも貝の中を覗き込めば、中は丸で五円玉サイズの貝柱と、その周辺にちょろりと取り巻く身がある程度だった。


「労力の割に、悲しくなる中身だな」


 二人の感想に、マレインはしたりと頷く。


「だよね。だから身を食べるためだけにこの貝を採る者は、ガランガルダンジョン下町にはほとんどいないよ。ただこの貝の殻は結構需要があるから、まだ幾つか採ってきてもいいんじゃないかな」


 マレインがそう言いきるだけあり、その貝の内側話は、真珠の様な虹の光沢を持った白で、磨けばさぞ美しく輝くだろうことが分かった。


「アンジェリカが使ってるシャツのボタンに似てる」


「ああ、そうだね、彼女の服には使われているはずだ。彼女は服には拘るからね。真珠、とまではいかないが、この貝の加工品はガランガルやその周辺の町では水晶より高価だよ」


「そんなに……水晶はこの辺りではよく取れるのか?」


「何カ所か鉱床が見つかってはいるが、それ以上にダンジョン内部でしか手に入らない、需要が金を持ってる人間にある様な物はたいてい高価だ」


「なるほど……需要は有れど供給はそう多くないからか」


「正解」


 サトルの言葉に、マレインはその都度嬉し気に返す。

 打てば響くようなサトルとの会話にすっかりご満悦のようだった。


「楽しそうですね」


「それ焼いて食うと酒に合うぞ」


 それまで会話に入ってくることの無かったルイボスとクレソンの言葉に、はっと顔を上げる。


「あれ? そう言えばヒースたちは?」


 こういった場面で喜々としてダンジョンや採取物の説明をするはずのヒースが、今日に限って何も言ってこないことに気が付き、サトルは再びヒースの姿を探す。


「彼海苦手なんだよね」


 くくっと笑ってマレインは肩をすくめる。

 だからこそ、より海に興味関心を持つサトルに話をしたがったのだろう。


「さっきセイボリーさんとワームウッド連れて向こうの方探索に行ったぞ。どうせマレインさんは海見たらはしゃぐ人だし、モンスター見つけたらこっちまで誘導するから、笛の音が聞こえたら構えとけってよ」


 どうやら、サトルが有無を言わさず亀の手採取をさせられている間に、セイボリー達はセイボリー達で別のことをしに行ったらしい。

 元々の予定として、レアアイテムの捜索採取以外にも、ダンジョンの妖精を見つけることが出来ればなお良いとしていたので、異常行動をするモンスターを探しに行くのは予定の範囲内だった。


「分かれて行動することもあるんだな」


「まあな。効率の良い活動は大事だろ。この辺りは総力戦しなきゃいけないモンスターもいねえし」


 ならば彼がこの場にとどまる理由は何だろうか。


「……クレソン、君もしかして、俺たちの護衛をしてくれてるのか?」


 クレソンが無言でサトルの後ろ頭をはたいた。


「痛い」


 ニゲラがお返しとばかりにクレソンを叩こうと手を上げたので、サトルはとっさにその手を掴む。


「何で叩いた?」


 ニゲラをなだめつつサトルは問う。


「ママの癖に嬉しそうにしたからだぼけ」


 そっぽを向くクレソンの耳の内側は、血が上ったようにピンク色に染まっていた。

 それがどうやら照れ隠しだと分かり、サトルは礼を言う。


「理不尽だな。でもありがとう」


 再びクレソンの手が上がったので、サトルはニゲラの手を掴んだままクレソンから距離を取った。


「……なんで逃げんだよ」


 むすっとしたクレソンの声に、サトルは当たり前じゃないかと答える。


「叩こうとしたら避けるに決まってるだろ」


 サトルが避けないと、今度こそニゲラがクレソンを殴るかもしれないと言う焦りもあり、サトルは暴力反対と、強く宣言した。


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