第四話 十騎士
椅子に座った二人と、花屋の少女であり、十騎士、園町響灯の子孫である園町麗羅は、大人しくベラの話を聞くつもりのようだ。
「僕がラディに聞いた話だと、“人龍事変”っていうのは、人が龍を殺して、能力を奪ったっていう……」
「そう。……その約五十年間続いた戦いを、間接的に、ではあるが、収めた者がいた。その名は大魔王カノクマ。今までで“大魔王”の称号を持った者は、彼だけだそうだ」
「……称号?」
「称号というものは、この世界で良くも悪くも影響をもたらしたとされる者が手にする、“スキル”と呼ばれる物。異能や能力のように、当人に力を宿す物になる」
「――え!? 例えば他に、どんなのがあるんですか!?」
まるで、ゲームやアニメの設定でありそうな話を聞き、僕は目を輝かせながら乗り出して聞いた。
……異能も能力も勿論そうなんだけど。スキルという響きは何故か不思議と興味が沸いてしまう。
「ああ、そこまで多くの種類は知られていないんだ。例えば、先程の“大魔王”に、その配下の“魔王”。そして、最初に能力を身につけた者には“始祖”等、これらはスキルとして、今も幅広く知られている」
ベラは、思わず歓喜の声を上げる僕を落ち着かせながら、話を戻すと……と、話しを続ける。
「大魔王カノクマは、この世界を作ったと言われている覇者、プレイブと並ぶほどの実力者であり、プレイルで初の異世界種だったらしい。元々、別の世界を支配していた彼は、何らかの方法でプレイルに転移し支配をしようと試みた」
――しかし、とベラが言うと、麗羅が続いた。
「そこで、強い力を持った十人の騎士が、そうはさせないと現れたんです!」
「それが、麗羅ちゃんの先祖を含めてるっていう十騎士って人達になるわけ?」
「――はい! ひとえに、黄金の十騎士と呼ばれている者達です! 街を一振りで崩壊させる程の力を持つ者から、どんな傷に病でも完璧に治癒させられる人など! それぞれが凄まじい力を持ち、大魔王を封印まで追い込んだのです!」
「そんな凄い人達が居たんだな……。ん? ……っていう事は麗羅ちゃんも!?」
いいえ……。と、麗羅は詫びれた声で呟く。
「――私は先祖の響灯様とは程遠くて、この国、永遠の花園にとっては害悪そのものみたいな存在なんです。……私は、生まれた時から、植物に触れると、その植物をみるみる内に枯れさせてしまうんです……」
その言葉からは、彼女の積もりに積もってきた辛さが伝わってくる。
花の国、永遠の花園。そこで花屋を営む彼女にとっては、まさに最悪と言えるかもしれない。
僕になにかできる事があるはずもなく、やるせない気持ちになる。
「そ、それでも! 花の声が聞こえるなんて凄いよ! 園町家の血筋以外には絶対にない力なんだから!」
「そ、そうですよね……。だから、私、この力だけは……絶対に、使いこなしていきたいんです」
「――そう……なのね。何か、私達にできることはないかしら……?」
「……姫」
「それにしても……真姫さん。怪我をされてるんですか?」
麗羅は、突拍子もない話を始める。
「……え? いや、怪我なんてしてないわよ」
「いいえ。花が言ってるんです! 背中に傷があるって」
そう言いながら麗羅は立ち上がり、真姫の後ろに回って強引に服を捲りあげた。
「ひぃ!? ちょ、な、何!? 何なのよ!!?」
「――ほら! ここに何か針のような物が刺さってます!」
「針? ……姫、確かに、針らしきものが刺さっていますが……」
「そんなの知るわけないじゃないっ! 痛くもないんだし!!」
麗羅が針を抜き取ると、真姫に見えるよう手を伸ばした。
「な、何、これ……」
針の先に球状の何かが付いている。僕は嫌な予感がした。
「もしかして、発信機的な何か……?」
「ちょっと拓真! 発信機ってどういう事よっ!?」
「いや、わ、わからないけど……。もしかして、僕達が来る途中に戦った、山賊に付けられたのかな?」
