魔法少女の外道異界録 3
「ここが宿屋です。すぐ裏は酒場になってます」
にっこりと笑ってユズが告げる。
「これで、頼まれてた案内は終わりですね。ほかにはどんなところを案内しましょう」
「とりあえず部屋をお願いします」
次の指示を待つ犬のように目を輝かせるユズを尻目に、榊はカウンターまで言って部屋を頼んだ。
「銀貨1枚で1日、銀貨5枚6日のご利用となっております。こちらは前金でお支払いいただいております。延長の際は、その都度宿泊日数と費用を支払っていただく形となっております」
受け付けの、妙齢の女性が笑顔で対応する。とりあえずは6日分とだけ言って金貨を1枚渡す。
「はい。確かにお預かりいたします。こちらはお釣りとなります」
そう言って金貨を受け取った女性は、代わりに銀貨5枚を差し出してきた。どうやら金貨1枚で銀貨10枚の扱いらしい。
「わたしは部屋を確認したら適当に食事に行きます。案内ご苦労様でした」
振り返って、ユズにそう告げると、彼女はこの世の終わりのような顔をした。
「とりあえずエール。あと、味が濃い肉料理を作れるだけ」
酒場の席に着き、金貨を1枚置いてとりあえず注文をする。可憐な少女に似合わない豪快な頼み方だが、榊はそんなことを気にしない。味音痴ではないが、基本的に自炊は焼いて食う以外の選択肢を取ったことがないために食事が雑になってるのが原因だ。
ちなみに、大体金貨1枚で一般家庭が一月は暮らせるぐらいだ。金額的には大体15万円程度。この結果、一体どれぐらいの量が出てくるか。それを榊が身を持って体験する羽目になるのは少し後の話だ。
「お嬢ちゃん。だいぶ景気がいいようじゃないか」
のんびりと料理が来るのを待っていると、下品な笑みを浮かべた男が5人ほど近付いてきた。独特のアルコール臭が鼻につく。どうやら、既にある程度酔っぱらっているようだ。
「金貨なんて見せつけちゃってぇ、儲かってるみたいじゃねえかよぉ」
「俺たちみたいな恵まれないおっさんたちも、ぜひともお零れに預かりたいんだわ」
「具体的には俺らの勘定持ってくれや。気が向いたら返すからよぉ」
「ついでにアッチの世話もしてくれや。ちっこいくせにいい身体見せつけやがってよ」
次々に話しかけてくる男たち。どうやら集りのようである。榊は魔法使いの中でも魔法少女として分類される。分類と言っても、外見上で分けているだけであるが。それでも、少女といわれるだけあって150cmにも満たない小柄な身長と、それに比例した引き締まった体格をしている。見た目だけなら完全にただの小娘である。
そんな小娘が支払いにすんなりと金貨を出したのだ。それを目撃した男たちは、榊の服装から、偶然大物を掴んだ成り上がり冒険者とあたりをつけ、他にも金目の物を持っているだろうと強請に来たのだ。もしも、榊が現在社会で一般的な少女の服を着ていたなら、どこかの令嬢だと思った男たちは報復を恐れてこのようなことに及ばなかっただろう。もしも、金貨ではなく銀貨で支払いをしていたのならば、リスクに見合わないとして絡もうとはしなかっただろう。しかし、榊はそのどちらでもなく、その結果男たちは酔いの影響もあり強請を決行し、その代償を払わされた。
「―へぶぅ!」
最初に話しかけた小太りの男が宙を舞う。あまりの酒臭さに苛立った榊の裏拳が顔の半分にめり込み、一瞬遅れて男を吹き飛ばしたのだ。
嫌な音を鳴らしながら吹き飛んだ男は頬と顎の骨を砕かれて壁に叩きつけられ、血を流しながら気絶した。
残った男たちは、一瞬何が起きたか理解することが出来ず―二番目に話しかけた男が床にめり込んだ。
裏拳を放った榊が立ち上がり、呆然とした男の顔面を鷲掴みにしたのち、木造の床に思いっ切り叩きつけたのだ。
そのまま頭から床に突き刺さった男は、隙間からヒューヒューと音を零れさせながら小さく痙攣して動かなくなった。もしここの床が石造りであったら、潰れたトマトのようになっていただろう。
ようやく事態を飲み込んだ男たちが一斉に武器を抜く。弱者を見つけて強請ろうと考えるあたり、この者たちはならず者として武器の形態を怠ってはいなかったようだ。
「こ、このアマ―ぁあああああああああ!?」
武器を持ち、一連のあらましを理解した男のうち一人が叫びながら飛び掛かろうとして、絶叫を上げた。
男の握った武器である大鉈が床に突き立てられる。柄は男の大きい手でしっかりと握られており、そのまま視線でたどると、肘で途切れていた。
千切れた部分は黒く炭化しており、周囲には肉の焼けた匂いが漂う。何事かと眺めていた野次馬たちのうち何人かがその匂いに充てられて思わず口を押える。
絶叫を上げた男は千切れた腕を押さえながら、声にならない悲鳴を上げてのたうち回っていた。こちらも肘から先が炭化している。
榊が武器を持った男の肘に一瞬だけ高熱を持った光の玉を発生させ、蒸発させたのだ。本当ならば切断系の魔法で切り落としてもよかったのだが、買えり血で汚れるのを嫌ったため、焼いて止血できる方法で切り落とすことを選んだ結果だった。
「五月蝿い」
悲鳴を上げてのたうち回る声が癪にさわった榊が、男の頭を蹴り飛ばす。首から嫌な音を鳴らしながら男は痙攣し動かなくなった。
3人分の凄惨な光景を見せつけられて、残った2人が逃げ出そうとする。二人が走りだそうとした瞬間、同時に何かに躓き転倒し机に突っ込む。飛び散った食器が床に落ちて割れ、転倒した椅子が大きな音を立てる。
2人が躓いたのは榊が作り出した土の腕であり、今は2人の足をしっかりとつかんで逃がさないようにしている。
「は、はなせ!この!」
足を掴まれていることに気付いた1人が、土の腕を殴りつけ強引に振り払おうとする。殴りつけるたびに土の腕の表面はうっすらと削れ、次の瞬間にはそこを補うように修繕される。それでも何度も土の腕を殴りつけ、既に男の腕は血が滲んでいた。
「逃げたいなら逃がしてやるよ」
榊がそういうとともに、土の腕が崩れ落ちる。それを見て安どの表情を漏らした男が、次の瞬間に絶叫を上げた。
足が無い。掴まれていた足首から先が、土の腕の崩壊とともに崩れ落ちていたのだ。
痛みも、出血もなく、ただ足首から先が崩れ落ちていた。その光景に頭が追い付かず、ただただ悲鳴を上げ続け、それを理解した瞬間に口から泡を吹き出し意識を手放した。
「ゆ、許してくれ…か、軽い気持ちだったんだ…」
残った男が命乞いをする。その表情は酒に依っていて赤くなっていた先ほどとは違い、死人のような真っ青な色をしていた。男のズボンは中央に大きなシミを作っており、そこから異臭を漂わす。その光景に榊は口をゆがめ、周囲の空間ごと男の股間を押しつぶし、そのまま火球で焼ききった。
あまりの激痛に即座に倒れて動かなくなった男に、榊は言い捨てる。
「処理に困るような場所は去勢してやったぞ」
そうやってうっとおしい男たちを蹴散らした榊は、カウンターに向かうとエールはまだかと催促するのであった。