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魔法少女の外道異界録 2

 鬱蒼とした木々が茂る山を眼下に、少女が空を舞う。

 空を飛ぶ少女の脇に抱えるような形で、亜麻色の長い髪の少女が運ばれている。初めての空中遊覧に表情を青白くしつつも、必死で目的へとナビゲートをしている。幸いにも、速度は自転車程度であり、風圧も障壁である程度防いでもらえてるので正気を保てている。それでも、幼さの残る顔は半泣きになってしまっているが。

 「さ、サカキさんはいったい何者なんですかぁああああ!?」

 高所の恐怖を紛らわせようと、少女は自分を抱えている相手へと質問する。抱えている少女―榊は気分よく歌っていた何かのアニメソングを止め、どう説明するべきかと考える。

 (素直に異世界から来た魔法使いって伝えるべきか?でも、魔女狩り文化あったら面倒だしなぁ…。ぁーでももう魔法見せてるか。それでもある程度平然としてたし、魔法自体はあるんだろうな。なら、そこまではセーフか。なら、それだけでいいっか。面倒だし)

 さっくりと脳内で思考を巡らせ、結論を出す。榊にとって、物事は面倒か面倒じゃないかが割と大きなウェイトを占める。

「私は魔法使い。以上」

 「いや!短すぎますよ!というか飛行魔法なんて割とレアなんですよ!?そもそも、なんであんなところにぃぃぃい!?!?」

 少女たちの下ギリギリを、背の高い樹が掠める。素っ頓狂な声をあげて騒ぎ立てる少女に若干苛立ち、落としてやろうかと思うのを堪え、今度は榊から質問をする。

 「こっちからも質問するけど、なんで飛行魔法が珍しいの?」

 飛行魔法は基本魔法だ。魔法使いとして能力を得れば、まずは誰でも飛べるようになるし、飛べなければ魔法使いとして活動することは出来ない。少なくとも榊はそう考えている。

 「ひ、飛行魔法は高度な魔法なんですよ!私は魔法が使えないから詳しくは知りませんけど!制御とか、移動とか、そもそもどうやって浮くかとか!いろいろ難しいらしいです!」

 なるほどな。と榊は理解する。飛行魔法の理論がまだ確立していない。だから、魔法使いごとにゼロから飛行魔法の理論を組み立てる必要があるのだ。同時に、そういって組み立てた魔法を仲間内で共有するといった必要性もない世界なのかもしれない。そう推測を立てる。

 必須な魔法ではなく、あると便利な魔法。そういった立ち位置である限り、この世界では飛行魔法の普及は難しそうだな。榊は結論付けて、それ以上は考えることをやめた。

 「そ、それで!サカキさんは!なんであんな所にいたんですか!」

 少女が再び蒸し返してくる。メンドクサイな。そう内心では思いつつも、まだ人里につかないので暇つぶし程度に簡潔に説明する。

 「転移魔法で飛ばされたの」

 嘘は言っていない。転移の範囲が世界の壁を越えているが、嘘は言っていないのだ。

 「て、転移マフッ!?」

 驚きすぎて、少女が舌を噛む。血は流れていないが、かなり痛そうだ。一瞬、これで静かになるかな。と思考によぎったが、ナビゲーターが居なくなると困るので治癒魔法で治してやる。舌を噛んだ程度なら一瞬で済む。口内炎もすぐ直るので、割と使用頻度は高めだ。

 「ほ、ほぁ!?治療魔法まで使えるんですか!?」

 「また舌を噛みますよ?」

 さっきから驚きっぱなしの少女に、もはや苛立ちを通り越して諦念を感じつつも、そう忠告する。まだ若干の余裕はあるが、本来の魔力から比べれば残りかす程度の魔力しか残っていないのだ。飛行魔法や簡単な治療でも何度も使ってはいられない。

