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秘密その7 彼はそれを「呪い」と言った





「では、説明してくださるかしら?」


 しょんぼりとしているゴードンを見据えて、さっそく話を切り出すことにした。

 食事の時間が迫っているので、あまり時間をかけるわけにはいかない。そのうち、いつものようにアリシアがわたくしの自室へ、わたくしを呼びにくるだろう。その際に、わたくし自室にいなければ、きっと彼女はわたくしの姿を探すはずである。

 なんとなくアリシアに、わたくしとゴードンがこのように一つの部屋で一緒にいるところを見られたくないと思うのは……アリシアが、ゴードンのことを思いの他気に入っているらしいと、つい最近知ったからだと思う。

 彼女の気持ちが、恋情から来るものかどうかまでは、わたくしにはかることはできないけれども、少なくともわたくしとゴードンと二人きりでいることは、アリシアにとってはあまり喜ばしいことではないはずである。

 アリシアにとって、(えき)にならないことは、極力わたくしはしたくないと考えていた。


「そうね……とりあえずは、このメモについてお尋ねしたいのだけれども」


 わたくしはテーブルの上に乗せたメモ帳を、ゴードンの方へと向ける。適当なページを開き、彼に見せた。

 ゴードンの肉体が、ビクリとわずかに震えた。

 わたくしもあまり本心を上手に隠せるタイプではないけれど、ゴードンも本当に素直な性質のようだ。隠し事には、向いていない。

 今まで彼が旦那様と例の秘密を共有してこれたのは、旦那様自身が誰にも何一つ疑われないような日常を慎重に過ごしてきたに過ぎないのだ。

 そう思うと、胸が締め付けられる思いを抱く。

 もっと早くわたくしに、あなたの秘密を分け与えてくれていたら……あなただけに寂しい想いなど、わたくしが絶対にさせなかったのに、と。

 わたくしは自身の中に渦巻はじめた想いを、首を横にふることで霧散する。

 今は、目の前の本と、ゴードンが落としたメモに関して、何かを知っているらしいゴードンを問い詰めることが肝要である。


「ゴードン。あなたがこのメモを落したことは、目の前にいたわたくしには隠せないと……わかっているわよね?」


 今更シラを切っても無駄なのだと、視線で兆発する。

 ぷちょへんざですわ、ゴードン。


「さあ、お話しなさいゴードン。これに、ついて」


 わたくしも開いたページに目を向けた。

 実を言うと、この部屋に着くまでに中身をパラパラと拝見させていただいたのだけれども……実に色々と、記されていたのである。

 中には、いろいろと……なんか、この屋敷で働くこの使用人たちや、騎士たちの個人情報らしきものや、兵たちの個々の関係性などが示されていた。

 特に誰と誰が、どれほど仲が良いか……みたいなことをメインに記されているようだったはずだ。パラパラって感じで読んだので、明確とした自信があるわけではないけれども。

 なぜだか、男性陣限定で、調べ、記されていた……と思う。

 反対に、メモの中には女性に関するものは限りなくゼロ。

 少なくとも、わたくしが目を通した部分にはなかった

 旦那様の近習である彼が、なぜこのようなことを調べていたのか、わたくしには理解ができない。確かに、使用人たちの給金を査定する意味がある……と説明されれば、納得してしまいそうになるけれど、だからといって、男性陣たちの関係性を重視して記されていることについては、まったく説明がつかない。

 誰彼が仲がいい、誰彼が仲が悪いけれど……たぶん、影でつきあっている、とか。

 これ、どういう意味なの?

