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鉄火の大陸  作者: 柴遼次郎
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序章 星暦1891年5月24日 共和国首都ナミュル 陸軍参謀本部

 帝国軍が連邦へ宣戦布告した5月24日は共和国陸軍参謀本部にとって最悪の一日になった。突然の帝国からの領内通行要求を共和国政府が突っぱねた一時間後に帝国軍が大挙して国境に殺到したのである。あらかじめ計画されていたとしか思えない手際の良さであった。外交政策によって帝国と連邦を牽制させ合うことによって、例え戦争となっても中立国としてそ知らぬ顔ができると思い込んでいた共和国政府の面目は丸潰れであった。そして、その対処に奔走しなくてはならないのは政府ではなく軍部であった。その軍の頭脳にあたる参謀本部は、前線から舞い込む救援要請と情報の錯綜によって混乱の極みにあったのだが、その建物の最上階にある一室だけは落ち着きを保っていた。質実剛健といった雰囲気のその一室で、部屋の主はその柔和な表情を少しも動かさずに尋ねた。

「で、帝国軍の兵力はどのくらいじゃったかな?」

 共和国陸軍参謀本部次長モロー中将は小柄な体を微動だにせず見事な直立姿勢を保ったままその問いに答えた。

「はっ。帝国は我が国との国境に展開していた第1軍、並びに連邦国境に展開していた第2軍、加えて帝国内地から動員された第8軍の三個軍をもって国境を破り我が国に侵攻しつつあります。およそ20個師団・40万になるでしょうか。」

「うーむ、我が国の常備兵力を優に超えておりますなあ。」

 戦務部長のカティナ少将が髭をなでながら呻く。

「いずれにせよ国境警備の3個混成旅団では支えられますまい。早急に南方に送った第2軍、第1軍を呼び戻す必要があります。」

 作戦部長のダルクール少将が机に敷かれた地図の南部半島のあたりを愛用のパイプで叩きながら上申した。ダルクールの言うように現在東部国境に展開している3つの旅団は独立混成旅団と呼ばれる部隊である。正規の歩兵旅団と異なり、旅団と大隊の間に連隊が存在しないため円滑な指揮に不安があり、所属する大隊も寄せ集めである。あくまで後方警備用の部隊であり、数で圧倒的に勝る正規部隊――ましてや大陸最強を自他ともに認める帝国軍を押さえられることなどまずあり得なかった。

「誤報に踊らされた我々の責任です。神聖王国にまんまとしてやられました。」

 情報部長のクルウァン少将が思い詰めた表情で絞り出すように言った。帝国の侵攻が始まったとき国境に3個旅団しかいなかったのはなぜか。それは一週間前に情報部が発した急報に端を発する。

 曰く「南方の神聖王国に大規模侵攻の兆しあり。」

事実、共和国南部半島と海を隔てた南方大陸のメンフィス港には神聖王国籍の大船団が集結していた。神聖王国と共和国は貿易摩擦によって揉めていたこともあり、政府・国防省はともに神聖王国のほうを脅威と認め、東部国境に展開していた第2軍と西部国境の第4軍を急ぎ南部に送ったのであるがその結果がこのざまであった。神聖王国が陽動であったのは明白であった。もしかすると裏で帝国と繋がっていたのかも知れない。哀れなほどに憔悴したクルウァン情報部長の姿を眺めながら、ダルクール作戦部長はそんなことを考えていた。後に判明したことだが神聖王国が動かしたのは輸送船団と海軍の一部であり陸軍には動員すらかかっていなかった。

 緊迫した空気を崩すようにパンパンと手を打ったのはやはり柔和な笑みを崩さない部屋の主であった。いや陸軍の主と言っても過言ではないかも知れない。

「これ、弱音はいかんな。」

「はっ。申し訳ありません。参謀本部長閣下。」

「うむ、よいよい。最後に決断を下したんはワシじゃ。気に病むことはない。君には今すべきことが他にあるはずじゃ。」

 部屋の主こと参謀本部長サンシール元帥はまるで祖父が孫に語りかけるかのような柔らかい口調で部下を諭した。その言葉に小柄な体に反して大きく頷いてみせたのはモロー参謀次長であった。

