#5 接触、そして恋人のフリ
翌日
誠は職場で下川という人物を探していた。
事前にコンタクトを取れば何か変わるかもしれないと考えたからだ。
昨日
「まこっちゃん、下川って人と知り合いになってみてはどうですか?」
「…その場で殺されろと?」
「違う違う。もしその気があっても知り合いか知り合いじゃないかで違うと思うんですよね」
「確かにそうかもな…。未来では俺が誰?って言ったのがきっかけって言ってたよな」
「はい、そうです。あの時の下川の目は怖かったなぁ」
「まぁ、さすがに店の中とか仕事中に殺しには来ないだろうから、明日そいつがいたら話しかけてみようかな」
「そうしてみてください。そしたらまた未来を見てきます」
「わかった」
このやり取りがあったため、誠は下川に話しかけようと考えていた。
午後十五時頃
「デイリーはこの時間は乳製品の補充をしてるはずだよな」
誠はたまたま客の案内で卵の売場を案内したので、戻るついでに確認してみることにした。
「…あいつか?」
牛乳の補充をしている男性従業員を発見し、少し近付いて目を細めた。
「した……かわ、…しもかわ」
名札に書かれている名前を確認し
「あいつか…」
誠はその人物を知った後、どのようにコンタクトを取るか迷っていた。少なからず今現在の時点でこちらに対しての憎悪があるだろう。
考えてる内に補充が終わったのか下川は空のボトルコンテナを二つ抱えバックルームに戻ろうとしていた。
その時、下川の足元に名札が落ちた。持ち上げたときに引っ掛けたのだろう。本人は気付いていない。
「ちょうどいいな、あれを拾って渡そう」
誠はすぐにそれを拾い、すでにバックルームに戻った下川を追いかけた。
「下川さん」
「…っ!」
下川は驚いた。名前を呼ばれた上に呼んだのが誠だったからだ。
「な、何ですか?」
「これ!落としましたよ」
誠は笑顔で名札を下川に渡す。
「えっ?あっ、ど、どうも」
「いえいえ、名札が就業のスキャンカードにもなってますからね。僕は前に無くしちゃって大変だったんですよ」
「そ、そうなんですか?気を付けます」
下川という男は比較的話すのが苦手という印象があるだけで突発的に人を殺すような男には見えなかった。
髪が長めで常に少しうつむいているが、しっかりと顔を見て話すとそれに返してくるような男だった。
「あっすみません、突然。驚かせてしまいましたよね」
「い、いえいえ!ありがとうございました」
「いえ、じゃあ僕はこれで」
誠は笑顔で会釈をしたあと売場に戻った。
「…何だ?いきなり話しかけてきやがって、腹立つなぁ、あいつ。僕の梨々香に手を出してるくせに、ご機嫌伺いか?僕が何も知らないとでも思ってるのか?腹立つ、腹立つなぁ…」
下川は小声で誠への恨み言を呟いていた。
売場に出た誠は遠くで待機していた美郷に頷きで合図を出した。
それに気付いた美郷は人目のつかない所に移動し、姿を消した。
従業員通用口前
「美郷!」
誠は扉を開け、すぐ近くにいる美郷に声をかけた。
「……あっ、お疲れ様です」
「テンションおかしくないか?」
「何か食べたいものありますか?それか経験したいこと」
「…やっぱり俺死ぬの?」
「むしろ酷くなってました。何を話したんですか?」
「いや、当たり障りのないことだけど」
「…馬乗りで何回も刺されてましたよ」
「何で!?」
「気に入らなかったんじゃないですかねぇ」
「…わかんねぇ。何がいけなかったんだ?」
「ん?その人が出てきましたよ?」
従業員通用口から下川が出てきた。
「今行くとヤバいかな?」
「さぁ?」
「見てきてよ」
「数秒先は見られないんですよね」
「都合良くないな」
「黙れ」
「…まぁいいか」
誠は少し笑顔になった。
「え?やっぱりまこっちゃんてさぁ!」
「何だい?」
「いや、いいです…」
二人の会話を下川は見ることになった。
「…あれ?あいつ、彼女いるのか?じゃあ梨々香に近付いてるのは何でだ?」
疑問に感じ、確かめる必要があったので下川は誠に近付いた。
「あの…」
「わぁ!あっ、下川さん。ビックリした…」
