プロローグ
「やった!やりました!」
激しい轟音とともに、巨大な怪物が砕け散っていく。
周囲一面を残骸と化し、無数の人命を食らった口からは、もはや弱弱しい吐息した出てこなかった。
周囲を取り囲むのは300を超える少年少女たち。その全てが、特殊な衣装に身を包んで宙に浮かんでいる。
通称『魔法使い』と呼ばれる彼ら(彼女ら)は、それぞれが異世界の力を身に着けた、文字通り魔法を使って怪物を倒す戦士たちだった。
力の源は多岐にわたり、精霊と契約したものや、異世界の兵器を使うもの、特殊な科学技術に適合しそれを扱うものなど無数に存在する。
そんな彼らが世界中から集まり、何百人もの仲間の犠牲を出しつつ作り上げた超がいくつもつく特級の大魔法により、遂には特殊災害級の怪物を仕留めたのだ。
確実に致命傷を与えたのを確認した彼らは、大歓声の中、雄たけびを上げたり、近くの戦友と抱き合ったりと勝利を分かりあっていた。
激しい激戦だった。一般人も、魔法使いも問わず、無数に犠牲は出た。戦場となった街が復興するのには、一体どれだけの年月が必要か分からない。怪物の残した影響で、世界中に発生した異常気象の爪痕もいつまで残るのかは分からない。だけど、この瞬間だけは、勝利を分かりあいたい。誰もがそんな気持ちで、ゆえに見逃していた。
怪物は致命傷を負った。残り幾何の命もないだろう。だが、まだ死んではいないのだ。
全力を振り絞り、もはや指一本も動かせない怪物。だが、動かずとも、道連れは作ることができる。
その身はそもそもが暴虐の化身であり、破壊の限りを尽くすだけの存在。怪物は、ただ全てを壊すだけに存在し、その過程で自らの命など勘定に入っていない。つまり、死んでも全てを壊すことが存在意義なのだ。
ゆえに、存在する。古今東西の悪が散り際に行う様式美であり、古典的ではあるが確実に一定の成果を持つ技。―自爆。
違和感に気付き、再び向かい合った時にはすでに手遅れだった。自壊を始めた巨体の奥には、世界中を滅ぼしてなお、余りある膨大なエネルギーが蓄えられている。それを、最期の力で一気に解放させようとする。
慌てて止めを刺そうと杖を構える少女に、大剣を持った少年が静止をかける。すでに、臨界寸前のその身体に下手に刺激を与えれば、即座に爆発するだろう。いや、下手をすればそのエネルギーを巻き込んでさらに被害は広がるかもしれない。かといって、このまま手をこまねいていても、結局は自爆を許し世界が滅びる。
それを阻止するために、全員が力を合わせて結界を張ろうとする。自爆の衝撃を封じ込め、最小限の被害に留めようと考えているのだ。それでも、良くてこの国は亡ぶだろう。結界を張るためにこの場に残る魔法使いの命の保証もない。否、確実に死ぬだろう。だが、全員が全員、それが最善だと頷きあい、結界を張ろうとして―瞬間、一人の影が怪物を貫いた。
誰もが満身創痍のこの惨状のなか、わずかな埃程度の汚れしかついてない少女が、怪物に肉薄したのだ。
『■■■!!』
誰かが叫んだ。彼女はこの戦場を最初から最後まで戦い抜き、戦線を支えぬいた一人。その性格と気性ゆえに、遂には誰ともチームを組まず、孤高の最強と呼ばれた少女。この怪物を数多の怪物の中の例外的な化け物とするならば、彼女は無数の魔法使いの中の埒外の存在だった。
「最後の最後で詰めを誤りやがって!!!この半端者どもがぁああああああ!!!」
