生首少年
木々が生い茂る薄暗い森の中。遠くで遠吠えが響く。
長い癖のついた白い髪を揺らし、その頭には角が二本。濃い茶色の尾に、同じ色のワンピースの上には白衣。ペストマスクを付けたその姿は、身なりから医者のように思える。
太陽の強い光でさえも大きく枝を広げ、厚い葉に遮られては地面まで届くものは少ない。
その性か辺りには苔が生え、土は湿り気を帯びていた。
片手に箱を持ち歩くその者は、遠くに聞こえる鳴き声を聞きながら先に進んでいく。
鳴き声が遠くから聞こえる以外には、足音しか聞こえなかったその場所に、突如爆発音が鳴り響く。
音の大きさからこの近くなのではないかと思ったその者は、急ぎ足で道を走って行く。
この先で何か起きたのならば、助けなくては。そんな思いで頭がいっぱいになる。
医者であるなら、この考えは当然と言えよう。
駆け足で行くこと数分。けして平らではない道を走り続けた先には、太陽の光が唯一届く広い場所に出る。
暗く湿り気を帯びたこの森とは思えない美しく咲き誇る花畑の中、明らかに異質な赤が存在していた。
赤というより、赤黒い。奥に進めば進むほど、血肉の臭いが鼻につく。
おかしい。普段は動物達が此処で日向ぼっこをして、花の香りが心地いい場所なのに。
元の色が分からないほどの赤黒い世界の中心には、人の頭ほどの何かが存在していた。
いや、それは人の頭だ。口から血を零して、目を閉じているその人物は木の葉のような緑の長髪を持って、随分幼く見える。
もう生きている訳ないと思いながらも駆け寄ってしまうのは医者の性か、はたまた目の前で死んでほしくない自分のエゴか。
「大丈夫ですか!?」
ペストマスクをつけた見た目とは真逆の優しい女性の声。
しかし、口から出た言葉はなんとも安っぽい言葉だ。大丈夫な訳がないし、返事が来るわけがないのに。
「ん……誰か居るの?」
そんな常識を打ち破るかのように、長髪の生首は目を薄く開き喋り出す。その声はまるで少年のようで、どこか大人びても聞こえる。
ひゃっ、だなんて間抜けが声が出てしまうのも仕方ないことだろう。おまけに尻餅までついてしまった。
その拍子にペストマスクは外れ、顔が表れる。太い眉毛にたれ目がちな大きな瞳、雀斑の目立つ顔。声の通り女性だ。
「そんな驚くことかな? それよりさ、ボクの体探すの手伝ってよ」
尻餅をついていようがお構いなしに話し始める生首少年に、未だ現実を受け止めきれずにいる女性はただ茫然と話しを聞いているしか出来ない。
「ねぇ、ボクの話聞いてる? 体探してよ。すごく痛いんだ」
そう言われてしまえば医者として放置するわけには行かない。
「あっ、はい! ではまず止血を……」
「止血なんていいよ、そう簡単に死なないし。それに君には大きな仕事を頼まないといけないから」
言われてみれば頭だけでこんなにも話せるのだ、人でないことは明らかだ。
と言うことは人型の魔物だろうか。少数ではあるが、そこに含まれるのだろう。
「ボクの体さ、きっとバラバラだから。キミに繋げてもらわないと困るし。だから探して繋げてよ」
キミしか頼る人居ないんだ、なんて眉毛を下げて言われてしまったら何とか力になってあげたいと思うのが優しさではないだろうか。
それに、彼女は幸いにも魔物や動物専門の医者だ。魔物に属するであろう彼なら、力になれるのではないかと、そう思ったのだ。
「分かりました。でも無理はしないでくださいね? どうしてもだめな時は声をかけてください」
「分かったよ。あ、そうそう、ボクはイバラ。キミは?」
イバラの大きな黒の瞳が、彼女を見つめる。
「私は、モナエです。この森で医者をしています」
「モナエさんね、覚えたよ。じゃあボクの連れてってくれるかな?」
はい、とモナエが返事すれば、微笑むその笑顔はやはり無邪気な子供のようだ。
持ち上げれば、やはり人の頭は結構な重量があるのだと再確認する。斬られた首からは赤い血液が尚流れている。
「本当に大丈夫ですか? 貧血とかは……」
「モナエさんは心配症だなぁ。さっきダメそうなら言うって言ったじゃない」
平気だよ、安心してと言う声は親が子供に向かって言うような優しい声色だった。
「では、行きますよ!」
そう言ったはいいものの、何処に向かえばいいのだろう。
「あの、何処に行ったらいいですか?」
「あー、そうだったね。えっと、モナエさんの右側の方にボクの一部がある気がする」
本当にこんな曖昧な感じで大丈夫なのだろうかと内心思いつつ、右側に進めば本当に腕があるのだから恐ろしい。
「当たると思ってなかったでしょ? これぐらい正確だから体はすぐ集まると思うよ。ただ僕の体全部持ったら重いだろうから、腕はそこに置いといていいよ」
こうして、医者の少女と生首の少年の体探しが始まったのであった。