 「す、すみません…。でも、転移魔法って、転移、ですよね?」

 「そうね。瞬間移動よ」

 厳密にいえば、時間空間次元問わずの瞬間移動だが。

 「そんな伝説級の魔法に巻き込まれるって、一体…」

 「もう使えないから安心して」

 何を安心すればいいのか分からないが、もう使えないのも嘘ではない。

 使うための魔力の確保も、魔法を制御するための回路も現状できず、そもそも、同じ規模の魔法を使うにはあの怪物と同格以上のエネルギー源を必要とするのだ。少なくとも、現状は同規模の転移魔法どころか、起動すら不可能だ。精々は行ったことがある場所をマジックアイテムの力を借りてつなげる『中継(ポータル)』ぐらいがせいぜいだろう。この魔法は時間や次元の壁なんて破れないがローコストなのだ。

 「そんなのに巻き込まれて生きていて、そのうえで治療魔法まで使えるなんて、本当に何者なんですか?」

 「魔法使いよ。少し、いえ、とても遠くからやってきた、ね」

 そう言って、強引に会話を区切る。これ以上語れることはないし、語ったところで理解できない。なによりも、面倒だ。そう榊は判断したからである。少女も、それ以上追及するのは諦めたようだ。

 「あ、見えてきましたよ」

 少女が指さした方向には、確かに小さな町が見えた。


 「サカキさん。せっかくなんで案内させてください!」

 「それじゃぁ、とりあえず宿と酒場と換金施設に案内して」

 町の入り口に降り立つと、少女がそう提案する。榊としても、渡りに船だったので即答する。

 頼られてうれしかったのか、任せてくださいと少女が満面の笑みで胸を張る。

 「それでは、先にギルド行っちゃいましょうか」

 そう言って、少女は榊の手を取ると大きな建物まで引っ張っていく。建物に知らない文字で看板が立ててある。それを翻訳魔法で強引に読み解けば、冒険者ギルドと書いてあった。

 (ファンタジーとかゲームみたいだな。いや、魔法使い自体がそんなものか)

 そんな風に一人で納得しつつ、先に入った少女を追いかけるように扉をくぐる。その先では、既に少女がカウンターの前で手を振って待っていた。

 「サカキさーん!こっちですよ!」

 少女が大声で叫ぶ。途端、周囲の視線が榊に集まり、見慣れない姿の少女に怪訝な反応を見せる。

 それを無視して、榊はカウンターに歩みを進める。唯我独尊である彼女は周囲の視線など気にしない。

 「ここのカウンターで、いろいろ売ったりできるんですよ!」

 「いや、なんでユイちゃんが威張るんだ?」

 そう言って、少女が胸を張ると、カウンターの中に立っていた男から突っ込みが入る。栗毛色で短髪の、他にはこれといった特徴がない男だ。

 「ユイ?」

 「え?あぁ~?名乗って無かった!ごめんなさい!私です!」

 榊がそう問いかければ、そう言って、自己紹介する少女―ユイ。榊も特に困って無かったので、少女の名前を聞くことは今までなかった。

 「で、ユイちゃんは山菜の採取は終わったのかい?随分早く戻ってきたけど…」

 「それはもちろん!帰りはサカキさんのおかげで巣く帰ってこれたんだよ」

 カウンターの男がユイに問いかけると、ユイはそう言って事のあらましを説明する。

 どうやら、山菜を取ってくる依頼(クエスト)を受けて山に入り、収穫が終わって帰ろうとしたときに怪物に襲われたらしい。丁度そのタイミングで榊が悲鳴を聞いて駆けつけた。というわけだ。

 成り行きを聞き終わると、カウンターの男が「当分は一人で山菜取りは禁止です」とユイに告げると榊に向きなおって、「この子を助けてくれてありがとうございます」と礼を告げた。禁止令を出されたユイはふくれっ面だが、異議はない様だ。

 「それで、取ってきた山菜は?」

 「あ、サカキさん!出してもらえますか?」

 カウンターの男が肝心のものは何処か聞けば、思い出したようにユイが榊に頼む。榊は無言で固有収納―個人に依存する収納魔法空間―から山盛りに山菜が詰まった背負い籠を取り出すと、そのままカウンターの上に乗せた。その光景に、カウンターの男が驚いて目を丸くする。

