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花の女神

気づけば、森に居た。

さっきまで、寝ていたはずなのにどうしたわけか二本の足で地面に立っているのだ。

あの時と同じ一面の赤、赤、赤、赤。

地面も空も、そして木も全てがその一色で染まっている。しかしその情景はどれも見覚えのあるものだ。

いつもの森。赤色に染まっている以外は、いつもの。

不安になるほどの無音、そしてまた前と同じような虫が這いずるような悪寒。

全身にめぐる血が全て抜け落ちていくようなそんな感覚が身体を支配する。

「また此処……?」

前に見たウサギの亡骸を思い出す、白い毛皮は裂かれ、赤い肉片が地面にばら撒かれたあの光景を思い出す。

あれは夢だ。気味の悪い夢。きっとこれもそうに違いない。

こんな夢ならば早く覚めてしまえばいいのに。

「ああ、モナエ。こんな所に居たのね」

周りには動物も、ましてや人間の気配などこれっぽっちも感じなかったのに、後ろから美しい女性の声が響く。

振り向けば前と違い、そこには引き裂かれた毛皮も赤い肉片も全く存在していなかった。

この赤い世界など無縁のような純白の服を身に纏い、その慈愛に満ちた微笑みはこの世の者ではない畏怖により鳥肌が立つ。

住む世界が違うとは、このことを言うのだろうか。この者は関わってしまってはいけないと本能が警鐘を鳴らす。

「ずっと探していたのよ。前は会うまでいけなかったけど、今ならゆっくり話せるわね」

開いた口が塞がらないモナエなど気にすることなく、音もなく目の前に降り立ち、長い睫毛の影が彼女の顔に影を落とす。

「あっ……あなたは……?」

モナエが恐る恐る口を動かして言葉を紡げば、その優しい瞳で見つめてはクスクスと笑う。

「そうね、貴女は私を知らないわよね? 私はローリスよ。女神なの」

突然女神と言われて信じる人間はそうそう居ないと思うが、先ほどの畏怖は神だからこそと思えばモナエも納得せざるをえない。

優しく、振舞いも上品なローリスだが、やはり彼女の機嫌を損ねてしまえばこの世界から出られないように思えてならなかった。

「何故私が貴女に会おうとしたかだけど、警告をしにきたのよ」

ローリスの顔が一気に冷たく凍りつく。その凍てつく眼差しで刺されてしまえば誰も動くことは叶わないだろう。それほどまでに彼女の雰囲気は恐ろしかった。

「警告ですか……?」

「ええ、モナエ、貴女と一緒にいる魔物がいるでしょう?」

ローリスの言っている魔物は、きっとイバラなのだと容易に想像が出来た。

「ああ、イバラさんですか?」

イバラさんのことがどうしたのだろう。もう少しで身体も戻りそうなのに。

「名前があるのね。どうでもいいのだけど、その魔物に関わってはだめよ、モナエ」

釘を刺されるかのような視線に思わず距離を置く。

やはり、この人は怒らせてはいけない。じゃなければ、命など簡単に消されてしまうに違いない。そう確信できた。

「あの魔物は人間を甘い言葉で惑わし、自分の手中に収めようとするの。都合よく利用して後は捨てるのよ、だからモナエ」

優しく微笑み、そして静かに彼女は囁く。

「醜い魔物を貴女の手で殺して頂戴。そうすれば貴女は聖女となれるの、私の言うこと聞いてくれるわね?」

恐ろしい言葉で身体が大きく震え出す。この押し潰されそうな恐怖は一体何なのだろう。

声はとても優しいのに、言葉は刃のように冷たく鋭い。

まるで身体から血が抜けるような感覚に陥りながら、どろどろと恐怖が身体を蝕んでいく。

「貴女をあんな化け物に汚されてしまうとは、私はとても耐えられないわ。モナエ、貴女ならきっとあの悍ましい化け物を殺して、平和な世界を作りあげることが出来るのよ」


私が、イバラさんを、殺す?

この、目の前の人は何を言っているのだろう?

イバラさんが化け物、魔物だから? それだけ?

それだけで殺すのならば他にも魔物はいるのに何故


どうしてどうしてどうしてどうしてなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ


「ほら、モナエ、怖いでしょう? だから殺してしまいましょう?」


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いこわいこわいこわいこわいこわいこわい

殺して殺して殺して殺して……ころして……?


ころしてしまえばいい?ころしてしまえばいいそうだ


殺してしまえばいいんだ。


『そう、目の前のその女をさ。モナエさんは物分かりが良くて嬉しいよ』

何処から聞き覚えのある声が脳内で木霊する。何故か持っている包丁を強く強く握る。

これで殺してしまえば、いいんだ。

『しっかり握らないと殺し損なうからね。そう、そして対象をちゃんと見るんだ。大丈夫、君ならきっと出来るよ』

この声を聞けば、いつもやる気が出る。何でも自分で出来るようなそんな気持ちになれる。

たとえ命を消すことになろうとも。

「モナエ……? どうしたの、そんなものを私に向けて」

驚いたように目を見開くローリスに、モナエは包丁を向けて瞳は暗く虚ろのままローリスに向かって走り始める。

「やめて、モナエ、貴女はそんなことしてはいけないの。モナエ、お願い、やめて!」

その言葉でモナエは立ち止まってしまう。その瞬間、ローリスは多くの花びらになり消える。

手には肉の感触も何もない。何も殺していない。

私は、一体何を、しようとしていたのだろう。どうして、殺そうだなんて。

自分が人を殺そうとしたことに対して、冷や汗がだらだらと身体を流れる。

なんて悍しく、恐ろしいことをしようとしたのだろう。まるで、私が化け物じゃないか。

そんな思いが全身を駆け巡り、糸の切れた操り人形のようにモナエは倒れ込んでしまう。

真っ赤な世界から、モナエの身体は茨に包まれ地面へ吸い込まれていく。

「……大変ね、このままではモナエはあの悪魔の道具にされてしまう。早く、あの悪魔の本性を教えなければいけないわ」

ローリスはそう呟くと、また花びらとなり風の無い世界を漂い遠くに消えてしまう。

女神か悪魔か、どちらも人間を道具としか見ていないのか。

それは誰にも到底理解は出来ないことである。


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