#1 出会い
季節は少し肌寒くなってきた十一月のとある日
午前十時
世間がとっくに動き出している時間に男性は目を覚ました。
「…今、何時だ?」
時計を見ては
「まだ早いじゃん…。いつつ!頭痛ぇ…」
昨夜はバイト仲間と遅くまで飲みすぎてしまった。
「はぁ、仕方ない。なんかもう眠くないし起きるか…」
男性は起き上がりテレビをつける。
「…つまんねぇや」
やっている番組はどこもワイドショーや情報番組で
同じ内容を別の顔で放送しているだけだったので、すぐにテレビを消してパソコンで動画サイトを見ることにした。
登録しているチャンネルが更新されていたので新しい動画を見ることにした。
「ハハハ、いつもバカやってんなぁ。…なんか腹減ったな」
男性は腹が減ったと気付き、キッチンへ向かう。
冷蔵庫を開けるも賞味期限が切れて二週間経った納豆しか入っていなかった。
「二日酔いでこの納豆はやばそうだ…」
冷蔵庫を閉めコップに水を入れて飲み干した。
「職場行くまでまだまだ時間あるな…。十二時に出発すればいいからちょっと買い物でもしてくるか」
玄関に向かうとポストに郵便物があることに気が付いた。
「…面接受けた会社からだ」
浦島 誠 様
郵便物の宛名を確認した誠は封筒を見ては
「…これは不採用通知だな」
不思議なもので不採用通知はどの会社も同じ封筒の大きさに同じ薄さ。
誠は中を見なくてもわかっていた。
とりあえず封を開け、中に入っていた紙を読むと
「やっぱりね…」
誠はそのままビリビリに破いてキッチンのゴミ箱に捨てた。
「今日から四連勤だしカップ麺と飲み物を買いだめしておくか」
誠は外に出てスーパーに向かって歩きだした。
途中に公園があり小さな女の子が走り回って遊んでいた。
「…あれ?親はいないのか?危ないなぁ」
誠は少し気にかかり少女を見ていると、前から車が走って来るのが見えたので
「…おっと、端に寄るか」
歩いていた道は狭い道で車が来ると歩行者は塀に近付いて歩かなければ危ない道だった。
その時、視界に蝶々が飛んできた。
「あぁ、そっか。あの子は蝶々を追いかけてたのか。……っ!!」
その時、少女が公園から飛び出してきた。
「危ない!!!」
誠は走った。車の運転手にもわかるように手を大きく動かし停まるように促した。
誠は少女を抱き上げ道路の端に降ろした。
誠の行動に気付いた車も止まり、慌てた様子で運転手が降りてきた。
「…だ!大丈夫かい!?」
「はい!大丈夫です。急にすみませんでした」
「いやいや!こっちも女の子が見えていなかったから君がいなかったら危なかったよ」
「いえ、ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ」
運転手は車に戻りそのまま去っていった。
誠は少女に注意しようとするも
「あれ?いない…」
公園を見てもいなかった。
「ちっ!危なかったって言うのに…、まっ、いいか」
誠はスーパーに向かうことにした。
すると後ろから女性に声をかけられた。
「そこのお兄さん」
「…はい?」
「見てましたよ、さすがですね」
「さすが?」
「あぁ、失礼。私はあなたの事を知っているんですよ」
「……俺はあなたの事知りませんけど」
「まあ、そうでしょうね」
何なんだ?この女。誠は警戒心を最高レベルに上げた。
女性はビジネススーツを着用していて、黒髪のロングヘアーの美人で見るからにキャリアウーマンという感じで、今の誠には縁の無いような女性だった。
「俺に何か御用ですか?」
「実は私、二十五年後の未来から来ていまして、これからあなたに起こることを伝えに来ました」
「…間に合ってます、さようなら」
誠はやべぇ女に声をかけられたとこれ以上関わらないためにその場から去ろうとした。
「ま、待って待って!待ってください!」
「……」
誠は無視して歩き続けた。
「そのままスーパーに行くとブレーキとアクセルを間違えた車が店に突っ込んできて、あなたはその被害に遭いますよ!!」
「…っ!…何でスーパーに行くことを知ってるんだ?」
女性が知るはずもない目的地の話をしてきたので思わず立ち止まり聞き返してしまった。
