#2 全部知ってます
午前十一時前
誠は目を覚ますがとてつもなく眠かった。
美郷の事が悪い意味で気になり、よく眠れなかった。
「…最悪だな。本当にあの女は何なんだ?相談しようにもする相手いないしなぁ」
誠は頭をわしゃわしゃしながら嘆いた。
「警察には言わないでくださいね。ややこしいから」
「…そうだな。俺もややこしいのはいや…だ。…はぁ!?」
昨日の女性の声が聞こえたので驚いた。
そこに美郷がいた。
「おはようございます。遅いお目覚めですね」
「何で部屋の中にいるんだよ!」
「…メモは読んでもらえました?」
「質問に答えろ。ってかそうかこれは立派な犯罪だな。今110番するから待ってろ」
誠は携帯電話を手に取る。
「…本当にいいんですか?」
「何が?」
「あなたの部屋に身なりがちゃんとした美人がいるんですよ?」
「自分で美人って言ったな…」
「逆に私が連れ込まれたって警察に主張したらどうなりますかね?」
「…お前、汚いな」
携帯電話をポケットにしまった。
「それよりメモは読んでもらえました?」
「…読んだよ、乗る電車を早めろ。だろ?」
「はい、あなたが普段乗ってる電車は原因不明の機械トラブルを起こしてしまい動かなくなります」
「その前の電車に乗ってれば職場に着くことは着くって事か?」
「はい」
「その遅延に遭遇した場合、俺はどうなるんだ?」
「車内の高くなった温度で具合が悪くなってしまい倒れます。結果無断欠勤扱いにされてしまい人事評価が下がります」
「…ちょっと待った。今気付いた事があるんだが」
「何ですか?私がシャンプーとコンディショナーを変えたことですか?」
「それは微塵も興味無いからわからない。昨日のスーパーでの事故にもし巻き込まれていたら今日は無かったわけだ。なぜそんなことがわかるんだ?」
「それは簡単ですよ。スーパーに行かなかった未来を見てくればいいんです、昨日帰る途中に私がいなくなったの気付きました?」
「そういえば…。いつの間にかいなくなってそれからいきなり後ろから付いてきてたな。そんなに簡単に移動できるのか?」
「出来ますよ」
「どうやって?」
「それを言ったら全ての未来が崩れるので言いません」
「都合良くないか?」
「はい!なので都合良く未来を変えませんか?」
「それ、決め台詞なの?」
「……」
美郷は無視した。
「早く出勤の準備をしてください!」
「じゃあ出てってください」
「見届けなければいけないので出ていきません」
「着替えるから出ていけって言ってんの」
「私は気にしないのでどうぞ」
「俺が気にするの」
「いいじゃないですか、美人に裸を見られるんですよ?」
「…自分で美人って言うのやめた方がいいと思うぞ?」
「あれ?照れてます?」
「呆れてます。あのさ、男の部屋に上がり込んで着替え見るって、俺が何かしてくるかもとか思わないの?」
「大丈夫です。そういう度胸は無い人だって知ってますから。ついでに言うと無理矢理系の作品は嫌いでラブラブ系の作品が好きなんですよね。しかも女性の方からって作品が」
「……ついで情報はどこから仕入れた?」
「まこっちゃんは私に何もしないのはわかってますから」
「まこっちゃんって呼ぶな!誰からも呼ばれたことないからな?」
「でも、呼ばれたいんですよね?しかも女性からのみで」
「…お前は俺の何をどこまで知ってる?」
「まこっちゃんの事は全部知ってますから、あと私の事は美郷ちゃんか美郷、もしくは女神で良いですよ。次からお前って呼ばれても答えません」
誠は顔を右手で覆った。
「……マジで何が目的なの?怖いんだけど」
「あの悲惨な未来を回避するためって言ってるじゃないですか!」
「……はぁ、わかった、わかったよ。とりあえずあっち向いてろよ」
「何でですか?」
「着替えるから!!」
「…照れ屋さんですね。もしかしてどう…」
「いいからあっち向いてろ!」
「そんなに怒らなくても…」
誠は着替え始めた。
言われたにも関わらず美郷はガッツリ着替えを見ていた。誠がちょうどズボンを脱ぐところで驚く。