 それに給金の査定ならば、女性陣が加わっていない理由がまるでわからない。


「どうなの?」


 問うが、ゴードンは答えない。

無視しているというわけでないようで、どう答えればこの現状を打破(だは)できるのか、懸命に考えているようだった。それほど、わたくしの問いかけは彼を悩ませる種類の質問のようだ。わたくしは胸に抱いていた薄い本を、とりあえず自分側のテーブルに乗せた。いつまでも胸に抱いていると、本が曲がってしまいそうで、それは困る。

 元々、この本はわたくしの物ではない。さすがに、傷物にするわけにはいかない。表紙を上にすることには抵抗があるので、裏表紙を表にする。裏表紙は色のついた無地なので、これで中身がどのようなものか判断することはできないはずだ。

 だが、しかし。


「――!?」


 わたくしがテーブルに例の薄い本を乗せた瞬間、しょぼくれていたゴードンは顔をガバリッ! とあげ、わたくしと本を、信じられないものを見るような眼差しで見比べ、かわいそうなほどに……顔から血の気を引かせていった。

 それは、わたくしが彼の落としたメモ帳を拾いあげた時以上の、顕著な変化である。


「…………」


 わたくしは無言でゴードンを見た。

 メモ帳と、薄い本と、それからゴードンを順になって視線を向ける。

わたくしは小さな脳をフル回転させて考えた。

 よく周囲の人間には、お粗末な脳みそを持っていると言われるが、実を言うと、そんなことはないとわたくし自負している。ふふん。

 わたくしの小さな脳みそは、あまり活躍する場がないだけなのである。そして今、わたくしの脳はクルクルと回転し、一つの真実を導く。

ズバリの正解ではないかもしれないけれど、何かしらの足掛かりにはなりそうだと、わたくしの勘が訴えている。


「ゴードン。わたくしの問いに対し、首肯(しゅこう)するか否かで答えてちょうだい」


 ひとまず、ハードルを下げて首を縦にふるか横にふるかで、答えてもらうことにした。


「あなたは、この本について何か知っていますね?」


 わたくしの方に置いていた薄い本を、メモの横に並べる。

 今度は、表紙を上にして。

 メモ帳に関しても非常に気になるけれど、今はそれ以上この薄い本に反応した時のゴードンの様子が気にかかった。

 わたくしの問いに対し、ゴードンは唇を噛みしめ、苦渋の表情を浮かべる。苦悶を浮かべる褐色肌の美形というのも、なかなかオツなものである。

 無論、わたくしの気持ちは旦那様一筋なので、不埒な気持ちは浮かばないけれど、ある一定の層には人気が出そうだと思う。

 わたくしは黙って、ゴードンの反応をただひたすらに、待った。






 どのくらい待ったことだろう。

 しょぼくれていたゴードンが、眉尻をこれ以上にないくらい下げながら、わたくしを見てきた。

いつもは精悍で凛々しく、そして一片の揺らぎも見せない鉄仮面のごときゴードンは、すっかりと捨てられた犬のような有り様になっている。

 それでも彼は意を決したように、ゴードンは口を開いた。


「若奥様……申し訳ありません……この本を作ったのは……自分なのであります」


 固く目を閉じ、断罪を待つ囚人のような面持ちで、彼はおごそかにそう告白した。

 そうなのか。

 なるほど。この本を創った謎の人物は、ゴードンだったのね。なるほどなるほど。

 謎が一つ解けた。ふーん。へー。

 …………。

 ……………………、

ん?


「は!?」


 その内容は、旦那様が実はオネエサマだった時と同じくらいの驚きを、わたくしへともたらした。今、なんつったこの無口大型犬は!?


「え!? この本、ゴードンが作ったの!?」


 驚愕のあまりに、淑女としてはあるまじき潰れた声が出た。

 いや、だって! 仕方がないじゃない!

 だって、まさか、そんな嘘でしょ!?


