旭はルミアと共に出かける
「じゃあ、行ってくるな」
「うん。いってらっしゃい、お兄ちゃん、ルミアさん」
夜に大人だけ(女神モードのユミを含む)の家族会議を開催した翌日の夕方。
昼間にレーナとリーアを交えて今後の予定を決めた俺は、リーアにそう告げる。
結論から言うと……昨夜に話し合った予定から大きく変わることはなかった。
リーアはそれが一番ベストな方法だと言っていたし、レーナに至っては感動して泣いていた。まさか俺だけではなく、他のメンバーも母親の救出に協力してくれると思っていなかったようだ。
大事な仲間のお願いを無下にするなんてあり得ないと思うんだけど……。
「パパ……。もう夕方だけど大丈夫なの? 冒険者ギルドの依頼受付はまだやってるのかな……」
「んー? 大丈夫じゃないか? セプテムにはすでにメールを送っておいたし。あいつからも『王都冒険者ギルドには話しは通しておいたぞ! 我が盟友!』とか若干意味がわからない返信が来たから問題はないと思う」
「なら……いいんだけど……」
お昼には俺やルミア達に抱きついて嬉し泣きしていたレーナは、今さらになって不安が大きくなってきたようだ。
だが、今回の依頼は王都のセプテムからの直々の特別指名依頼。
冒険者ギルドの依頼受付が終わっていたとしても、依頼を受けること自体はできる……らしい。
というか、俺が受ける依頼は毎回ギルドマスター経由なことが多いから問題はないと思うんだけどなぁ。
「レーナさん、旭さんの言う通りですよ。セプテム様直々の指名依頼であれば、冒険者ギルドも優先的に対応してくれるでしょう。それに……私も旭さんに同行します。ギルド職員がすでに帰宅していた場合、私が書類をどうにかしてくれば問題なしです」
「いやいやいや……。ルミアはもう冒険者ギルドの職員じゃないんだからそんなことしちゃダメだろ……」
俺は自信たっぷりにそう宣言するルミアを苦笑いしながら、レーナの頭にポンと手を置く。
レーナは一瞬ビクッと震えて、俺のことを上目づかいで見つめてきた。
その幼い身体が若干震えているのは……何か勘違いしているんだろうなぁ……。そんなところも愛らしいが、今は安心させることが大事だろう。
「いいか? 俺は一度やると決めたことは必ずやり通すと決めている。それが本来ならどんなに難しいことであっても……だ。ちゃんとエルフの里に入れるようにしてくるから、レーナはレーナで里帰りする準備を進めておいてくれ。ルミアの冗談は抜きにしても、手続き自体はそんなに時間がかかるとは思えないしな」
「……うん、わかった……。パパ、お願いね……?」
「むぅ……。決して冗談ではなかったのですけど……」
金髪で小柄な頭をわしゃわしゃと撫でると、レーナは気持ちよさそうに身をよじった。
どうやら先ほど抱いてしまった不安な感情は無事に消え去ったようだ。
ルミアは俺の横で不貞腐れているが……。まぁ、レーナが信じても困るから仕方がない。
ブランダルへの伝言はソフィアに頼んだし、何かあっても熾天使が護衛についているから、すぐに俺へと連絡はくるだろう。
「ほら、ルミア。いつまでも不貞腐れるなー? 座標軸設定……よしっ、【長距離転移】」
ルミアの手を取った俺は王都冒険者ギルドに向けて転移魔法を起動するのだった。
転移する直前までレーナは縋るような目でこちらを見つめていたのが気になるが、今は約束を果たすための準備を進めないと。
▼
ーーーー王都冒険者ギルドーーーー
「そろそろ依頼受付を締め切りますよー!」
「流石にこの時間から冒険しに行くには気が引けるよなぁ……。魔法使いがいるパーティなら問題ないんだろうけどよ」
「仕方ねぇよ。魔法に適性を持っているやつの方が稀少なんだから。……ん? お、おい……。なんかドアの近くが歪んでないか?」
「んー? 見間違えじゃないのか? ……よし! もうじきAランクに昇格すると噂のこのオレ様が様子を見てきてやるよ」
「……あっ! その歪みには近づかないでください!! 怪我しますよ!?」
「ははは。ただの見間違いだろ? なにも問題なんk……ゴファ!?」
ーーーーバンッ。
「…………ん? 何かに当たったか?」
俺が設定した王都冒険者ギルドの入り口に転移し終わると、何かに当たった感触があった。
いや、俺とルミアには怪我はない。転移魔法を使用することで発生する空間の歪みに何かがぶつかったようだ。
周りに視線を移すと、壁にぶつかったと思われる1人の男が大の字で伸びている。
……まぁ、俺は悪くないよね?
