#4 想い人の死と自分の死
十一月末
誠の部屋
「事故が起こるのは具体的にはいつなんだ?」
「十二月八日の日曜日です」
「もうすぐだな…」
「何か考えはありますか?」
「安藤にリフトに乗るなって言うのもおかしいしな、今までやってたことはやってたんだし」
「普通ならドライバーさんにそこもやってもらいませんか?私もスーパーでバイト経験ありますし、その辺はわかってますよ?」
「ん?普通はね。うちはそこの作業は従業員でやるって契約にして運送会社に値切ったんだよ」
「…そうですか」
「事前にマニュアルを作らせるってのも不可能だしな」
「何か事故があったときの為にって理由では無理ですか?」
「…そこまでリスクマネジメントに長けた人材はうちにはいないしな、何より値切った分が無駄になることの方を重要視するだろう」
「考えれば考えるほどブラックですね」
「そういうこと。まぁ、だから俺みたいなもんでも働けるんだけどね」
美郷は腕を組んでから顎に手をあて
「…納得」
と頷いた。
「今の言葉は失礼に値するって思わなかったか?」
「あっ!」
「…今思ったか」
「じゃなくて!」
美郷はやっと理解できたと言わんばかりに目を見開き誠を見る。
「ん?何かあったのか?」
「従業員!未来では従業員も梨々香さんをバッシングしてました!それが不思議だったんです」
誠は少しうつむいた後
「まぁ、俺らみたいなクズからしてみたら大事な収入源だしな。それが無くなったらそういう行動に出る奴等だよ。他に仕事が無くて行き着いた奴等の集まりだしな、あの会社は」
「まこっちゃんも?」
「…お前と会う前ならそうかもな」
「……」
「美郷と会う前ならそうかもな!!」
「あっ、呼び捨てになりましたね。美人を呼び捨てにする気持ちはどうですか?クズ野郎」
「…なんで急にケンカ売ってきた?」
「いや、自分の事をクズって言ってたから。あれ?もしかして、そんなことないですよ!!を待ってました?」
美郷は半笑いだ。
「…腹立つ」
「まっ、気を取り直して。私と出会う前なら?」
「……夢も希望も無かったからな、生きてる価値も見出だせなかった。だけど未来は変えられる。そう言い続けられたら、いくら俺でも真っ当に頑張って生きていこうって考えにもなるさ」
「じゃあ私に感謝しなさい!べっ…別にあなたの為に言い続けたわけじゃないんだからね!」
「俺の未来を変えに来たんじゃないのかよ?」
「今のは梨々香さんの真似です。好きなんですよね?あの子が」
「…あぁ、好きだよ。だから絶対に死なせたくない!」
「そのために私がいるんですよ!」
「頼りにしてるよ」
「まぁ、私達の愛を確かめあったところでまだ何にも手立てが無いんですけどね」
「愛なんか確かめたか?」
「一番簡単な方法は当日に梨々香さんが欠勤することなんですが…、そうなるとそれはそれで」
「別の人が事故に遭うと…」
「恐らく」
「安藤だけが助かればいいって問題でもないからな」
「はい、結局人が変わるだけで展開は変わらないでしょう。それに周りにも影響を与えてしまうまこっちゃんの悪運です。もしかしたら梨々香さんが亡くなってしまう事は変わらないかもしれませんし」
「…俺が死ねばいいのにな」
美郷は誠の事を睨み付けた。
「今のは私に対する侮辱ですか?」
「…いや、ごめん。そうだったな、俺を助けるために来てるんだもんな」
「はい、次そういう事言ったら握り潰しますね」
美郷は誠の股間を見る。
「なぜそんな残酷な事が言える?」
誠は咄嗟に防ぐように手を置いた。
「どうせ使わないからいいじゃないですか」
「…人の心というものを持ち合わせてないのか?」
「愛の女神と呼ばれてる私に何て事を…」