「だから言ったじゃないですか!未来から来たって!」
「…被害って?」
「車に轢かれはしないのですが、飛んできた壁の破片が足に当たり怪我をします。そして、見た目では怪我してるとわからないため救急隊員はあなたを置いていきます」
「…それだけの軽傷って事じゃないのか?」
「あなたもそう思ってその場から帰りますが、徐々に痛みが大きくなり歩けなくなります。職場で歩けなくなったあなたは仕事が出来なくなりクビになります」
「…随分と最悪なストーリーだな。気を付けるよ、じゃあ」
「ま、待ーった!待った!まだ待ちましょう!」
「何なんだよ、もう!…いいや、帰るわ。仕事の時間も近付いてきてるし」
「それならそれでオッケーです」
「…ったく、何なんだ?一体」
誠は自宅に帰ることにした。いつの間にか女性の姿が見えなくなっていた。
「…いなくなったな、何だったんだ一体」
しかし少し経つと後ろから先程の女性が付いてきていた。
ホラーだな。誠は本気で怖くなった。
「…何で付いてくる?」
「ちゃんと帰るかどうか見届けないと」
「自宅知られたくないからやめてくれない?」
「知ってるから大丈夫ですよ」
「何で知ってるんだよ!」
「未来から来たって言ってるじゃないですか!未来のあなたはそれはもう見ていられないぐらい悲惨なものになっています!だからその未来を回避させるために私が来たんです!」
「仮にそれが本当だとしてあなたに何の得があるんだよ」
「損得じゃありません!お礼です!」
「…お礼?何の?」
「今は知らなくてもいいです。とにかく私はあなたに命を救われたんです。助けてくれたのがあなただと知り、お礼を言いたくて探したら、まぁ悲惨な人生歩んでた!だからそうならないためにお礼としてこれから起こることを教えに来たんです」
「…そんなに悲惨な人生なの?」
「それはそれは見てられないぐらい。あれって生きてるの?死んでるんじゃない?あっ、生きてた。うわっ…少し動いたよ、気持ち悪っ!ってぐらいです」
「ちょっと言い方が癪に障るな」
「そうなりたくないですよね!!」
女性はぐいっと顔を近付けた。
近くで見るととても綺麗な瞳と肌をしていて更に美人であることがよくわかり、誠は少したじろいだ。
「ま、まぁ…」
「じゃあ今日はこのまま家に帰ってください。食べるものなら自宅のドアノブにかけておきました」
「…は?」
「その中を見れば私が未来から来たって信じてもらえるかもしれませんね、何故ならあなたが買おうとしてたものですから」
「……」
誠は本格的に怖くなり急いで家に帰った。
女性の言うとおりドアノブにはレジ袋がかけられており、中を見るとカップ麺四つと水や麦茶のペットボトルが入っていた。
確かに誠は家で一食、職場の休憩で店で買った弁当で一食の一日二食だから四日分のカップ麺だった。
「…合ってましたよね?買おうとしてたものと」
「うわぁ!!…急に後ろから声をかけるなよ」
「信じてもらえました?」
「今日か明日にスーパーに車が突っ込んだってニュースが流れたら信じるよ」
「はい!じゃあ私はこれで」
女性は帰っていった。
「マジで何だったんだ。…これ、怖いな」
レジ袋を持った誠は食べるかどうか迷ったがとりあえず家の中にそれを置き、出勤することにした。
誠の職場は電車で三駅先にあるスーパーだった。
「おはようございます」
遅番で入っている誠は午後十三時から始業で仕事内容は加工食品の品出しがメインだった。
社員やそれに準ずる従業員が品出しする商品を売場に置いているのでそれをその日のうちに片付けるのが誠の仕事だった。
その日は特に出さなければいけない商品が多く、他の事など考える余裕は無かった。
それによりいつの間にか女性が言っていた事は忘れていた。
午後十八時頃
休憩室で食事をしていた誠はテレビで流れているニュース番組を見て思い出した。
「…そういえばスーパーに車が突っ込むって報道されてるか?」
時間的にもう報道されててもおかしくないはずだ。
ニュース番組はラーメン特集というどこに需要があるのかよくわからない放送をしていたので誠はスマホのニュースアプリを開いた。
「……無いな」
やっぱり無いじゃないか。じゃああいつは一体何なんだ?