「す、すみません。今日はありがとうございました」
「いえいえ!」
「あの、彼女さんですか?」
「…え?」
美郷がすぐに対応する。
「そうです!」
「はぁ?おい!」
「またまた照れちゃって、今日もご飯作ってあげるから」
美郷は小声で簡潔に
「話合わせて」
と誠に伝えた。
「お、おい!職場の人に言うのはダメだぞ」
「え?なんで?まさか私という女がいながら…」
「な、何を言ってるんだ?ねぇ?下川さん」
「う、うん…。え?安藤さんは?」
下川は特に気にする事も無く、自分が聞きたい事を聞く。
「安藤?…あっ、梨々香の事?梨々香は私の教え子」
美郷は一つのストーリーを作った。
自分は家庭教師の仕事をしていて、梨々香は受け持ちの生徒ということにして誠とはその関係で親しいという事にしようとした。
「教え子?」
「家庭教師をしてまして、梨々香に教えてるんです」
「………あぁ!そうそう!偶然ってスゴいよな!」
誠は瞬時に理解し話を合わせ、下川を見た。
「世間は狭いというか何というか、恋人の教え子が同じ職場なんて。狭いですよねぇ、ほんと。そう思いませんか?」
「あ、う、うん。そうですね。え?じゃあ安藤さんとは?」
「まこっちゃん?私がいながら梨々香とそんなに親しくしてるのかしら?」
美郷は右手をカキコキ鳴らし始めた。
「し、下川さん!誤解ですよ!後が怖いんでその辺で勘弁してください」
「あれぇ?何か妙に言い訳してるね?帰ってゆっくり話そうか!!そして握り潰す!」
「下川さん…」
誠は泣きそうな目をした。
下川は口を開けたまま二人のやり取りに少し引いていた。
「す、すみません!それはきっと僕の勘違いなので!彼は悪いことをしてませんので」
「下川さん!ありがとうございます!!」
「でも、そう見えたんですよね?それが問題なんです!」
「いや!僕の勘違いなんです!本当に」
下川は力強く手を横に振っている。
「…そうなんですか?」
「はい、そうです」
「まこっちゃん?」
「……俺にはお前しかいないんだよ」
「……」
「俺には美郷しかいないんだよ!」
「もう!まこっちゃんたら!!大好き!!」
美郷は誠に抱きついた。
「あ、あの、僕はこの辺で。なんかすみませんでした」
「あっ、お、お疲れ様です!」
誠と下川は挨拶をし、下川はその場から離れていった。
姿が見えなくなったところで
「おい!!やりすぎじゃないか?」
「私が抱きついたのにその態度は無いんじゃないかしら?失礼しちゃうわ!!」
「キャラを定めてくれ、頼むから」
「…でもこれで未来は変わったかも」
「あぁ、何となくわかったよ。お前の意図が」
「……」
「もうめんどくさいからスルーね。下川の意識の中にある俺と梨々香の関係を変えさせたんだろ?」
「貴方ごときでもそれはわかるのですね」
美郷は冷たい目をしている。
「定めろって言ったばかりだよな?でも助かった、ありがとう。これで下川は俺にややこしい彼女がいるって思ったはずだ。そして自分の口から勘違いって言葉が出た」
「そうですねー」
「未来、見てきてくれない?」
「そうですねー」
美郷は無表情が続いていた。
「何が気に入らないんだよ…」
「別に何でもないですよ」
「いいや!いくら俺でもわかる。いや、わかりやすすぎる!」
「私が抱きついたのに普通にしてるのが腹立つ。もっとうろえなさいよ!」
「うろたえたらおかしいだろうが!恋人って設定で進めてたのに」
「…本当は?」
「ビックリしてドキドキしてたよ」
「うわ、それはそれで……」
「いや、もう何を求めてるんだよ!」
「前屈み気味になってないから腹立つ」
「何なの?未来では下ネタのハードル低いの?」
「男性から女性への下ネタは懲役刑ですけどね」
「……マジでどこからそんなにこの国は歪むんだ?そっちの未来を変える方が良いんじゃないか?」
「あとややこしい彼女って言ったのが腹立つ」
「いやもうさっきから腹立つって言っちゃってるじゃん!」
「まぁ、ふざけるのはここまでにして、ちょっと見てきますね」
「…腑に落ちないな」
そのまま美郷は姿を消した。