「こ、この胸をきゅんきゅんさせる小説を書いたの!?」

「……自分であります」

「こ、この愛くるしい絵を描いたのも!?」

「うう、自分であります」


 観念したらしいゴードンは素直に答え、そしてテーブルに突っ伏して頭を抱えてしまった。

肩が、ふるふると震えている。もしかしたら、泣いているのかもしれない。

 わたくしはわたくしで、呆然とゴードンのつむじを見るしかない。

 え。だって、ちょっと待って整理をしよう。わたくしが数日前に見つけた、旦那様の秘密の書物、謎の少年愛絵物語。

 一般流通していない、素人が個人的に作ったらしい品物のモデルに、どうやらわたくしとアリシアが使われているようだと気づいたのが、少し前のこと。

 旦那様がなぜこのようなものを持っていたのかという疑問と、いったいなぜこのようなものがこの屋敷に存在するのか ……

 その二つの疑問が、ゴードンの告白によって、つまびらかにされたわけだけど……


「嘘でしょ!?」


 思わずそう叫んでしまうのは、仕方がないと思う。

だってだって、ゴードンよ?

今はしょぼくれた捨て犬のようになっているけれど、普段は精悍な騎士の鏡のような立派な偉丈夫であるゴードンが、乙女心をキュンキュンさせる恋物語を紡ぎ、淑女が好みそうな絵柄を描くだなんて、そう信じられるわけがない。

 ……わけが、ない……よね?

えー、うそーん!!

  と、自分に確かめるけれど……あれ、そういえばゴードンは、夢の国の住人のごとき愛くるしいぬいぐるみを作製するギャップ男子だった。

 彼の器用すぎる指先は、職人が裸足で逃げだしてしまいそうなクオリティの高さで、ぬいぐるみだけではなく、編みぐるみも製作する。

 それだけではなく、一般的な被服職人にオーダーすることができない旦那様のために、フェミニンなお召し物を創っていたのは、ゴードンなのだと……旦那様は教えてくれた。

 つまり、旦那様が秘密のお部屋でリラックスする時のお衣装は、メイドイン・ゴードンなのだ。

 ゴードンは、女性的なお衣装を密かに欲しがっていたかつての旦那様のために、努力し、鍛練をし、その技術を手にしたのである。

 被服の腕前が上がった結果、それが彼自身の趣味となってしまっても、仕方のない話しだと思う。うんうん、いい、いい。

 かわいいぬいぐるみを創ったって、綺麗なドレスを作ったって。

 それもこれも、ゴードンの旦那様の対する忠誠心と――何よりも、彼自身の優しさからくるものだと思うのだ。わたくしは旦那様のために心を砕いてくれる、このゴードンという優しい青年をとても好ましく感じていた。


「……ゴードン」


 だからこそ、今みたいに身を小さくしている姿はどことなく愛らしく見えるけれど、長く見ていたいとは思わない。

 ……アリシアは、どうかしら。

 もしかしたら、彼女だったらわざと少し長い時をかけて、今のように弱ったゴードンの姿を堪能するかもしれない。

 わたくしは心からアリシアを愛しているけれど、ああ、もちろん、旦那様とは別の意味で。

 愛しているけれども、彼女が嗜虐的な性質であることは否定できない。

 まあ、ここにいないアリシアのことは置いておいて。

 今は、ゴードンである。

 わたくしは改めて、ゴードンを見る。

 … …なるほど。彼の告白を聞いたあとならば、彼の反応の意味がわかる。 

 それで、薄い本を見た途端に顔色をかえたのか。そりゃ自分がこっそりと作っている人様になかなか言えないような内容の本が、ポンと置かれていたら… …冷や汗ものだろう。

 わたくしとて、秘密裏に書いている旦那様観察日記(妄想つきアハン)が、わたくしの知らないところで、机の上とかに無造作に置かれており、それを誰かに見られていたら、それこそ穴を掘って全身を埋めなければならなくなる。

「……ゴードンに、このような才があるとは思っていなかったわ」

 ぬいぐるみや裁縫の能力だけではなく、文才や絵を描く能力まであるだなんて。

なんて、才能が溢れているのかしら。

 元々、騎士として、魔術師として、そして旦那様の近習としても立派にお勤めを果たしているのだから、才能の塊と称しておかしくはないだろう。


「素晴らしいわ!」


パン! と、両の手を胸の前で叩いた。

声と音に、ゴードンは顔を上げる。褐色の肌なのでわかりにくいが、おそらく顔色を失っていると思われるゴードンの弱った目が、わたくしを見返す。

な、なんて……空き箱に捨てられた子犬のような顔をするのゴードン!?


