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赤い現実

扉に入ったはずだった。しかしそこはいつもの我が家ではなかった。

赤の世界。ああ、夢で見たあの世界。

恐怖が押し寄せ、心を押し潰そうとしてくる。這いずる蟲のように体をも蝕む。

まるで私が私で無くなってしまうかのような感覚。これを何と形容すれば良いのかモナエには分からない。

胸に籠を抱き締め、辛うじて自分を保とうとする。

籠の棘が刺さろうとも、その痛みさえも今の自分には必要であり、意識を保つことができた。

「モナエ、そんな怯えないで。私は貴女の味方よ」

そんな優しく語り掛けるローリスに、敵意は無いのだと安堵する反面、いつ彼女の機嫌を損ねてしまうか不安であった。

彼女は女神なのだ。モナエでは到底敵わない。ただの人間なのだから。

「時間が無いわ、モナエ。急いで行くわよ」

周りを見回し、不安げなローリスの表情に、女神でもこんな顔をするのだと関係の無いことを考えてしまう。

そんなローリスに親近感を感じつつも、急いで行くと言った彼女の言葉に、何を急ぐのかモナエにはさっぱり分からなかった。

ローリスは優しくモナエの手を握り、温かい彼女の手を昔握った母の手と重ねる。

懐かしい記憶と同じように、ローリスはモナエの手を引いて先を行く。

それと同時に胸に抱き締めていた籠が転がり落ちる。

母にもこうして手を引かれて、色んな所に連れて行ってもらった。綺麗な花畑。ずっと遠くまで見渡しても続く海。そんな美しい景色の傍にはいつも母が居た。

しかし、母は病で亡くなってしまった。モナエが10歳の時だった。未だに母が死んだことを思い出し、悲しみで涙が零れてしまうことがある。

ふと思い出から顔を上げれば、ローリスが連れて来たのは赤い森にいる真っ白なウサギがいる場所。

そう、初めてこの世界で見たウサギの生きている姿。

「え……? そんなあなたは――」

死んでいたはずでは。

モナエがそう言おうとした瞬間、ウサギは目の前で引き裂かれる。

赤黒い世界に、赤い血しぶきが飛び散る。そして、それを見せないようにローリスはモナエを抱き締め、自分の後ろに居た人物の姿を見せるのだ。

こんな残酷なことをする人などきっと魔物ハンターに違いない。

しかし、そこには見覚えのある彼がいたのだ。見た目は今より大きいが、それでも彼だと認識できた。

「あーあ、本当に良い僕の居場所はないかな? 人間でも居なくなれば、少しは過ごしやすくなるのかな?」

イバラだ。ああ、彼がウサギを殺したのだ。そう理解できてしまった。

信じたくなかった。彼がウサギを殺すだなんて、考えもしたくなかった。それでも目の前で起きたことは嘘とは否定しきれないのも現状だ。

ウサギを殺したことなど気にしてもないのか、そのままイバラは歩みを止めることなく先を進んで行く。

「モナエ、ショックなのは分かるわ。でも彼は魔物。人の心など持っていないのよ」

「そんな、そんな……イバラさんがそんなこと……」

「するのよ、だから私と来て。良いように利用されて貴女を傷つけるのが彼のやり方よ」

彼は行く先行く先で虐殺を続けた。モナエは直接見なかったが、それでも生々しい音や動物達の叫び声は嫌と言うほど聞いた。

ローリスの言うように、イバラは危ない魔物なのかもしれない。

そんな思いまでモナエの心には芽生え始めていたのだ。

「あの忌々しい魔物はこの森を広げて、人間たちを駆逐するつもりよ。ひとり残らずね」

「そんな……! 駄目です……そんなこと」

人間には悪い人だけではないはずだ。確かに自身は酷い目にあったが、それでも優しい人も居たことは事実だ。

その人達まで巻き込まれてしまうのは、あまりにも理不尽だ。

「だから、私達が止めるのよ。モナエ。あの魔物に死を与えて人間を守るのよ」

ずっと抱き締めて、辛いものをモナエに見せまいとしていたローリスは、そっと傍を離れ、モナエの目の前で真っ直ぐな言葉を伝える。

死。簡単に言うローリスだが、モナエはそれでもまだ悩んでいた。

本当に彼が悪いのか。彼女が一方的に悪いと決めつけるようにわざと見せたのではないかと。

しかし、これが事実ならば、放置しておけば森の外の人間が死んでしまう。

それはモナエにはとてもじゃないが耐えられない。一生懺悔をしても許されないだろう。

「今も森は広がり続けているの。町や村を壊し、いずれは世界も自分の物にしようとしてしまうわ。本当なら私がやれればいいのだけれど、私の力では身体をバラバラにすることしか出来なかった。殺すには私の祭壇にある剣をモナエが手にして、あの魔物に突き刺せばいいのよ。魔物と神は人にしか殺すことができないの。分かるわね、モナエ」

気づけば、モナエは祭壇まで来ていた。ローリスが導いてくれたのだろう。

そこにある短剣は、使われることが今までなかったかのように美しい銀色を発していた。

花の装飾の施された短剣は、ローリスが先程言っていた物だろう。

時は一刻を争う。そのことはローリスの真剣な言葉で理解はできた。

しかし、イバラの命を奪って世界を救うのが、本当に正解なのか。

他に方法はないのか。それはどれほど考えても、モナエには分からない。

「本当に、他の方法はないのですね?」

「ええ、そうよ」

最後の希望も打ち砕かれた。まさか自分が世界を、人を救うことになるとは全く思いもしなかった。

平凡に生きて、平凡に静かに死ぬはずだった。それなのに、私の選択で世界の命運を左右してしまうかもしれないのだ。

あなたなら、どちらを選びますか?

魔物か、女神か。選べるとしたら。


エンド分岐があります。

魔物END→茨の王

女神END→聖女誕生

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