一時の平和
「いやぁ、まさかモナエさんの家の前に僕の左腕が落ちてるなんてね! 運がいいや!」
目の前で大盛りのオムライスを頬張りながら嬉しそうににこやかに笑うイバラの言葉に、闇に染まっていく森の中で、家の前にごろんと左腕が落ちていたのを思い出して、思わずオムライスを食べる手が止まるモナエ。
左腕も縫いつけて、思えば今日だけであっさりと身体が揃ってしまったものだ。
肉の断面を見慣れてしまったような、いや、慣れてはいないだろう。今日のオムライスも、肉抜きであるのだから。
あの肉の感触を、無意識に遠ざけたのだろう。味に心配があったが、イバラは嬉しそうに食べているからいいだろう。
「後は下半身だけだね! モナエさんのおかげでこんなに早く集まるだなんて!」
食事中だということも構わずに会話を続けるイバラに、内心止めてほしいと思いつつも、この笑顔には敵わないとも思う。
「明日も頑張って探しましょうか」
「うん!」
口元に米粒が付いていることなどお構いなしに、こんなに幸せそうに笑ってくれるのなら、自分も頑張れる気がする。そう思わせてくれるのは、彼が初めてだった。
ずっと、自分は上手くできないと思っていたから。
「あ、モナエさん! おむらいすだっけ、これ。すごくおいしいね!」
『おいしい』だなんて、聞いたのはいつだっただろうか。いや、言われたことがなかったかもしれない。
イバラの言葉に、モナエは目を丸くする。そんなモナエの表情に、不思議そうに首を傾げるイバラ。
「あれ、言葉間違えてたかな? なんか、こう、暖かくて安心っていうのかな……うーん、言葉って難しいなぁ」
眉を下げて、うーんうーんと唸るイバラの姿に、おいしいとの言葉は彼が本当に思ったことなのだと確信した。
「いえ、合ってますよ。言われたことがなくて、驚いただけです」
微笑みながらそう言うモナエに、今度はイバラが目を丸くする。
「こんなおいしいのに? モナエさん、食べさせた人本当に人間?」
魔物でもおいしいのにってけらけらと軽やかに笑うイバラに、そうかもしれませんと控えめに同意するモナエ。
いつもは一人で冷たく寂しい家が、こんなにも笑い声で明るく楽しいだなんて。
「さぁ、ご飯食べたらお風呂に入ってくださいね」
食べ終わった皿を持って洗おうとするモナエの後ろをついて行こうとするイバラに、そう言うと、困ったように首を傾げる。
「お風呂って何?」
衝撃的な一言を聞いて、遅れて彼はそういえば魔物であったことを思い出す。
魔物にそんなお風呂に入る文化などない。当然だ。
「そうでしたね……えっと、身体を洗ったりするんですよ」
「ああ、なるほどね! うん、でも言われただけじゃ分からないや。モナエさん一緒に入ろうよ」
にこやかに言われた台詞に、思わず皿を持ったまま固まってしまうモナエ。
確かに彼は魔物だが、男である。いや、雄と言った方がいいのだろうか。
魔物といえ、形は人型であり、姿は少年である訳だ。
「どうしたの?」
「え! あ、いや、その」
モナエが色々と思考している間に、風呂場から湯気が漏れ出しているのが目の前で見える。
未だ首を傾げて微笑むイバラの姿に、断ることも出来ずに頷くモナエを見て、安心したようにぱっと顔を明るくするイバラ。
「良かった、僕全然分からないから不安でさ」
本当に、私は彼の笑顔に弱いのだと改めて思う。何故だろうか。
主導権は彼であるのにだ。不思議なことに、嫌な気持ちにならない。
ふたりでお風呂に入って早く眠ろう。そうして明日も頑張ろう。
イバラが、早く元の姿になれるように。