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茨と花の狭間で

冷や汗をだらだらと流しながら寝台から飛び起きる。誰かを殺してしまいそうなそんな夢を見た。

確実に私は殺そうとしていた。目の前のあの女性をだ。

夢の中とはいえ人を殺してしまうなど、あり得ない。そんな恐ろしいことをまさか自分がしてしまいそうになるとは。

窓からの朝日がいつもの日常を照らし、そこに今まで居なかったイバラが眉を八の字にして心配そうに言葉を落とす。

「モナエさんどうしたの? 顔色悪いよ?」

まだモナエよりも身長の低いイバラだが、寝起きで飛び起きたモナエよりは視線が高い。全ての身体が揃った時、彼はもっと身長が高くなるのだろうかと思うと子供の成長を眺めているようで少し嬉しくも寂しく感じるのだった。

「あ、いえ、少し不気味な夢を見たので。そのせいだと思います……」

未だ震えの止まらぬ身体と冷や汗で、脳裏を過ぎる赤い世界は夢にしてはあまりに鮮明に色を残しており、にわかに幻とも割り切れずにいた。

「ボクの身体探しで疲れたんじゃない? ほら、もう動けるし、無理にモナエさんがついていなくても大丈夫だから。休んだら?」

「いえ、イバラさんひとりだけで行かせる訳には行きません。だって魔物ハンターがいるんです。もしイバラさんが見つかったら……」

見た目こそ人間に近い見た目をしているが、その髪には茨のような棘が無数に生えており、その棘は足にも存在している。

魔物ハンターである人物達からすれば、珍しい人型の魔物だとすぐに分かってしまうだろう。

そうなれば、きっと襲われてしまうに違いない。そうだ。だから私が守らなくては、居なくてはいけない。

例え、イバラに想像できないほどの強大な力を有しているとしても。

「え……? 私なんでそんなことを?」

何処からか美しい鳥の囀りが聞こえる。こんな森には珍しいと耳を傾けるモナエ。

どうして耳を傾けたか。そんなのことは美しいからだ。

人は美しいものに弱いのだ。引き寄せられて、勝手に理想をでっち上げる。

この囀りには悪意などないと。

目の前のイバラこそが悪意だと、その囀りは訴えているようで、自分もそれに引き寄せられるように思考を巡らせる。

そもそも、身体を集めること自体が間違っていたのではないのか。魔物ハンターに出会った時も、イバラの何か不思議な力で魔物ハンターを木にしたのではないのか。

私の見間違いなどではなかったのではないのか。いや、そんなはずは。

でも、でもでも、でもでもでもでも、確かにあそこに三本の赤い木は存在してなかった。

たった一瞬だとしても確かにあそこには赤黒い何処か気味の悪い木など存在してなかったはずなのだ。

でも、イバラにそんなことができる訳がないと思い込んでいた。いや思い込もうとしていた。彼に対して少なからず私は恐怖を感じていたのだ。

だから言うことを聞くしかなかった何かしでかせば死んでしまうと思ったから


なら、あの夢の女性に頼ればいいのだよ。そう囀りは甘く囁く。


ああ、そうかそうかそうかそうかそうだそうだった。

あの人ならきっと私、私を助けてくれるに違いない。ああ、女神様。

めがみさま?


