魔物ハンター
「ボクのかーらーだーは、どっこかなっー!」
暗い静かな森に、イバラの嬉しそうな声が木霊する。
首からは尚も血が滴り落ちているが、彼の顔に疲労の色は見えない。痛くはないのだろうか、もしや痛みの感覚が抜け落ちてしまう程に彼は衰弱しているのだろうか。
しかし、衰弱しているのならこんなに元気よく歌いはしないだろうと、自分に言い聞かせる。
それに彼は言ったのだ、辛かったら伝えると。
「早く見つかるといいなぁ。モナエさんも重いでしょ?」
モナエを気遣うように見上げて眉を下げて困った顔をして笑うイバラ。
そんなに疲れてはいないのだが、彼は優しいからか、何度もこうして心配そうに聞いてくるのだ。
「いえ、私は大丈夫ですよ」
そうモナエが返せば、ならいいんだけどと小声で言って黙ってしまう。
気分の浮き沈みが激しいのだろうか。いや、もしくはさっきのは空元気だったのだろうか。
静寂の中、ただモナエの足音だけが響く。生き物の息使いすら聞こえない。
いつもは鳴き声が聞こえ走り回っているのに、何故か今日に限っては全く聞こえないのだ。
「随分静かなんだね。此処は」
イバラが不審げに呟く。モナエも同じことを考えていたようだ。
「いつもはこんなに静かではないのですが……おかしいですね」
周りをぐるりと見回してみても、木の影ばかり。動く者など何も居ないのである。
嫌な汗がだらりと体を伝う。嫌な予感がする。
その予感はすぐに的中することになる。数分もしない内に、銃声が森に鳴り響く。
まるで撃ち抜かれたかのように強張る体。ああ、早く逃げなくては。
モナエはこの銃声は誰が鳴らしたのか知っていた。
体が思うように動かないけども、それでも、此処から早く逃げなければ。
急に木に隠れたモナエに、イバラは驚いた目でモナエを見上げる。
「急にどうしたの? モナエさん」
そんなイバラの返事には答えずに、自分の白衣の下に無理やりイバラを隠す。
「むぐっ……モナエさん、ちょっと……苦しいんだけどっ」
「イバラさん、静かに! 苦しいでしょうけど少し我慢してください」
駆け足で地面を蹴る足音が複数。すぐそばを走り去って行く。
先に進んだ所では、下卑いた笑い声がただただ不愉快に耳に響いた。
「また、あんなことを……なんて酷い……」
想像するだけでも、通り過ぎた人々が何をするかは容易に理解ができた。
あまりの自分の無力さに、ただ涙を零すことしか出来ない。
「モナエさん、あいつらは何だい?」
白衣からどうやって抜け出したのか分からないが、地面に寝転んだイバラは不思議そうな顔をして聞く。
「魔物ハンターです……この森の魔物を捕まえて生きたまま体を切り裂いて売るんです。毛皮、角は勿論、魔物コレクターなる人が買い取るんです。生きたまま、体の一部を……飾って……」
言葉を吐く声が恐ろしさで震える。
動けないまま生かされ続ける彼らはどれほどの苦しみだろう。自由に動けず、ただ人の私利私欲の為に生き続ける。なんと辛いことだろうか。
何故、こんな残酷なことが出来るのだろう。
考えれば考えるほど、彼女の瞳からは涙が次々と頬を伝い落ちる。
大粒の涙は、雨の様に地面を潤す。
「へぇ、なかなか悪趣味な人間さんもいるんだねぇ。悪魔より悪魔みたいだ」
乾いた笑いを零し、何処か暗い微笑みで言葉を呟く。
「そんな人間さんには痛い目を見せてあげなきゃね? ほら、モナエさん行こうよ」
彼は明るく嬉しそうに微笑みながら言う。
目でさっき人が向かって行った方を眺めて、行きたいという意思をモナエに伝える。
「だっ、だめです!イバラさんみたいに人型なんて貴重なんですから、格好の餌食ですよ!」