「そんな顔をしなくてもいいの、ゴードン。あなたは、素晴らしい才能の持ち主なのだから!」


 わたくしの苺ゼリーのような繊細な心を、ふるふると揺らした、乙女のハートを撃ち抜く切なくも甘い物語を、このゴードンが作り出しただなんて、なんて素晴らしいのかしら!

 神かあなたは!

 思わずわたくしはテーブルに大きく身を乗せ、ゴードンの大きな固い手を、強く握りしめた。旦那様のものよりも、一回りは大きそうなこの手が、素晴らしい作品の数々を生み出すのかと思うと、感動で言葉が上手く出ない。


「あなたは、素晴らしいわゴードン!」

「ほ、本当に……いいと、おっしゃいますか?」


 自分の作った作品を、そのように評価してくれるのかと、ゴードンが問い返す。

 わたくしは、ゴードンを見返して力強く頷いた。


「ええ。とても素晴らしい才能だと思います。とても、よい作品でした」


 唇の端を上げて、悠然と微笑む。

 アプリコット家に嫁いだ女主人として、褒美の言葉を与えるにふさわしい姿を、意識しながら。

 他の誰がなんと言おうとも、彼の作り出した世界は、作品は、とても素晴らしいものだった。普段さほど好んで読み物をしないわたくしが、夢中になり、続きを欲してしまうほどに。

  アリシアは、子供だましの恋愛ものだと称していたけれども、作品のできについては「とてもいいと思う」とまで、言っていたのだ。

 わたくしと違い、普段からよく本を読んでいる彼女が言うのだから、ゴードンはさらに自信を持っていいだろう。恋愛自体は、子供だましだと彼女は言い捨てていたように、アリシアははっきりと評価をするタイプなのだ。