「おーい! モナエさん本当に大丈夫? 顔色悪いよ?」

イバラの声でようやく現実に引き戻され、思考の海に浸っていたことに驚くモナエ。

「あっ……、いえ、大丈夫です。ただ、考え事していただけですよ」

何故、彼女を女神様だなんて言ったのだろう。不思議でならない。

あんなに恐ろしいと感じたからなのか。神こその畏怖だったのか。

「モナエさんが元気ないと僕も悲しいよ。無理したらいけないよ。魔物より人間の方が脆いんだからさ」

眉を八の字にして、心配そうな声色のイバラに、何処にも恐怖など存在しない。

「だから今日はお休みしようよ。僕、動けるし。急がば回れとも言うんでしょ? かんびょーなら僕がするよ」

「いえ、そんな……あ、では、私のお手伝いをしてくださいますか? イバラさんではお料理まではできないでしょう?」

「うーん、確かに出来ないなぁ。僕はそう毎日食べなくても平気だからね。でも、モナエさんは毎日食べなきゃいけないし、お手伝いなら僕もやりやすいかなぁ」

「なら、そうしましょう! では、まずは朝食の準備から一緒にやりましょうね」

笑顔のモナエに、イバラもそういうならと言葉に対して肯定の意味の頷きを返す。

太陽の光が届きにくい森の中の朝は薄暗く、それでいて澄んだ空気が森を静寂に包んでいた。

モナエとイバラはまずは、庭で育てている植物の収穫をすることにし、籠とスコップを持って外に出る。

ニンジンやトマト、ナス、レタス、キャベツにピーマン。不思議なことに、この森は栄養豊かな土壌と、不可思議な気候のおかげで様々な季節の野菜が育てることが可能になっていた。

成長も早く、すぐに熟すのも特徴だ。そのせいで人間に常に狙われ続けているのもあるのだが。

今日の朝はサラダにしようと、みずみずしいレタスと真っ赤に熟したトマトを収穫する。

「へぇ、モナエさんはこんな風に育ててたんだね。昨日は見なかったから知らなかったよ」

イバラが物珍しげに周りを見回し、モナエの庭をくるりとバレエ人形のように回ってみせる。

「しかし、残酷だね。人間は自分達の生きる為に何かを育てて生きてるんでしょ? 植物は話さないけど、生き物なのに。それでも平気で食べるんだ?」

突然の問いかけに驚きつつも、モナエよりも低い目線のイバラに、少し悲しげにモナエはイバラに言葉を紡ぐ。

「平気ではありませんよ。命を頂くのに罪を感じない訳がありません」

「へぇ、モナエさんは本当に優しいんだね。弱肉強食なんだから、モナエさんがそこまで思うことないのに。弱いから食べられる。自然の摂理だよ。その子達だって、モナエさんがいなければ育つことの無かった弱い存在。食べられて当然だよ」

それでも、モナエは自分の生まれてからの命を食べる罪に苦しんでいた。それはどの命にも等しく与えられた罪だと言うのに。

「それでも、必要以上に殺して食べたくなどありません。生き物である以上、抗うことなど出来ない運命でも、私は命に感謝し、謝罪し続けていきたい。許されたいわけではなく、ただの自己満足だとしても」

「愚かだね、でも好きだよ。運命に抗う姿は素敵だし美徳だ。それに、命に感謝できることは素晴らしいことだ。なかなかできないよ」

僕も、参考にしなきゃなとにこりと笑うイバラの姿に、モナエも微笑み返す。

幸せ、例えそれが短い間だとしても。誰かとの関わりはモナエの心を癒す。

「無理やり生贄にされてからでしょうか。命に対して考えたのは。やっぱり、私は愚かなのかもしれませんね」

「誰だって、命の危険があればそうなるよ。しかし、モナエさんを生贄にだなんて酷い人間だなぁ」

「両親が亡くなった孤児の私には、その道しか残されてなかったんですよ」

そう悲しく呟くモナエの手には力が思わず入る。強く握り締めたせいで、籠の棘が手に刺さる。

「人間と暮らしたいの?」

イバラの何気ない質問に、モナエは力を抜いて微笑む。

「いいえ。私はこの生活が気に入ってますから。」

「そっか。なら良かったよ! まぁどっちでも僕は応援するけどさ!」

本当は昔のように暮らしたいと思う気持ちも少なからずある。それでも家族の居ない私を誰が受け入れてくれるのだろうか。

だったら、此処でずっと暮らし続けていたい。沈黙の森の中でずっと静かに暮らしていたい。

「では、私は朝食の準備をしますね」

すっかり顔色の良くなったモナエは室内へと戻る為に扉に向かう。

その姿に安心したのか、イバラは頷いて手を振って見送る。

ばたんと扉が閉まった後に、消え入る声でイバラは言葉を紡ぐ。




「ああ、やっぱり人間はいらないよね。同じ考えで安心したよ、モナエさん」


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