「可能性はありえるが……一体、何のために……」
麗羅は、その真偽を確かめる議論をしている中、真姫の背中――その針のあった傷口に軽く触れた。
「皆、力を貸して」
麗羅がそう言うと、周りにあった沢山の花が、柔らかな光を放ち始めた。
数秒にも満たない時間の内、その光は、麗羅の手へ。そして真姫の傷口にまで流れていく。
「――え? ちょ、何してるの!?」
真姫は見えない背中を必死に見ようとしながら麗羅に言う。
「花の能力。治癒の力です! 永遠の花園の幸砦族は皆使えるんですよ!」
「ひ、姫。本当に傷が跡形もなく無くなっています。それに、肌の艶も――」
「――気持ち悪いわ! ……って、ありがとね麗羅。それにしても、花の能力?」
「はい! 私たち花園の民は、国王のフローダル・バンクシュー様から、産まれた時にこの力を授かるんです!」
「そ、そうなのか……羨ましいなぁ」
僕の異能は、今のところ“高速”と“拘束”。
それが不満というわけじゃないけど、手から火が出るみたいな魔法的かつ不思議で、心踊るものはないのだ。
「はあ……何言ってるのよ。あんたも授かったじゃない」
「……え? 誰が? 何を? ……誰から?」
「拓真が、能力を、ラディから」
…………ん?
「――えぇ!? いや、そんなの貰ってないよ!!」
「あー……もしかしたら、ラディが説明してなかったのかもしれないわね」
ベラが真姫に続いて話を進める。
「あれ? 修行はしていただろう?」
「地獄の特訓はしたよ?」
「ま、まさか……本当に説明されていないのか……」
「ど、どういうこと?」
「ラメル様は、異能開花と共に、必ず炎の能力をヒューに授けてきているんだ」
「え? ええっ!? 何も聞いてないよ!!」
「ふむ……試しに、人差し指を上に向けて、火の玉のイメージを思い浮かべてみてくれ」
僕は、ベラの言う通りに人差し指を上に向けた。
「火の玉……火の玉……」
すると、微々たる火の玉が指の上に現れる。
「う、うぉっ!? 本当にできた!! 凄っ!」
初めてにしては凄く上手だ。とベラは言った。そして、呆れた顔の真姫。
その吹けば消えてしまうような火の玉は、すぐに消えた。
「拓真……残念ね。あんた、多分この能力の才能無いわよ……」
「えっ!? いや、確かにちっさかったけど……」
「私のを見てなさい」
真姫は、両手を合わせて囁くように言葉を紡ぐ。
「――桃炎」
その一言と共に、淡い色の炎が大きな火柱となり、天井に届かない程度に加減されていたのか、その直前で熱を放ち続ける。
「っ! す、凄すぎる!」
「当たり前よ、私にはセンスがあったから! まぁ、今のは慣れてるっていうのもあるけど……でも、それを差し引いても普通に最初からこんな出力で使えてたわ」
「そ……そんなあ……」
ガッカリして、肩を落とした僕を励ますように麗羅が言った。
「え、ええと、人には! 欠点だって、向き不向きだってあります! 私の花を枯らしてしまう性質も、能力の弱さも同じ事です!」
仲間ですよーと、麗羅は拓真の両手を握る。
「こっ、こら! 拓真は変態なんだから手なんて掴まないの!」
真姫は直ぐに手を引き剥がした。
……確かに、女の子の柔らかい手が気持ちよかったのは確かだけど……
そんな、のどかで騒がしい会話が、町中に響き渡る。
無名本拠地にて――
「それで? 天下の無名の一味が、簡単に逃げてきたと……?」
「ボ、ボス……。も、申し訳ございま――」
「――はぁ……下がれ」
「あ、で、ですが……」
「聞こえなかったのか」
その大柄な男は、声を上げながら、手を大きく横に振る。
――すると、その衝撃だけで周りの木々がなぎ倒される。
「レビス、そうやって怒ってばかりだと折角の顔も台無し」
無名の頭目、レビスは歩きながらその女に返事をする。
「ミナール、お前だけは信じてる」
頼むぞと言わんばかりに、目を配らせる。
「――えぇ。妻として、役目は果たすわ」
