恋の遍歴
私には出会い系サイト歴がある。
二年前の彼氏から始まった。
おとなしい音大生と出会い系サイトで知り合って、しばらく付き合ったのだ。
高卒で就職もせずにフリーターをしていた私には、大学生っていう響きがまぶしくてそれだけで魅力的だった。
時折、大学の授業も見に行った。
でも、彼は私を友達に紹介する時、けして恋人だと言わなかった。
真面目な音大生の彼のプライドを感じた。
そこそこのエリート集団の音大友達に、フリーター上がりのちゃらい女を恋人だと恥ずかしくていえなかったんだろう。
しかも出会い系サイトで知り合ったのだから。
逢うたびに求めるものは求めてくるくせに、周囲には隠そうとさえしていた。
そんな不誠実さは行為にも表れていて、ひとりよがりだった。
正直なところ自慰行為の方がよっぽど気持ちよかった。
そのくせ別れ話をしたら、ひどく動揺して私に懇願した。
その様子を見たら、一気に冷めた。
無残な言い方をしたら逆切れしてとうとう本音を出した。
「お前みたいな女、出会い系ぐらいでしか相手にされない」と。
居心地の悪い言葉の残る終わりだった。
やるせなさをいやす相手を懲りずに出会い系で捜した。
選んだのは40代前半のバツイチ。
いつも話を聞いてくれる。
寂しい時は夜中でも飛んできてくれる。
どんな時間にメールをしても大抵すぐに返事を返してくれる。
言うことは何でも聞いてくれる。
おごってくれてプレゼントもくれる。
でも、なんだか、重荷になってきた。
きっと相手は私以上に寂しい人で、精神的に私に寄りかかってる人なんだと思う。
私の方がよりかかりたかった。
だから、別れる選択をした。
音大生とは違い、彼は気持ちよくさよならをしてくれた。
色々と苦い経験をしているだけあって、お互いが次に希望を持ち合える良い別れ方をリードしてくれた。
万が一どこかで偶然にあっても、友達のように声をかけ合えるような穏やかなさよならだった。
そんな良い終わり方を経験後私は出会い系を手放すことができた。
縁あって役所の期間の限られた非常勤勤務の職員になれた私は、そこで公務員の彼と出会う。
背が高くて、優しそうで、クールな態度は一目みただけで虜になった。
あらゆるつてを使い、同じ職場でもない彼と接点をつくり、彼の視野に入る努力をした。
彼の勤める課に友達を作り、何度も足を運び、確実に地ならしをする。
そして、飲み会にも顔を出せるようになり、告白して見事に付き合えた。
やはり“出会い系ではない出会い”というのは気持ちの持ちようが違う。
おひさまの光に祝福された出会いだった。
この地球上で存在するものとして知り合うことに変わりはないのに。
周りの友達に冷やかされ、照れた恋人の表情を見るのは新鮮だった。
恋人の仕事ぶりや、交友関係をじかに感じられるのは幸せだった。
ときに彼を狙うライバルが彼に近づくところを見かけてはらはらしたけど、そんな身近な嫉妬さえも新鮮な刺激になった。
満たされた時間に流されて、平和な時間に慣れてきた。
が、その背後ではコップの中から水があふれ出すかのように静かに異変が起きていた。
彼が春から異動により、本庁から遠い出向機関へ勤務ときまった。
私は迷わず役所を辞めた。
まだ契約期間が半年残っていたが、彼がいないのならここにいる意味がなかったから。
今まで同じ役所でつきあっているという現実が私達をつないでいた。
それがどれだけ私達にとって重要だったか思い知らさせる。
彼は、役所勤めをしている以上、非常勤勤務の女の子に下手に手を出して評判を落としたくなかったのだ。
そして、周囲の目があるということは、二人を燃え上がらせたり、歩みを慎重にしたり、大事に温めてゆくこともできた。
離れ離れになってしまったら、ふたりのバランスはもろく崩れてゆく。
所詮、男にとっては新しいネクタイの一つ、女にとっては指輪をくれて友達に自慢できる社会的に格好のつく相手。
お互いにそれなりに好意はあったと思うが、些細なすれ違いからけんかになりそれっきり。
ゴールデンウイークまでもたなかった。