 「…マジックバック?」

 「似たようなものです」

 そう呟く声が聞こえたので、適当に肯定する。マジックバックがどんなものかは知らないが、流れ的に収納アイテム的なものだろう。なら、修正するほどのことではないと判断したからだ。

 「珍しいものを持っていますね。なかなかに高名な冒険者様だったりします?」

 「いいえ。そもそも、冒険者とは何でしょうか?」

 その発言に、男だけではなくユイも絶句した。どうやら、冒険者とはそれほど一般的なものらしい。プロのスポーツ選手か会社員かの落差はあるだろうが。

 「それは置いておいて、とりあえずは山菜の引き取りを済ませて頂けますか?わたしも買い取っていただきたいものがありますので」

 ここで説明を受けてもいいが、長くなりそうなので先に目の前のことを終わらせるように促す。

 「あ、あぁ…すみません。それにしても、随分とたくさん採ってきたね」

 「あー、いくつかは残してください!持ち帰って食べます!」

 そんなやり取りをして、いくらか小分けした後、籠をはかりに乗せて重さを調べる。品質は調べなくていいのだろうか。そんなことを疑問に思いつつも口に出さず、榊はその光景を眺めていた。

 やがて計り終えた男は巾着袋にいくらかの硬貨を詰めてユイに手渡す。榊は少しの金貨と複数の銀貨と銅貨が入れられるのを見て、かさばって重いから紙幣がいいのにと心の中で呟く。

 「お待たせしました。改めまして、冒険者ギルドの買取担当、ミシェルと申します。本日はどのようなものをお持ちでしょうか」

 買取が終わって、男―ミシェルが向き直る。

 「これなんだが、買い取れますか?」

 そうやってテーブルの上に出したのは、ユイを襲おうとしていた怪物の亡骸だった。

 5mを超える体躯の熊の怪物。それを、どんとテーブルの上に置かれミシェルは絶句する。所々の毛皮に穴が開いているのは、仕留めるときに使った閃光魔法が原因だ。

 「やはり、傷だらけでは買取は厳しいですか?」

 半ば期待していなかったとはいえ、これだけの大きさなら食肉としての買取ぐらいはされるだろう。そう思い運んできたわけだが、反応がないので榊は買い取れないのか。と落胆の表情を見せる。

 「い、いえ!か、買い取れると思いますけど…バ、バーサクベアー!?そ、相場は…ちょ、しばらく待っててください!」

 そう言って奥へと走っていくミシェル。よくわからないが、言われたとおり待つことにする。周囲の視線が巨熊に集まっているが、気にしない。たぶん、割と珍しい熊だったのだろう。

 「お、お待たせいたし、ました!バ、バーサクベアですね!?買取金額ですが、金貨35枚になります」

 そう言って、ジャラジャラと音がする巾着袋が机の上に置かれる。ごとりと重量を感じさせる音が、もはや誰もが沈黙しているギルド内に響き渡る。

 「せ、説明させていただくと、バーサクベアの相場は金貨50枚なんですが、こ、こちらは毛皮と肉に複数の穴が開いておりまして、いわゆる傷物になります。も、もちろん普通は刃物でついた傷などに関しては金額に影響しないのですが、今回は大穴がしかも複数開いているせいでどうしても値段に影響してしまいました。申し訳ありません」

 何も悪いことをしていないはずなのに、最期には頭を下げるミシェル。榊はそんな彼を横目に、受け取った巾着袋の中身を確認して確かに35枚あることを確認すると、無造作に固有収納に投げ入れた。

 (今度からは値段に影響させないように最低限で済ませるか)

 そんなことを考えつつ、「それでは、お邪魔しました」といって冒険者ギルドを後にする榊とユイ。そんな二人を後ろ目に、誰かがぽつりとつぶやく。

 「Cランクの魔物を…何もんだあのお嬢ちゃん」

 紫髪の凄腕少女の噂が広まるまで、それほど時間はかからなかった。

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