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コウジマチサトルのダンジョン生活2  作者: 森野熊三
第八話「コウジマチサトルの反撃」
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10・不穏の影はそこにありて

 サトルとアマンド固く握手をしていると、夜陰に紛れるように近付いてきていたワームウッドが、アマンドの肩に手をかけた。


「何話してるの?」


 見てわかるほどにびくりと肩を跳ね上げるアマンド。突然現れたワームウッドに言葉も無いようだった。


 どうやらワームウッドの接近に気が付いていなかったらしい。

 サトルは堆積した落ち葉やわずかに生える下生えを踏む音で気が付いていたのだが、あえてそれをアマンドには言わないでいた。


 わざわざサトルがアマンドとの約束を取り付けるまで待っていてくれただろうワームウッドに、サトルは口の端氏を持ち上げて返事を返す。


「ちょっと友好を深めてた。それより火の番は?」


 ワームウッドは暗い森の向こうを空かすように目を細め、喉を鳴らし笑って返す。


「大丈夫、薪はいっぱいくべてきた。話をする時間は十分だよ。で、サトルは彼を仲間にできたの?」


 アマンドはもう一度驚いたようにサトルへと振り返る。


「ああお陰様で」


「もしかして彼も協力者なのかい?」


 サトルとワームウッドのやり取りに、してやられたなと苦笑するアマンド。

 わざわざワームウッドが火の番をしている時間にアマンドを起こして連れだしたのは、ワームウッドがサトルのこの行動を咎めないと知っていたからだと気が付いたのだろう。


「……って程じゃないけどね、ボスが胡散臭いなってのは思ってたから……けほっ……ん……なんか、空気乾いてる?」


 言葉の最後に混じった咳と咳払いに、サトルは眉をしかめると、わーーむウッドの首へと手を伸ばした。


「ん、何?」


 サトルはワームウッドの体温と脈拍を調べる。ワームウッドの首に当てた手にもう片方の手を当て、脈拍の差を確かめる。


 確かめ終わると、ワームウッドの頬に手を当て、冷えていることを確認し、申し訳なさそうに答えた。


「ここは乾燥していない……風邪を、ひきかけてるんじゃないかと思った」


「ここ触って分かるの?」


 ワームウッドはサトルの手に触れられた首や頬を自分で触ってみるが、分からないなと首をかしげる。


「ああ、慣れていれば……脈は少し早い程度か。問題はなさそうだが、やっぱり火の傍に戻ろう」


 いつまでも冷える場所にいてはいけないと、サトルはワームウッドの手を掴み歩き出す。

 いきなり引っ張られ、ワームウッドは驚きながらもそれに従う。

 その周囲を妖精たちがフォンフォンヒュンヒュンと心配そうに鳴いて飛びまわる。


「サトル随分真剣だね?」


 ちょっとの咳くらいで心配し過ぎなのではないか、そうアマンドが言う横で、ワームウッドはまた一つ二つと咳をする。


 心配にもなるだろうと、サトルは肩を竦めて見せる。


「本当にちょっと喉がいがらっぽいだけなんだけど」


 咳をしている当の本人、ワームウッドはあまり気にしてはいないようだが、サトルにはワームウッドの咳を気にする理由があった。


「……俺が、学生をしていたころ、水害が起こった。そのあと肺炎が流行ったんだ」


 抑揚なく溢した言葉に、アマンドはだったら尚さら分からないと言う。


「でも水害と言う程でもないだろう。水害と肺炎って関係がある物なのかい?」


 サトルはあまり思い出したくない記憶の中から、知識のない相手にもできるだけ分かり易く説明できる言葉を探した。

 水が引いた後、不衛生な環境で生活をするうちに、助けたはずの命が衰弱するのを見た。

 小さな少年を抱えながら、友人は咳を繰り返し、幼馴染も熱に浮かされながら、いなくなってしまった人たちを呼び求めた。

 あの時なぜそんなことになったのか……。


「土が崩れると、土の中にいる病気の原因になり得る要素が飛び散りやすくなるんだ。特に泥が乾燥して粉塵になって風に舞うとだ……。そして疲れている時にそんな病気の原因を取り込んでしまうと、身体がすぐにその病気の原因に負けてしまう」


 サトルの説明に、ワームウッドは聞き覚えがあると頷く。


「ああ、それってキンってやつだね。タチバナから似たような話を聞いたことがあったや」


 アマンドもそういう事ならと、サトルの真剣な様子に納得する。


「確かに、今日行った場所は随分と土煙が立っていたね」


 水が流れ込んだことで土砂が崩れ流れ込み、土が抉れすっかり地形の川てしまったホール内。数日雨が降らない内に土は乾き、どこから吹いてくるのかも知れない風に舞い上がっていた。


「心配性だなあサトルは……そんなだから、君はママって言われるんだよ」


 くくっと喉で笑い、ワームウッドはサトルの手を振り払う。


「僕は平気、君に心配されるくらいなら、簡単には死んであげないから、だから信用してよね、マーマ」


 からかうようなワームウッドの言葉に、サトルはカラ元気だなと苦笑した。




 翌日、サトルたちは丸一日をかけて下山し、ガランガルダンジョン下町に帰って来た。


 アマンドはガランガルダンジョン下町では宿を取っているのではなく、父親の知り合いの家に世話になっていた。その世話になっている人の元に帰るからと、サトルとワームウッドに送ってもらいたいと頼んだ。