「あーっ……と。冒険者の響谷旭だが、アルケミストはいるか? セプテムからの特別指名依頼の手続きに来たんだが」
「「「「「あいつ、この状況を完全にスルーしやがった!!」」」」」
何事もなかったかのように受付のお姉さんのところに向かうと、周りからそんな声が聞こえてきた。
というか、俺は悪くないんだから気にかける必要もないだろうに。
これが金髪や褐色ロリだったら心配していたかもしれないが、おっさんに興味はない。
「旭さん、こんな夕方に珍しいですね。……というか、他の冒険者の方々が驚いてますよ?」
「ん? そういえばここの冒険者ギルドに転移してきたのは初めてだったか? ……面倒だから説明はお姉さんたちに任せるよ。お礼は……まぁ、いずれと言うことで」
「仕方ないですねぇ……。その言葉忘れないでくださいよ? ギルドマスターをお呼びしてきます」
ダスクやウダルでは当たり前のように【長距離転移】を使用していたが、こっちでは初めてだったらしく酒盛りをしていた冒険者たちが全員フリーズしている。
うーん……。俺が説明してもいいんだけどさ? でも、今は早く依頼の受付をしたいんだよね。だから、受付のお姉さんに全てを丸投げすることにした。お姉さんは妖しげな笑みを浮かべてギルドマスター室に戻っていったが。
……ちなみにこの後、家に転移したらすぐに夕飯を作って、お風呂を掃除しないといけないという……なかなかにハードスケジュールが待っている。
こう言う時に限って俺が家事当番なのは何者かに操作されているとしか思えない。
最悪の場合、【空間遅延】を使ってでも作るべきなのかもしれない。
「……旭さぁん……? ちょーぉっとお話をお聞きしたいのですがぁ〜……?」
そんなことを考えているとルミアが幽霊のようにゆらりゆらりとこちらに近づいてきた。
いや、ルミアが俺に言いたいことはなんとなくわかる。だって、ルミアの目からハイライトが消えているからな。
多分だが、先ほどのお姉さんが放ったセリフと妖しげな表情に反応してしまったんだろう。
ウチのヒロインはヤンデレ標準装備だからなぁ。まぁ、共存できるタイプのヤンデレだからまだマシなんだけど。
「なんであの【冷酷な美姫】と噂されているマリがあんな女の顔を浮かべているのですか!? 旭さんはまた新たな女性を口説いたのですか!?」
「いやいや、俺から口説いたことは基本的にないからな? それにルミアもあのお姉さんと同じ動機だったろうに……」
ルミアは納得がいかないと憤慨しているが、ルミアとの出会いも似たようなものだった。
あの時もレーナとリーアが今のルミアみたいに納得のいかない表情を浮かべて憤慨していたなぁ……。
俺の言葉を聞いたルミアはぐぬぬ……と可愛らしく俺を睨んでいる。
そんなルミアの頭を撫でていると、カウンターの奥からアルケミストが慌てて走ってきた。
……? そんなに慌てる要素があっただろうか?
「あ、旭君!? セプテム様から話は聞いている! い、今すぐギルドマスター室に来てくれんか!?」
「いや、そんなに慌てなくても行くけどさ……。そろそろ依頼受付終了の時間じゃないのか?」
「そんなことはどうでもいい! セプテム様直々の依頼なのにそんなルールを守っていられるか!! ……ヌォォォォォ!?」
「いやいやいや……ギルドマスターがそんなことを言っちゃダメだろ……。面倒だからこのままいくぞー」
アルケミストはそんなギルドマスターにあるまじき発言をしながら、ズンズンとこちらに近づいてきた。
……が、俺は無言でアルケミストを拘束して空中に浮かべ、ギルドマスター室に向かって歩いていく。
周りには冒険者が野次馬のように群がっていたが、スッと道を開けていくのがなんとも面白かった。
ギルドマスターを荷物のように扱っているのを見て、ようやく自分たちとの実力差を理解したのかもしれない。
「……なぁ。ギルドマスターって元Aランク冒険者だったよな?」
「現役は引退したが、それでもかなりの実力の持ち主なのは確かだな。そんなギルドマスターが手も足もでないとは……。それにあの旭とやらはいきなり現れたようにも見えた」
「しかも拘束する際の魔法やスキルの詠唱が一切なかったぞ……? 【氷の女王】も驚くどころか誇らしげな表情を浮かべてるしよ……」
「そういえば居酒屋でこんな噂を聞いた。先日のデスワイバーンの群れだが、今そこを歩いていった響谷旭が一撃で葬り去った……らしい」
「デスワイバーンって接触禁止に指定されているあのS級モンスター!? それを一撃で葬り去るとか何もんなんだよあの旭ってやつぁ……」
「ウルガルムの群れを討伐したのも旭なんだろ? なんであいつが勇者じゃないんだ? 笹原丹奈よりも実力が遥かに上じゃねぇか……」
道を開けた冒険者たちからそんなざわめきが聞こえてきた。
悪口ではないので俺としてはそんなに気にしてはいない。……というか、早く家に帰りたいし、わざわざ説明するのが面倒だからだ。
だからルミアさん? そんなドヤ顔で説明しに行こうとしないでください。念のために俺の背中に貼り付けておこう。
「あ、旭さん? なんで私は背中に固定されたのですか? 今から旭さんの素晴らしさをあの冒険者たちに伝えにいく予定だったのですが……」
「そんなことをしている場合じゃないでしょ。早く依頼の受付を終わらせて帰りたいの。面倒な事態になるのはわかっているんだから、俺の背中でおとなしくしていてください」
「…………うみゅ」
背中に固定したルミアの猫耳を歩きながら撫でると、ルミアは抵抗をやめて俺の背中に体重を預けてきた。
決して猫耳を触って脱力したわけではない……と信じたい。猫耳触った時にでる嬌声も今回はなかったしな。
正直、俺としてもルミアの柔らかさを堪能できるし、今の状況はお互いに得していると言えるのではないだろうか?
「あのー旭君? 私も落ち着いたからそろそろ下ろしてはもらえないだろうか? しかもだな……なんか先ほどよりも高度が上がっている気がするんだよ……!? ……って、ちょっ! か、髪の毛が天井に擦れているから! このままだとハゲになっちゃうから!! おーい!?」
アルケミストがなにか叫んでいるが、今はルミアの感触を堪能することが優先だ。
髪の毛が擦れてるとか言っていたような気がするけど、そんなに摩擦熱が発生しているわけではないし大丈夫だろう。
そんなことを考えながらギルドマスター室に向かう俺なのだった。
今日から年明けまで続く夜勤週間に突入しました。
更新が遅くなるかもしれませんが……ごめんなさい。
次回の更新も一週間以内を目安に頑張りたいと思います。