「そのガキ共は小汚い花の国に向かったんだろう……。いいか、明後日を迎えると同時に、あの国を絶望に染めてやる。ガキ共は必ず残らずに殺せ。殺した奴は幹部にしてやる。今すぐに準備しろ……!!」
目前に迫る襲撃を前に、歓声の喝采を上げる無名の山賊達。
人間は百名程、従える魔物を合わせれば千を超える驚異的な頭数のその叫びは、それ相応の威圧感を放っている。
「これは――大魔王、カノクマ様、その復活の序章だ。まずは、ピエロ男……、永遠の王……!」
朝八時、宿にて目を覚ました拓真は、隣のベットで未だに寝ているベラを眠たそうな目で見やると、顔を洗いに水場まで歩く。
「……昨日は麗羅ちゃんも混ざって、夜更かしが過ぎた……」
寝不足は成長が止まる理由の一つだと、ラディに怒られた時の事をふと思い出す。
「それにしても……昨日の兵士さん達は、王は準備があるから次の日で、って言ってたけど、具体的に何時からとかは聞いてないなぁ……」
もしかしたら、儀式はラディの時のように過酷なものなのかもしれないと、脳裏に惨劇を浮かべる。
はぁ……、と、不安のため息を付く。それに対比するかのように引き締まった顔を自覚すると、やはり目標へ近付ける期待の現れかと自ら納得した。
「炎の力を授かってるから、花の力は貰えないのか……一人一つだって言ってたもんな……」
今度は、期待の余地もない、渾身のため息を付いた。
半日前。
「拓真! ああもう! 三回目! 能力は一人につき一つなの! ヒューはそれプラス異能! わかった!!?」
「なんで能力が一つなのかがこれっぽっちも分からないっ!」
「簡単な事です、拓真さん! 人には、能力を受ける器があると考えてみてください! 一人一人、一つの器しかないのです! その器は一つ能力を授かると、永遠にその能力が無くならないように全てを捧げます! 火は消えぬように、水は乾かぬように、花は枯れぬように!」
麗羅がその詳細を簡単に示してくれ、続けて私が、と言わんばかりにベラが続ける。
「複数の能力を授かってしまうと、その力に適応出来なくなり……器自らがその力の重さで器を壊してしまうんだ。そうなったら最後、能力が一生使えなくなってしまう」
真姫は、拓真の事を可哀想な目で見ながら言った。
「聞いた話だけど、炎の力は誰が授かっても簡単に使える能力らしいわよ。イメージが簡単だかららしいけど……。拓真はそのセンスすら――炎が一番簡単かつ強力な能力なのに……誰でも使えるはずなのに――つまりセンスが無いの」
「……詰んだ」
「でっ、ですが! 私は聞いたことがありますよ!! 能力を二つ持てる人間が居るとかなんとか!」
「……確かに、器を産まれながらにして二つ持っている人がごく稀に居るらしいが……ああ、言わずもがな、試すのは現実的とは言えないな」
「う……そ、そんなぁ……。練習、するしかないのかぁ……」
……思い出すだけで憂鬱な気分になった。
「んー……それにしても、早く起きた事だし……炎の力の練習でもしとこうかなぁ……」
「――才が、無い訳じゃない」
何処からか、声がした。
「!? 何を――」
「――花の声が聞こえない訳じゃない。私達が、話していないだけ」
「だ……誰なんだ? な、何の話なんだ!? どこにいる!?」
「あの子は二人目……貴方は三人目。――いや、干渉……。初めて見た。幾千年の干渉。誰かとの因果関係でしょう? 貴方は軸。生まれる遥前から、軸なんだね」
「君は一体何なんだ? 名前は??」
「私は、ただの花。水色の花」
「水色の花……?」
自らを水色の花と名乗る声は消え、新たな声が響く。
『干渉』
『適応』
『奇跡の器』
「最後に一つ、花の私が教える。――貴方は、キニナルコ」
「――君は花で……僕は……何だって?」
「花の王の素質。称号は王」
「王……?」
その戸惑う姿を見る、一つの人影。
「――うん、正解だ。……さぁ、行こうか。もう一つの戦い、本当の戦いに――」