美郷は右手をカキコキ鳴らしながら数回グッと握りしめた。
「絶対にやるんじゃねぇぞ?」
「もぅ、まこっちゃんったら、フリが上手いんだから」
「フリじゃねぇからな!!…ん?そうか!フリだ!」
「このド変態が!」
「急に何だよ!」
「何だかんだ言いながら握り潰してほしいのか、このド変態が!」
「そこは離れろ!そうじゃない、事故のフリをするんだ」
「事故の?」
美郷は首を傾げる。
「そう、俺がリフトから落ちる。もちろんわざと落ちるから危険はあまり無い。足を怪我して労災も降りず休むことも出来ず出勤させられた従業員が事故に遭ったら世間はどう思う?」
「…まぁ、会社を叩くでしょうね。でも上手く出来ますか?」
「足の痛みが出てバランスを崩したって言えば大丈夫だろ」
「都合良くまこっちゃんにその仕事は来ますか?誰かが変わるよって言ってきたらアウトですよ?」
「なんで?」
「変わるって言ったのに無理矢理その仕事をしたって証言されたらまこっちゃんがバッシング受けますよ。梨々香さんの事も悪く言ってた人達ですからね」
「…俺以外の従業員が仕事から離れられないって状況を作り出す必要があるか」
「はい、どうですか?可能ですか?」
「…一番可能性があるのは水曜日かな」
「水曜日?」
「あぁ、毎週水曜日は従業員が比較的少ないんだ。大体金曜日から広告を入れるからその為に木曜日にシフトを集中させてる」
「仕事から離れられない状況とは?」
「わかりやすいのがクレーム対応、電話対応、売場案内、大量購入かな」
「どれも人手がいるやつじゃないですか…。そんな状況作るんですか?一体誰が?」
「いるじゃん」
誠は美郷を指差す。
「…どこにですか?」
美郷は後ろを見る。
「誰もいませんよ?」
「……」
誠は指を差し続けた。
「私はまこっちゃん以外の人には姿が見えませんよ?」
「あれ?おかしいな。安藤と言い争ってた記憶があるんだが?」
「あの時の記憶はちゃんと無いと思いますよ…」
「…苦しいぞ?その言い訳」
「い、今、思ったんですが、八日にまこっちゃんが梨々香さんの代わりにリフトに乗ればいいんじゃないですか?」
「その日の俺は店にいたのか?」
「…そういえば見てないです」
美郷は顎に手を置き、首を横に振った。
「まぁ、何でかは俺はわからないけど、美郷から俺の名前が出なかった時点で何かあって俺はいないんだろうと思ったよ」
「…まこっちゃんって頭良いの?それとも性格悪いの?」
「なぜ性格の話に?」
「一番始めに言えばいいものを今更言いやがって」
「前から思ってたがたまに口が悪くなるのは何でだ?」
「そっちが本当の私だから」
「急に怖い告白したな」
「惚れたら怪我するぜ?」
「したくないし惚れないし」
「ちっ!」
「……いや、やめとこ。不毛なやり取りは今はすべきではない」
「ですね、梨々香さんの事を考えなければいけませんからね」
「…しかし、ここまで有効な手立てが無いか」
「こんな時、あの子がいてくれればなぁ…」
「あの子?」
「…あの子?」
首を傾げる美郷に誠は
「いや、そっちが言ったからね?」
と更に問うてみる。
「…誰でしたっけ?」
「それはふざけてるの?マジなの?前にもあれぇ?って言ってたけど」
「…瞬間的に頭に浮かぶ人がいるんですが、すぐに消えてしまうんです」
「あぁ、そういうことあるよね」
「あるあるで終わらせてはいけない人だった気もするんですが…」
「大事な人か?」
「わかりません」
「まっ、そりゃそうか…」
「……うーん」
美郷は腕組みしながら下を向き、唸っている。
「考えてるところ悪いが一ついいか?」
「何ですか?」
