1プロローグ
どんなに固い絆で結ばれていると信じていても、裏切られる時には裏切られる。
そんな当たり前のことを思い知った十七歳の昼過ぎ。
切なさに、朝食に食べたクロワッサン十五個と、厚切りベーコン十枚と卵十個で作ったベーコンエッグ、鍋一杯のコーンスープ、山盛り野菜サラダと、特盛フルーツの盛り合わせが胸の奥からせりあがって来そう。
「……旦那様の座っていた椅子から、また女モノの香水のかほりが……!」
クンカクンカと旦那様が少し前まで座っていた椅子を嗅ぎまくり、ヨヨヨとわたくしは泣き崩れた。
貴族としては早すぎることはない、十七歳の花嫁としてやってきて早半年余り。
こんなにも早く、旦那様に女の影を見つけてしまうだなんて……!
ああ、我が愛しの旦那様……どうしてそんな、不義理な真似を……!
このリリーナを嫉妬の炎でこんがり焦がし、照りまでつけて美味しく召し上がるおつもり!? ならば、ドンとこい! ですわ。
結婚する前は色々と不安だったけれども、結婚したあとならば、このような不安に苛まれることはないと、思っていた。それなのに……現実は無常である。
それはまあ……?
ええ、ええ。
わたくしと旦那様のつり合いがとれていないことは、よぉおくわかっていましたわよ?
月の女神もかすむような美しすぎる旦那様には、歴史だけはやたらと低い没落貴族に生まれ、容姿も平々凡々に生まれてしまったわたくしでは、つり合いなど取れてはいなかったことでしょう。そんなこと、わたくしが誰よりも一番知っておりましたわ。
けれども、わたくしは旦那様の「生涯リリーナだけ」という言葉を信じ、嫁いできたのです。それなのに……それなのに……
うう、旦那様のイケズ……どんな素敵で美人でダイナマイツぼでぇの女と浮気をしてらっしゃるの!? わたくしの慎ましい胸に戦争を仕掛けるおつもりですか!?
滅びろ巨乳……揉みしだいてやろうか……
リリーナは、リリーナは……
「クンカクンカクンカ……!!」
ああ、旦那様。匂いまでも、特別によい香りがする愛しい旦那様。
でも、その残り香に知らない花の匂い……香水の匂いが……
思わず旦那様の残り香を椅子に求めてしまう日常を過ごしているというのに……
お仕事だとお屋敷を出て行ったけれども、本当にお仕事ですの?
もしかして、秘密に抱え込んだどこぞの泥棒猫をニャンニャンしてるんじゃありませんの!? ちょ、旦那様……ぜひとも、ニャンニャンしている姿をリリーナにも見せてくださいまし……! にゃんこ耳の旦那様、スーパー尊い!
――などと、興奮している場合ではない。
妄想だけでも、わたくしを虜にしてしまうなんて……さすが旦那様!!
うう、旦那様……超綺麗でかっこよくて、その上かわいらしい旦那様……やや細身だけど、実はしっかりと筋肉もついていて、剣の腕は王国にその人ありと謳われた、若き騎士団長様……おまけに上級貴族でもある旦那様と、ぺんぺん草に等しいわたくしでは、最初からうまくいくわけのない結婚生活だというのだろうか……
「ああ、旦那様……わたくしだけの、世界で一番大切な、愛しい方……」
どこで、綺麗な女の人と愛を語らっているの?
おっぱいが大きな女性? それとも腰がキュッとしている女性?
嫁として、わたくしに色気が皆無なのが原因なのでしょうか……
わたくしはいったいどうすればいいの……?
嘆きながら、わたくしは旦那様がテーブルに残して行かれたフォーク……うう、旦那様の落とし物を大事にナプキンに包み、懐にそっと入れ込んだ。
すぐそばに礼儀よく綺麗に姿勢で立っていた、わたくしの専属メイドであり、お屋敷のメイド長でもあるアリシアからゴミを見るような眼差しを向けられたけど……
気づかないフリをした。
うんうん、きっと気のせい……
→1へ続く