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No.86「献花」

作者: 瑞野 紅月

 曇天が広がる広大な空間の中央に真っ直ぐのびる一本の道がある。その両手に広がる数多の石は整然と並んでおり、訪れる者を待ちわびていた。


 固く閉ざされたその空間につながる扉が、重い音を立てながらゆっくりと開かれる。扉の向こうの壁に燃えさかる松明が、薄暗い空間にわずかに光を照らす。

 伸びた一つの影が、ゆっくりと中央の道を行く。その者がある程度の道を行ったところで、重い扉はひとりでに閉じられた。閉じた衝撃が小さな振動となって地面を揺らす。


 ぼっと音を立てて、その影の傍らに二つ、焔が浮かんだ。焔は松明もなく静かに燃えさかり、道に沿って置かれた松明に火をともしていく。


「感謝する」


 若い女性の声がその広大な空間に染み渡る。それに呼応するかのごとく、松明の火が激しく燃えさかった。

 紅い瞳で正面を見据えた彼女は、舗装されていない道をゆっくりと走り出す。両手に広がる石の数々を一瞥することもなく、その異様な空間に怯えることもなく、彼女は揺れながら道を走る。


 果てしなく続くと思われた道の向こうに、ひときわ大きな石がある。そこが道の終点。走ることをやめた彼女は、落ち着いた呼吸でその石をじっと眺めた。


 どれほどの時を眺めていただろうか。微動だにしなかった彼女はやがてゆっくりと目を閉じて、背もたれに背を預けた。


 焔に照らされる彼女が乗っているのは車椅子。その椅子にのる彼女には、あるべきはずのものはない。両足という、大地を踏みしめる為に必要なものが彼女にはなかった。


 祈るように瞑目した彼女はようようと瞼を開いて、視線を落とした。膝の上に置いていた花束を置こうと身を乗り出す。


 伸ばした手から花束を奪い取ったそれは、彼女の代わりに石の前にそっと捧げられた。視線を滑らせた彼女は、その石の後ろで寄り添うようにして伏せる獣を見つめる。


「ありがとう」


 起伏のない声。感情のこもらない淡々とした態度。それでもその獣は嬉しそうに尾を振り、喜びを表す。再び石に視線を戻して体をかがめた。

 視界の隅で、のそりと獣が動く。大きな体躯の犬のようなその生き物は石の後ろから前へと回り、彼女の前で体をかがめた。


 ゆっくりと二度ほど目を瞬かせた女性は、ためらいもなく手を伸ばし、慣れた手つきで獣の背に移る。背を伝いながら地面へと降りた彼女は、手を使いながら動き、花束をはさんで限界まで石に寄る。手のひらをついてしばしの間黙祷を捧げた彼女は、そのままこつんと石に額を当てた。


 切なげに細められた目はやがてまぶたの下に隠れ、石に当てた彼女の手が、ゆっくりとかたく握られる。その後ろで獣は前足に顎をのせ、腹ばいになり尻尾を垂らす。


 そこに言葉はないけれど、どこか暗澹たる空気が漂っていた。


 どれほどの時をそうしていただろうか。

 ゆっくりと体をおこした女性は、後ろによりそったまま動かない獣を振り返り、首に腕を回してさらさらの毛並みに顔を埋めた。

 獣の垂れていた尾が持ち上げられ、緩慢に彼女の背を撫でる。


 抱きしめる腕に力を込め一つ深呼吸をした女性は、獣から離れて、背筋をしゃんと伸ばした。

 手を翻せば、どこからともなく現れた二つの道具。人の足の形を模したそれを自身の足に装着し、足底を地面につけた。

 一足早く体を起こしていた獣に捕まりながら立ち上がった女性は、その場で足踏みをする。


「こんなものか」


 久方ぶりに装着した義足に大きな異常は見られない。しばらくは持つならそれで構わなかった。


 付き従うように隣に控える獣の頭をなで回し、女性は乗ってきた車椅子に手を置いた。一瞬後、車椅子は跡形もなく消える。一拍後、あたかもはじめからそこに会ったかのように、一振りの剣がその手には握られていた。

 慣れた手つきで剣を腰に佩き、もう一度、獣に抱きついた。


「ケルベロス、あとは頼んだ」


 体を離した女性は最後に獣の頭を軽く叩くと銀色に輝く髪を翻して来た道を戻りだす。そして、血のように紅の瞳に暗い影を宿して低くうめいた。


「憐れな勇者に、死の安寧を」





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