「都合良くって言葉通りなわけじゃないが、今何かを決めてから当日の結果を見ることは出来ないのか?」
「…都合良すぎるだろうよ、舐めてんのか?」
「急に本性出さないで、怖いから」
「でもそれは今まで試したことはないんですよね」
「じゃあ一度やってみよう」
「まこっちゃんが事前にリフトから落ちるって事を決めて、念のため強く念じてみてください」
「あぁ、わかった………」
誠は言うとおりに頭の中で何度も繰り返し決意してみた。
「じゃあ、行ってきます!」
美郷は姿を消した。
誠はそれを確認した後も更に繰り返すことにした。
「ただいまー!」
数秒後、美郷が明るく帰って来た。
「おかえりー!」
「まこっちゃん、今日の夕飯は?」
「カレー作ったよ!ってバカ!!」
「私、バカって言われるの嫌いなんですよねぇ」
右手をカキコキ鳴らしながら誠の股間を見た。
「もう二度と言いません。ごめんなさい」
「ふざけるのは大概にしてください。話を始めますよ」
「お前からふざけたよな?」
「……」
「言い直すのも飽きた。話を始めよう」
「未来を見てきた結果ですが変わってませんでした」
「こんな時に限って変わらないのか…」
「つくづくですね」
「…はいはい、その通りですね!」
「でも本当に何でまこっちゃんが八日にいないのか…」
「…俺、その前に何かなってるって事ないよな?」
「さぁ?」
「……見てこいよ」
「……ですね。梨々香さんに集中しちゃってて、まこっちゃんの未来なんかどうでもよくなってました。心よりお詫び申し上げます」
「うーん、腹立つ言い訳のしかた」
「じゃあ、行ってきまーす」
「……」
美郷がすぐに行ってしまったので誠はもう何も言えなかった。
そしてまたすぐに戻ってきた。
「ただいまー!」
「おかえりー!」
「まこっちゃん、明後日死んでるよー!」
「そっかー、短い人生だったなぁー。っておい!!」
「いや、本気で」
「え?何で死んでるの?」
誠は結構ショックだった。
「梨々香さんのストーカーからナイフで刺されて」
「…あいつに付きまとってる奴がいるのか?」
「はい、明後日仕事帰りに刺されます。僕の梨々香と親しくしやがって!って言われながら」
「…じゃあ、何とかなるな」
「え?まこっちゃん強いの?」
すぐに美郷は思いっきり誠にビンタをした。
「弱っ!」
クリーンヒットし、音も綺麗に鳴った。
誠は叩かれた頬をさすりながら
「…まぁ、今のは許す」
「えっ?…ちょっと待ってください?もしかして…」
「何か疑問点でも?」
誠はとても良い顔をしている。
「……いや、何でもねぇよ」
「口が悪いな。まぁ、そんなことよりも明後日休めばいい!」
「多分それじゃ回避出来ませんよ。蓄積されたものみたいですから」
「…相手が誰かわかるか?」
「同じ店の従業員。デイリーの下川って人」
「………誰?」
「デイリーの下川って人」
「知らないな…」
「でしょうね。今と同じように誰?って聞いたのがきっかけで刺されてましたから」
「…今、聞いといて本当に良かった」
「なのでやることが二つ出来てしまいました。明後日刺されるのを回避すること、もちろん警戒は怠らないでください。どのように変わるかわかりませんから」
「あぁ、わかった。それでそのあとに俺が事故のフリでリフトから落ちると」
「はい、でもその前にもう一度未来を確認します。死ぬ未来の人が生きてるって結構な変化ですから」
「そっか、もしかしたら八日のリフトに乗るのは俺かもしれないしな」
「そういうことです。だからまずは明後日死なないことに集中ですね」
「それならだいぶわかりやすいな」
誠の死と梨々香の死が続いてしまう未来を回避するため、二人は明後日の対策を練ることにした。