誠は太ももの所に怪我をしていた。
「ちょっと!まこっちゃん!」
美郷はすぐに太ももの怪我を確認した。
「な!何だよ!」
「これ!この怪我は何ですか!?」
「…これは昨日仕事中に台車で打った箇所だな」
「まさか、何で?未来を変えても怪我する運命だったの?」
「…えーっと、要するに昨日怪我すると言われてた所と同じところなんだな?」
「そうです!痛みはどうですか?歩けますか?」
「大丈夫だよ、今も立ってるだろ?」
「……たってませんよ?」
美郷はチラッと股間を見た。
「そっちの話じゃねぇよ!!何でそっちからそういうのブッこんでくるかな!?」
「あれ?でも太ももに触ってるだけなのにだんだん膨らんで…」
「やめろぉぉ!!!」
誠は勢いよく後ろを向いた。
「やっぱり…」
「やっぱりってなんだ!」
「まぁ、知ってるんですけどね」
「…お前は俺を傷付けるために来たのか?」
「……」
美郷は何も答えなかった。
「めんどくせぇ…。美郷ちゃんは俺を傷付けるために来たのか?」
「いえ?」
「急に淡白……」
「私は淡白じゃないと思いますよ?必ず二回は求めますから」
「そういう話は今してないわ!」
「じゃあ何のエロい話ですか!?」
「エロからまず離れろ!!」
誠は着替えを再開した。
その間、美郷は暇だと思ったので
「余談ですがまこっちゃんは今の職場で彼女が出来ます」
「え?マジで!?」
「……」
暇潰しをした。
「嘘ついたな?何で急にそんな嘘ついた?」
「……だって」
「え?ちょっと待って?もしかして俺の事…す」
「鏡見てから出直してこいよ」
「急な暴言…」
誠は少し涙を浮かべた。
「着替えました?ってまだズボンを履いてないじゃないですか!!……悲鳴上げていいですか?」
「やめろ!着るよ!!すぐに出勤できる服を着るよ!!」
誠はすぐに着替えた。
「…っ!」
足に少し痛みが走った。
「どうしました?チャックで皮を挟みました?」
「さっきからそういうのばっかりだな!!まさか本当に俺の事を…」
「まずは童貞卒業してから発言しろよ!!」
「…泣いていい?」
「あなたがこの先泣くのはバイトの女子高生から…」
「告白される?」
「チラチラ見てんじゃねぇよ、気持ち悪ぃな。って言われて泣きます」
「…それは言わなくてもいいんじゃないかな?」
「知っておけば心のダメージも少ないでしょう」
「今の時点で大ダメージだけどね!!」
「…ってことは私が未来から来たって事を信じたんですね」
「未来からは信じてないし、俺の事を知りすぎてるから警戒してる」
「私はまこっちゃんの事は全て知ってます」
「やっぱり俺の事をす…」
「ウジ虫が調子に乗るなよ?」
「出てけ!!」
「出ていかない!!」
「もう!!何なんだよ!!」
誠は膝をつき両手を広げながら天井を見上げた。
「…プラトーンの真似ですか?」
「うるせぇ!してねぇわ!」
誠は着替え終わった。
「着替えましたね。じゃあ行きますよ」
美郷は立ち上がった。
「待てよ!まだ早すぎるって」
「言っておきますが未来では童貞に人権はありませんから、発言権も選挙権もありません」
「何その歪んだ日本!!どこでそんなに歪むんだ!?」
「なら私の言うとおりにしてください」
「…ここで卒業すればいいんじゃないか?」
誠は服を脱ごうとした。
「てめぇごときじゃ私を満足させらねぇよ。身のほど知らずが!!」
「…ごめんなさい」
「謝るぐらいならさっさと靴を履く!!」
「はい!!」
「扉を開ける!」
「はい!!」
「閉めてから鍵をかけろ!」
「はい!!」
誠は扉を閉め鍵をかけてから再度解錠して扉を開けた。
「おかしいだろうがぁ!!!」
「ご近所迷惑だから叫ばないでください。悲鳴上げますよ?」
「ぐっ…、この野郎」
「野郎じゃありません、美人です!!」
「自分で言うのやめな?」
「昨夜言ってたのに?」
「なんで知ってるんだよ!?」
「あの女性美人だったなぁ、グウェッヘッヘ。って気持ち悪く寝てましたね」