「情報部長、敵軍の動向について報告を。」

「はっ。戦線南部を進撃する帝国第1軍は独立混成第2旅団を潰走させた後北西へ向かいつつあります。恐らく東南方向から首都を直撃するものと思われます。中央を進む帝国第8軍もこれを援護する動きを見せております。戦線北部を進撃する帝国第2軍は独立混成第2旅団を撃破後北西へ進路を変え、北部防衛の任に当たっていた共和国第1軍と衝突、じりじりと我が方は押されつつあります。」

「ふむ、全体的に北方へ向かう動きを見せている。やはり我が国を奇襲によって一撃で葬り去った後、軍を一気に旋回させ、北方の帝国―連邦国境に釘付けにしている連邦軍主力の則背面に回り込ませて包囲するつもりだろう。」

「我が国はあくまで通り道に過ぎんということですか。舐められたものだ」

「では、目に物見せてやろうではないか。情報部長、国境警備の部隊の中でまだ持ちこたえている部隊はいるか?」

 モロー参謀次長は不適な笑みを浮かべて尋ねた。

「意図をお聞きしても?」

「帝国が我が国を屠った後に連邦軍主力の包囲をもくろんでいるなら速度が命だ。時間をかけすぎれば我が軍主力が戻ってくるし、連邦が帝国の意図に気づけば我が国に援軍を送るなりなんなりして包囲を阻止するだろう。だから速さ重視でくるはずだ。抵抗が激しい拠点は最小限の包囲にとどめて先へ進むはずだ。だからそういう戦線の後ろに取り残された部隊がいればこちらから増援を送って強化し、敵の首都攻撃が始まれば背後から敵司令部を突くなり補給線を叩くなりしてもらう。」

「はっ。現在連絡を保っているのは敵第8軍と交戦中の独立歩兵第423大隊と第421大隊のみです。他は軒並み壊滅です。といってもその2隊とも大隊長は戦死、生き残った中隊長が指揮を執っている状況ですが‥‥」

「かまわん、その2隊に増援を送る。」

「しかし、軍単位の敵を突破して増援を送るなど不可能です!」

 ダンクール作戦部長が反駁するがモロー参謀次長は意に介さなかった。

「突破する必要はない。敵軍は先ほども言った通り速度重視で分散進撃している。さながら水の流れの如くだ。そうすれば各部隊の間に必ず隙間が生じる。そこを機動力でもって一気に駆け抜けるのだ。」

「ですが」

 今度はカティナ戦務部長であった。

「騎兵旅団はすべて南部半島にいます。今、この首都に機動戦力は一兵も残っておりません。」

「ああ、そうだろうとも。常備軍にはな。」

 そう言うとモロー参謀次長は、部屋の片隅で沈黙を保っていた人物に視線を向けた。

「ジルドレ魔導総監、魔導局から1部隊お借りしたい。」

 話を振られた魔導総監ジルドレ中将は神経質そうな角張った顔をモロー参謀次長に向けると細々と話し始めた。

「アレを使うおつもりならおやめなさい。アレは人道に外れた者どもです。倫理的にもいかがなものかと」

「使える者はすべて使わなければ国が滅びます。やれる努力はすべてやらなければならない。我々にはその義務があるのだから。」

 モロー参謀次長は強情であった。ジルドレ魔導総監は助けを求めるようにサンシール参謀本部長に視線をおくったが、

「致し方あるまい。どうかそこなモローの求めに答えてやってはくれんか。」

 陸軍の最長老に柔和な笑みでそう言われてしまっては、首を縦に振るほかなかった。それを見て取ったモロー参謀次長は即座に命令書を起草した。

 曰く「第24特務魔導中隊を独立歩兵第421・423両大隊の救援に急行させるべし。」



会議シーンの方が書くの楽ですね。


各国の位置関係はだいたいですが共和国=イタリア 帝国=ドイツ 連邦=フランスくらいの感じです

国土面積などは結構違いますが。(共和国:帝国:連邦=1:5:4くらい)

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