「随分と仲良くなったようだね」


 どういう心境なのだろうか、そう言ったマレインのアマンドへの視線は誰に向けるよりも優しく見えた。


「ええ、何せ僕の勇者ですからね。いずれ僕もルイボスさんの様に、勇者とともにあった、英雄の支持者として名を遺すつもりですんで。バーバ叔母様に誇りに思ってもらえるようにです」


 などと言ってみせれば、マレインだけでなく、セイボリーもそれは良いと満足げに笑う。


「ならば、我々もサトル殿に使命を果たしてもらうべく、尽力しなくてはいけないな」


 力強くセイボリーが宣言する。

 その横で、こそこそと、クレソンとバレリアンが言葉を交わし合う。


「セイボリーの旦那が言うと、何か本気でサトルが勇者として成功しそうで怖いんだけど」


「何で怖いんですか」


「いやだってサトルだろ? すぐひっくり返るし、血を見て吐くし、気が付いたら顔真っ青にしてるし、勇者ってガラじゃねえだろ? ぶっ倒れて、んで助け損ねるとかぜってーやじゃん」


「まあそれは有りますかね……竜とか、もうこりごりですし」


 どうやら二人は、平原でサトルがニゲラに攫われたことをよほど気にしていたらしい。しかしその言い分は、サトルを心配しているだけあって、サトルをとことん弱い存在の様に言っていた。


 もしかして全ての噂の出所はこいつらんじゃなかろうかと、睨むサトルの視線に気が付いたか、それとも自分の言葉が悪口になり得ると察したか、クレソンはさっと自分の手首を背に隠し、そっぽを向いて口笛を吹く。しかし露骨な耳と尻尾は、サトルを気にしてソワソワと揺れていた。




 サトルとワームウッドの二人でアマンドを送り届けたのは、名目はアマンドがサトルともっと親しくなるためで、ワームウッドはサトルを一人きりに刺せないためのボディーガード。

 実際は、企みを共有する者同士、遠慮なく話し合えるようにだった。

 アマンドが金を工面し、サトルとワームウッドでアマンドの所に宝石やレアアイテムを持ち込むことのできるよう、連絡を取れるよう、そして大まかな今後の方針を決めることができるように、三人は道すがら話し合った。

 ちなみにモーさんはサトルについてきたので、かなり目立った。


 アマンドを送り届けた帰り、ワームウッドは今更なことを口にした。


「仲間にして平気なの? 彼、本当に信用できる?」


 サトルはワームウッドを見ずに答える。


「どうだろうな。他人に向ける感情は本心じゃないかな。シャムジャたちほどはっきり感情が見えるわけじゃないが、それでも呼吸や視線の動きで、嘘を吐いてているかくらいはわかる。アマンドは自分の身内の話をするときは、父親のこと以外本当の事を話しているさ」


「父親は?」


「多分相当嫌っている。話をしている時に、足が落ち着きなく動いていたんだ。他の話の時以上に。それとルーの話をするときは、手に力がこもっていたかな。たぶんルーにも何かしらの思うところがあるんだと思う」


 一通り聞いて、ワームウッドは深々とため息を吐く。

 まるで詐欺師とルーやアンジェリカが言うだけはある、そんな感情を覗いてくるようなサトルの視線を揶揄して、ワームウッドはくつくつと笑う。


「本当、君ってそういうろくでもない観察眼だけはあるよね」


 サトルがワームウッドを見やれば、ワームウッドは上機嫌な笑み。他人をからかったり意地悪なことをするとき、ワームウッドは本当に楽しそうに笑う。

 それが他人に自分を見て欲しいからだということに、サトルはすでに気が付いていた。ろくでもないと言われた観察眼のたまものである。

 しかし苦笑してサトルは昨晩の様にワームウッドの首に手を当てる。


「ろくでもなくないだろ。それより、体調はどうだ? 咳は出てないな?」


「ん、大丈夫だよ……わずかにあっただるさも、今は無い」


「やっぱり昨日は無理をしてたんだな?」


 大丈夫と答える通り、ワームウッドの脈拍は正常で、顔色も悪くない。


「そう思う?」


「大人しすぎると思った」


「僕のことどう思ってるんだよ。でも大丈夫……この子たちのおかげなのかな?」


 そう言ってワームウッドが指さしたのは、モーさんとその上に乗ってサトルたちを見ていた妖精たちだった。


 昨晩ワームウッドはこの妖精たちと寝床を共にした。


「キンちゃんたちは寝ている間に、身体の弱った部分や悪くなっているところを回復する手助けをしてくれるんだ……風邪もひき始めなら、キンちゃんたちと一緒に寝て治るはずだ」


 と言って、サトルが連れて来た妖精たちと、ダンジョン内で見つけた数匹の妖精立ちを、ワームウッドの身体の上に乗せまくったのだ。


 それはサトルが初めてこの世界で夜を明かした時に発見した事だった。


 ワームウッドは妖精の恩恵を受け、本当に凄いよと感心した。


「こんなに効くなんて、まるでグレニドレだ」


 その名前に覚えがなく、サトルは首をかしげ、ワームウッドは知ってるはずさと説明する。


「風邪の万能薬になる小さい花だよ。あの平原に春によく見る……今の時期でも少しは残っているかもね」


 どうやらあのニゲラの好物の花らしい。

 そんな名前だったんだなと、今度はサトルの方が感心する。

そういえばあの花も、この世界に初めて来た時に目にして、日本では見たことのない不思議な花だと思ったのだった。


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