誠は女性の存在が尚更怖くなった。
「それともまだなのかな?」
とりあえず終業後にまた確認することにした。
午後二十一時頃
「はぁー…。終わった」
誠は仕事を終え更衣室で着替えていた。
「…見てみるか」
スマホのニュースアプリを再度チェックしたが、やはりそんな事故の報道など無かった。
「じゃあ、あいつ本当に何だったんだよ…」
とりあえず帰ることにした。
自宅最寄り駅
誠はキョロキョロしていた。
「…あいつ、いないよな?でも家を知られてるんだよな。何だろ、もしかして俺って何かの犯罪に巻き込まれてる?」
とりあえず誠は家に向かって歩きだしたが
「…ちょっと行ってみるか」
その前に行こうとしていたスーパーの様子を見に行ってみることにした。
もし本当に事故があればすぐにわかるはずだ。
そう考えた。
十五分程歩きスーパーに着いた。遠目からでも気付いていたが特に何ともなっていなかった。
「何ともなってないじゃん…」
「今日は無事に過ごせましたか?」
「うわぁ!!」
昼間会った女性が後ろから話しかけてきた。
「ビックリさせるな!それよりこれ!何ともなってないじゃないか」
「えっ?そんなはずは……」
女性はスーパーの外観を見たあと
「……あれです。あなたがスーパーに来なかったことによって、未来が変わった的なやつですね」
「…信じると思うか?なんで俺の行動一つでそんなに劇的に変わるんだよ」
「あら?御存じないですか?」
「何が?」
「ほんの些細な出来事でも未来は変わるんですよ」
「…都合良くないか?」
「はい!なので都合良く未来を変えませんか?」
「…バカらし。帰るわ。付いてくるなよ」
誠は家に帰っていった。
その場に残った女性は不思議そうな顔をしていた。
「確かにあの人の行動一つで起きるはずだった事故が起きなくなるなんて、あの人ってもしかしてものすごく強い悪運の持ち主なんじゃ…」
そう考えると未来の誠の姿は納得がいく。
「…やっぱり私が助けてあげないと!」
女性は強く心に決めて、よし!と気合いを入れた。
「…!」
その時、後ろに気配を感じた女性は振り返らずに全力でその場から走り去った。
「…ちっ、バレたか」
同じようにビジネススーツを着た茶髪のショートカットの女性が姿を現した。
「…対象と接触している場面を発見。すみません撮影は出来ていません。引き続き観察します」
どこかに連絡を取った女性もその場から立ち去った。
誠は自宅で女性が買ってきたというカップ麺と麦茶を見ていた。
「これ、食べたり飲んだりしたらあとで多額の請求とかしてくるのかな。それともここから徐々にエスカレートしてとても払える額じゃない大きな金額を請求してきたりとか?」
袋の中を見てみるとメモが入っていた。
「ん?…明日は乗る電車を一本早めてください。美郷より?」
メモには明日の事が書いてあり誠はどうするか迷った。
「美郷って?あの女の名前か?なんで名乗ってもないのにメモに名前書くかな…。やっぱ変な女」
数時間後、誠は寝ることにした。
美郷という女性は何だったのか、本当に未来から来たのか。それともただ付きまとわれているだけなのか。いやそれは無いだろう。どちらにせよ誠は何か面倒な事に巻き込まれているのではないかと少し嫌な気分になった。
「でも美人だったな……。いかんいかん!何考えてるんだ、そういう詐欺もあるだろ…。あいつの事は詐欺師だと思うことにしておこう」
誠は眠りについた。