「今ので未来から来てないことがわかったわ」
「あっ、これは三年後のまこっちゃんでした」
「三年後の俺ってそんななの!?」
「……」
「黙ったときは嘘をついてるときだな?」
「な!そ、そそそんなこと無いでふよ!?」
「噛みまくってるからそうだな」
「いいから仕事行って稼いでこいよ!」
「妻のように振る舞うな!!」
「…ひどい!!私とは遊びだったのね!!!!体目的の遊びだったのね!!!!」
美郷はとても大きな声で言い始めた。
「やめろぉ!!行くから!仕事行ってくるから!」
「さっさと行けや!!」
「くそっ!絶対追い出すからな!」
誠は扉を閉めて鍵をかけた。
「…さて、怪我の理由を調べましょうか。何の因果が働いたのかな」
美郷はスーツの胸ポケットから懐中時計を取り出し、何かを操作した後その場から姿を消した。
誠は職場に到着した。
「…ほら、まだ早いんだって」
時間は十二時二十分、誠の職場は始業十五分前からしか入館出来なかった。もしした場合不明滞留という扱いになり、何をしていたのかと問い詰められる職場だった。帰りも十五分以内に帰らなければいけなかった。
「…痛っ!」
誠は太ももにズキッという痛みを感じた。
「…歩けなくなってクビになるって言ってたっけ?普通の会社なら有り得ないだろうけど、ここなら」
勤めている会社はブラック企業とネットで叩かれている会社だった。誠はそれを知っていたが給料も比較的良いのと面接はほとんど何もなく履歴書も不要
、そして大体その場で決まるという意見を読んで面接を受けて採用された。
実際に働くとネットで言われてるほど酷くはなかったが、有給休暇がろくに取れなかったり福利厚生もろくに無し。些細なことでクビにされた人たちも見てきた上に、パワハラセクハラで苦しんで辞めていった人達もいた。
「十分に有り得るな…。あっちの方にドラッグストアあったな」
誠は美郷の言うことを信じるわけではないが、本当にそうなっても困るので湿布を貼ろうと考えた。
ドラッグストアに入り、一番安い湿布を購入した。
「着替えの時にでも貼るか…」
再度職場へ向かおうとすると一人の女性が現れた。
美郷と同じようにビジネススーツを来ており、茶髪のショートカットで活発な印象を持つ女性で見た感じでは美郷より若い女性だった。
「浦島 誠さんですね?」
「…はい」
「ちょっとお話よろしいですか?」
「もう仕事なので無理です」
誠はそのまますれ違って歩きだした。何なんだ一体、またスーツの女性か。と初めから警戒心マックスで対応することにした。
「…待ちなさい。美郷の事って言えば聞いてくれるかしら?」
「いや、マジで時間無いんで無理です」
「…えっ?本当に聞かないの?」
「あと十五分で仕事なので、別の機会にしてください。それとあいつの知り合いならとっとと連れて帰ってください」
これ以上変なことに巻き込まれたくない。誠はろくに相手もせずに職場に向かった。
「ま、まぁ美郷を信じたり頼ったりしてる感じではないからいいか…」
女性は誠の後ろ姿を見ながら呟いた。
「……いるのはわかってるのよ!出てきなさい!」
突然大きな声で言い始めたので周辺の人達は皆女性を見た。
しかし誰かが出てくる気配は無い。
「ママー、あの人…」
「こら!見ちゃいけません!」
「…最近ああいう危ない奴増えたな」
「関わらないのが一番」
女性は恥ずかしかった。
その様子をドラッグストアの店内から美郷が見ていた。
「出ていくわけないじゃない…。何考えてるの?あの子」
美郷は見つからないようにコソコソと店を出て、女性がいる方とは反対側に逃げた。
「あいつめ!私に恥をかかせたわね」
女性はただの逆恨みをした。
「…ったく、何なんだ一体。やっぱり俺って何かの犯罪に巻き込まれてるのかな」
警察に相談しようにも何か被害があったわけではないから相手にもしてくれないだろう。誠はため息をついた。
「とりあえず湿布貼って、今日も頑張るか…」
事実として痛みはあったのでしっかりと貼って始業スキャンをした。