 わたくしとて、悪い作品をよいと言うことはない。わたくしは、心からゴードンの作り上げた作品を称賛したい気分だった。


「それにしても、ひとつ尋ねていいかしら?」


 わたくしの心からの称賛を、ゴードンは戸惑いながらも受け止めてくれたようだ。

 今にも死にそうになっていたゴードンの顔に、血の気が戻りつつあった。


「どうして、この作品は主人公二人が、どちらも男性なのかしら?」


 わたくしの疑問は、そこだった。

作品を最後まで読み終えて、とても気にいってしまった今ではさほど違和感を覚えないのだけれども、それでも、最初にチラリと読んだ時にはとてもビックリしてしまったのだ。

 知識としては知らないわけではなかったけれども、実際にこういう……なんと言うか、同姓愛もの? というのかしら? 読み物であっても、触れることはなかった世界である。


「も、もしかして……ゴードンは、同姓の方が好みなのかしら?」


 女性よりも……と、わたくしは好奇心に負けて尋ねてしまった。

世の中には、同性を好ましく感じる人間もいるのだと、わたくしも知っている。

旦那様のように、男性でありながら女性的な部分を持っているのと同じように。

いろんな人が、いるのだ。わたくしのように、一度好きになったら亀のように噛みついて離れないタイプしかり、アリシアのように好ましい相手をイジメたくなるのも、しかり。

わたくしに創作世界のことがわかるわけではないけれど、なんとなく書き手の主義主張、好みみたいなものは、大きく反映されるものではないかと、思うのだ。

 そう考えると、少年愛ものを描き出すゴードンンはつまり、そういう趣味の方だと導いてしまうのは、わたくしの早合点だろうか。


「ち、違います!」


 わたくしの不躾な問いに対し、少し慌てた様子で、それでもゴードンはきっぱりと否定した。

 事実をごまかしているという感じではなく、本当に違うのだと彼の表情は言っているように感じる。


「あら、そうなの?」

「え、ええ。自分の作品は、このような作風ですので、若奥様が誤解されるのも、仕方はないと存じますが……自分は、同性に懸想(けそう)したことは一度もありません」

「でしたら、どうしてあんなにも熱心に男性使用人や、騎士達を見ていたの?」


 しかも、 メモまで取って。

そこのところを、ちゃんと説明してもらわないと今夜は眠れそうにない。

羊のかわりに、ゴードンを数えてしまいそうだ。

ゴードンが一人、ゴードンが二人……ゴードンは嫌いではないけれども、念じる度に増殖していくゴードンを想像すると、さすがに暑苦しい。安眠妨害だわ。


「このメモもそうだし、本の内容もそうだし……これは、聞いちゃいけないことなのかしら?」

「そ、それは……」

「どうしても、答えにくいことならばいいのだけれども……」


 いや、本音を言えばものすごぉ~く知りたいわよ?

でも、人が隠して秘密にしたいことを、是が非でも知りたがるほど無作法ではないつもりである。淑女ですもの我慢して、今夜はゴードンを数えながら眠りにつきましょう。

 わたくしの言葉に、ゴードンはゆるく首を横にふった。いいえ、と彼は言う。


「……若奥様にはすべて、お話しいたしましょう」


 そう彼が頭につけると、とつとつと語り始める。それはなんとも奇妙な、それでいて興味を引かれてしまう告白だった。


「自分は昔から、なぜか……男同士が共に仲良くする姿を影ながら眺めるのが好きで……自分でも、どうして好きなのか、わからないのです……わからないのですが、胸が踊ってしまうのです……」

「ほ、ほう。続けて」


 わたくしは行儀が悪いとわかっていながらも、テーブルに両肘をつき、顎の下で手を組んで、組んだ手の上に顔を乗せた。


「男が単体ならば、どのような美形であっても、内面が魅力的な人物であっても、対した関心はないのです。けれども、それが……二人組になると、理由もなく、心がワクワクと、落ち着かなくなるのです……」

「あー……そういえば、物陰に隠れて使用人二人組を熱心に見ていたわね」


 わたくしがゴードンの奇行とも呼べる行動を目にしたのは、二度ほど。


「はい。いけないいけないと、思いながら。つい、思わず……見てしまうのです。おまけに、脳内で関係性を勝手に構築してしまうのです」


 ただの友愛が、脳内では恋愛に発達してしまうのだとゴードンは語る。

 苦悩に満ちていたはずのゴードンの頬に、わずかな赤みが帯びているのをわたくしは見逃さなかった。本当に大好きなのね、あなた……この手のアレコレが。


「男子が二人で集うだけで、すべてが恋仲に見え、人数が増えるとその中の一人を取り合う男だらけのハーレム状態へと、脳が勝手に変換してしまうのです! 男がいるだけで、そこに物語が、恋愛が生まれる呪いが自分にはかけられているのです!!!」


 ドン! と、ゴードンはテーブルを叩いた。

わたくしの身体がつられて、ピョコンとわずかに跳び跳ねてしまう。

 力説された!!


「も、申し訳ありません」


 テーブルを乱暴に叩いたことを、ゴードンは謝罪する。

わたくしは構わないと、首を横にふった。そりゃ、少し驚きはしたけれども、彼が普段ものを乱暴に扱うような人物ではないことを、知っている。


「……例えばだけど、料理長のエンリヒと、見習いのマイケルの関係をどう思う?」


 エンリヒは四十超えのベテラン料理人で、ゴードンにも負けない立派な体躯をしている。

とても豪快な性格だけど、その手から作り出される料理はどれもおいしく、繊細で、とても暖かみのある素晴らしいものである。

 対してマイケルというのは見習いの料理人で、まだ二十歳にも満たない。はしばみ色の髪と、深い緑色の瞳を持つ。鼻先に散らばるそばかすがちょっとかわいい、素朴な少年だった。