頭のみのイバラを守れる術など、モナエには持ち合わせていないのだ。
そんな中、魔物ハンターを前にしたところで何が出来るのか。恐怖で押しつぶされて動けずに殺されてしまうのが目に見えている。
「もー、モナエさんったら心配症なんだから。大丈夫、任せなよ」
体も見つかっていないし、首だけのイバラをどう心配するなと言えるのか。
そんなことはお構いなしに、イバラは優しく微笑んでいる。
「そんな、だめですって! 捕まってしまったら私……」
「大丈夫、モナエさんは一緒に行くだけでいいんだよ。後は僕がやるから」
慌てるモナエを落ち着かせるこの声。親のように優しい声色。何故か、甘い囁きとも思えるこの声。
この声で言われてしまうと、どうしてだか大丈夫なような。安心してしまうような錯覚に陥る。
「行くだけ。君はただ着いたら目を瞑ればいいんだ」
甘い、甘い囁き。行けばいいだけ、そう行けばいいのだ。
後は何も考えなくていいのだから。
「はい……行くだけで良いんですよね?」
「そう! 着いたら目を瞑ってくれればいいんだよ」
そのイバラの元気な声に、頷いて彼を抱えて駆け足で向かって行く。
怖くない。さっきまでの恐怖や不安が嘘のようだ。
広い空間に出た途端に、イバラの言われた通りに目を閉じる。
一瞬だが、魔物ハンターは3人ほど居たはずだ。死んでしまったらどうしようかと、暗黒の世界で不安に駆られる。先ほどまでの自分とは大違いだ。
強く瞼を閉じて何秒、何分、何十分経ったのかすら分からない。あまりにも長く感じる。
「モナエさん、もう目を開けても大丈夫だよ」
イバラの優しい声で、重く閉じていた瞼をゆっくりと開ける。
暗い森の中、そこには人の姿はおろか、何も居なくなっていた。
いや、何も居ないのではない。目の前には人の上半身らしきものがぽつんと残っていた。
「僕の身体が見つかったんだよ! ねぇねぇ、早く繋げてよ!」
子供のように嬉しそうに笑う彼に、問うことも出来ず頷くことしかできない。
急いで上半身に近づいて、救急箱の中を確認すると、幸いなことに針と糸が見つかる。
「まっ、麻酔かけますから」
「要らないからそのまま縫っていいよ。ほら、早く!」
モナエの言葉など聞こえないのか、駄々っ子の様に急かしてくるイバラに驚きつつも、医者らしく手慣れた手つきで縫い合わせていく。
痛いはずなのだが、イバラは何も言わずに微笑むだけだ。やはり人間と魔物では違うのだろうか。
「縫えましたけど、これではまだ動けないですよね……」
まだ首と上半身のみなのだ、動ける訳がない。後は最初に見つけた腕を縫い合わせてもまだ歩けはしない。
せめて足が見つかれば動くこともできるかもしれないが。
「あ、そこは大丈夫! ええっと、こうして……」
繋げた上半身がみるみるうちに形を変え、顔もだんだんと幼くなっていく。
数分もしないうちに幼児の姿になったイバラに、モナエは茫然とするしかない。
「さっき魔力を補充したからね! これでモナエさんも重くないでしょ?」
いつの間にやら服まで着て、意気揚々とモナエの救急箱を持って先に進んで行ってしまう。
「え、あっ、待ってください! イバラさんー!」
先に進んで行くイバラを急いで追いかけて行くモナエ。
人の立っていた場所に、赤い木が3本佇んでいるだなんてこと言ったら、彼は笑うだろうか。
きっと私の見間違い。だって一瞬しか見てないのだがら。
心にしまい込んで、にこやかに笑うイバラに追いつかなければ。
二人が去ったその場所で、風も無いのに赤い木が揺れているのは誰も知らない。
何処か苦しそうにも聞こえるその音は、小さくなっていき最後には森の一部になる。