「そういえば機械トラブルで遅延って言ってたな、それだったら報道されるんじゃないか?」
また夜にでも確認してみようと思いながらフロアに出た。
夕方
誠は休憩室で食事をしながらニュースアプリを見ていた。
「…無いし」
機械トラブルで遅延などという報道はどこでもされていなかった。
「…やっぱ何か巻き込まれてるのかな。新手のサギ?でも何も騙されてないしな。いや、騙されてることは騙されてるか…」
誠は考えられること全てを考え、納得いく答えを探していた。
「浦島さん、何をブツブツ話してんの?気持ち悪い」
横から女性が話しかけてきた。
「安藤、急に酷くないか?」
安藤 梨々香
誠と同じ売場で働く女子高生。事あるごとに何かしら絡んでくる。誠に対しては基本的にタメ口。
「騙されてるとか何とか、何かあった?」
「なんか変な女に付きまとわれてる」
「え?何それ。その女のセンスヤバくない?」
「どういう意味で言った?」
「浦島さんに付きまとうとか…、ハハハ無い無い。何か売りつけられるんじゃない?」
「やっぱそう思う?って酷いこと言ってるね」
「私の中では浦島さんは無しだからね」
「それはそれで構わないけど、本人に直接言わないように」
「はーい」
そういえば職場の女子高生からって話があったな。誠は思い出し、梨々香を見た。
「何見てんの?気持ち悪い」
美郷に言われた未来が少しだけ当たっていた。
「はぁー…」
「は?何でため息ついてんの!?失礼じゃない?」
「んー?ショック受けたから」
「何?傷付いた?」
「傷付いた……」
「じゃあ良い子良い子したげる」
梨々香は誠の頭をポンポンと叩いた。
「…惚れてもいい?」
「犯罪だからね?」
「…そうだったな」
「でもあと三年経ったら大丈夫だよ」
「ん?あぁ、三年後に成人か」
「そう!何くれる?」
「何が欲しいの?」
「一軒家!」
「えげつな…」
「べ、別にあなたと住みたいわけじゃないんだからね!」
「急なツンデレ可愛いからやめて」
「惚れた?」
「惚れていいの?」
「犯罪だけどね」
「それな」
「ハハハハハ」
梨々香は大笑いした。
「ってか浦島さん何歳だっけ?」
「ん?二十五だよ」
「私が二十歳の時に二八歳か…」
「どうした?」
「ん?ううん、何でもない」
「…惚れた?」
「無しって言ったじゃん」
「でしたね」
「ウソだけどね…」
梨々香はとても小さな声で呟いた。
「えっ?何か言った?」
「何も言ってないよ」
「言ったよね」
「気持ちが悪いなって言っただけ」
「間にがって入るだけでだいぶきつい言葉に変わるね」
「…浦島さんってあたしの言葉遣いとかそういうの怒らないよね」
「そうだね、怒る理由も無いからね」
「そうなの?」
「そりゃ悪意があって言ってきたら怒るけど、無いでしょ?」
「無いよ?」
「じゃあ怒るわけないよ」
「…へへっ」
梨々香は下を向き恥ずかしそうにそれでいて嬉しそうにヘラっと笑った。
「ねぇねぇ、その付きまとってる女ってどんな奴?」
「んーと、スーツ着てて黒髪のロングで私は未来から来ました。って言ってきた」
「完全にヤバい女じゃん。ちょっと本当に大丈夫なの?」
「だいじょばないかも、今日部屋に入ってきたし」
「通報しなきゃ!」
「でもさ、逆に私が連れ込まれましたって言ってやるって言うんだよ」
「…浦島さん殺されるんじゃ?サイコパスってやつだよ、多分それ」
「ヤバいよね」
「ヤバいどころじゃなくない?私が一緒に部屋に行こうか?」
「それはそれで…」
「あっ、犯罪か」
「誘拐とかになるかもね」
「大人って大変だね」
「大変だよ」
「三年後だったら良かったのに…」
「ん?」
「三年後だったら私が一緒に部屋に行けたのにって言ったの!じゃあね!」
梨々香は休憩室を出ていった。
「何だったんだ?急に」
聞き返したのがまずかったのか?誠は梨々香の行動がわからなかった。
「それにしても…」
誠は足の痛みが引かないどころか悪化していた。
「病院に行った方がいいのかな…」