 料理超のエンリヒと言葉を交わすことはあったけれど、マイケルは名前と容姿が一致する程度である。そんなわたくしと違い、ゴードンならば彼らの人となりをよく熟知しているだろう。

 そのゴードンが、彼の持つ特殊なフィルター越しに彼らを見れば、どう映るのか、それが気になってしまった。まあ、別に料理人二人じゃなくてもよかったのだが、適当に出した名前がエンリヒとマイケルだっただけなんだけど。

 というか、適当に名前を出したのはいいんだけど、何も年齢が離れすぎている二人を出さなくてもよかったのではないかしら。

 妄想とはいえ、何かしらの関係を夢想するのであれば、年齢や境遇は近しい方が考えやすいにだろうに。

 などと、わたくしが自分に突っ込んでいると。 


「この二人は交換ノートが二冊目に突入した間柄です、若奥様」


 目元をわずかに赤く染めたゴードンが、妙にキリリとした表情で告げる。

 お、おおう。ゴードンの妄想力、関係建築能力はわたくしが想定していた以上らしい。

 何もないところから、関係を産み出してしまうのか。すごいなゴードン!

なんでもない料理人たちに、ロマンスを作っていたとは。


「交換日記ですか……」

「自分は健全な関係を好みますので」


 などと言いながら、ゴードンはテーブルにもじもじとハートを描いている。

 つまり彼は、餌食となったターゲットが、いちゃいちゃラブラブになりつつも、いつまでもいきすぎた友愛の範囲で済みそうな、穢れのない関係を好むと言うのだろう。

 確かに彼が創りだした本でも、恋愛はプラトニックな関係だった。


「だから、口づけも未遂だったのね」


 作中では、もう少しで主人公二人が唇を交わすシーンは出てきたのだが、結局は最後ぼかされてしまった。したのか、していないのか。それは、読んでいる読者の妄想力を試される仕様になっていた。ちなみにわたくしは、している派である。


「しかし、この本を一人で作っただなんて、本当にすごいわ。内容もさることながら、表紙なんて個人が作ることができるものだとは思えないできだもの」

「ああ、それは若旦那様のご協力があってこそのもの……あ」

「え?」


 今、うっかりという感じでものすごいことを、ゴードンは言った。

 わたくしがバッ! とゴードンを見ると、ゴードンは反対にサッと視線をそらす。もう、その反応がすべてである。

 つくづく、嘘をつくのが苦手な人間らしい、このゴードンという男は。


「ゴードン。いい子ですから、わたくしの目を見なさい」

「ご、ご容赦ください若奥様……じ、自分は何も言っておりません!」

「いいえ、確かに言いました。このわたくしが、愛するスイートハートな旦那様の話題に関し、聞き間違えることがあると? それは、わたくしをあまりにも見くびりすぎですわ!」


 例えどれほど距離が離れていようとも、旦那様の話題であれば喜んで飛び付くわたくしである。

 旦那様が相手ならば、姿形が見えずとも、吐息吐息ひとつで旦那様を当てることだって可能だろう。わたくしの、旦那様への愛は深海よりも深く、山よりも気高く広大なのだ。

 ビシリ! と、人差し指を突き立てて宣言すると、すっかり追い詰められた表情でゴードンはうめく。もしも彼が本物の犬であったら、尻尾を丸めていたことだろう。

 そして――わたくしに追い詰められる形で、ゴードンは観念するかのよう秘密を教えてくれた。

 曰く、小説と漫画は自分が作ったけれども、編集のいっさいがっさい、すべての項目において旦那様が関わっている――と。

 だ、旦那様。

 あなたいったい、何をしてらっしゃるの!?

 でも、そんな旦那様が好きぃいいいいいい!!


 



→その8に続く


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