彼女の怒声が響き渡る。彼女は苛立っていた。自分が本気を出せば対等以上に戦えるし、倒すこともできただろう。だが、周囲への被害が今以上に膨大になる。彼女としては、周囲の被害はどうでもいいと考えてはいたが、流石に国が亡ぶ被害まで行くと周囲が許容しきれなかった。ゆえに、彼女は時間稼ぎと周囲への被害を最小限に抑えるための囮兼サポートに回った。その間に特級の術式を完成させれば倒せる算段があると聞いていたからだ。それを信じ、多少の漏れは出たが、こうやって都市一つ程度の犠牲まで抑え込んだのに、だ。その特級魔法は怪物を仕留めきれず、こうやってさらに甚大な被害を出そうとしている。こんなことならば、制止を振り切って自分が叩き潰せばよかったと思う。
彼女は感じ取っていた。この自爆はたかが300人程度の結界では抑えきれず、その範囲は宇宙単位で吹き飛ばす。それに気付いているのは自分だけである。ゆえに、一番取りたくない最善手を選んだ。
「悪いなデカブツ。お前の最後っ屁、使わせてもらうぞ」
若干の幼さを残しつつ整った顔立ちに狂暴な笑みを浮かべつつ、紫色のサイドテールを揺らす。彼女が使う魔法は、自らが作り出した特殊魔法。転移魔法を応用し、時空や異世界など見えない壁を突き破って移動できる魔法だった。
この魔法は、注ぎ込むエネルギーによってそれこそ宇宙が滅んだ後だろうが、無数の全く違う並行世界だろうが移動できるというものだ。ただし、絶望的な欠点があるがゆえにこの魔法は作り上げてから数える程度しか使われたことはない。
絶望的な欠点。それは、制御が難しく、身体と魔力への負担がほかの魔法と比較にならないほど高いことだ。
自分の魔力を使って、ほんの数時間程度移動するだけでも精いっぱいである。この魔法を使えば、全身が引き千切れ、さらには使用後魔法もろくに制御できなくなる。魔力を蓄えるための魔核にも幾つか罅が入り、使える魔力も一気に減る。これは魔法の発動に対する代償であり、発動させたのちさらに魔力を込めなければ転移が完了しないため、ほとんど残っていない魔力での転移は必然的に数時間程度が限度となってしまうのだ。
今回は、この魔法を発動させたのちに転移にこの膨大なエネルギーを使うつもりだった。
ただし、今まで行先を制御できていたのは自分の魔力を使っていたからであり、それでも辛うじてでしか制御できなかった。今回使うのは全く別物のエネルギーであり、使う規模も今までと比較できない。ゆえに、行先など全く制御できず、使えば帰ってこれないだろう。
それでも彼女は躊躇わない。別に、魔法使いのプライドとかではない。この世界自体にも執着はない。家族は昔、怪物に食われて死んだ。残った姉妹は怪人共に辱められたのち、見るも絶えない姿で死体で見つかった。そんな世界に義理立てする筋合いはない。ただ、怪物が気に食わない。それだけだ。両親も姉妹も失った彼女は怪物を仕留めるためにあらゆる手段を用いた。あらゆる手段を為すために、既存の魔法使い全てを束にしても及ばない力を身に着け、それにより新たな手段を生み出し続けた。彼女にとって、この転移魔法すら、怪物を仕留めるための手段の一つであった。ゆえに、躊躇わない。
「キヒ、キヒヒヒヒヒィィィイイ!!」
魔法が発動し彼女の口からけたたましい、不気味な笑い声がこだまする。すでに全身の血管は弾け、筋肉は断裂している。皮膚は所々が裂け、そこから鮮血が飛び散る。魔法使いの再生力は並外れてるとはいえ、全身が引き裂かれる激痛は通常では耐えれるものではない。それでも、彼女はより一層高笑いを続ける。
「空!振!」
怪物の膨大なエネルギーを奪い取りながら転移魔法につぎ込む。これからひたすらエネルギーを奪いながら使い続けなければならない。それに、怪物がちゃんと滅んだことを確認しなければならない。ゆえに、一緒に自分も転移される。
空間が揺らめき、巨大がウネリとともに一人の少女と一体の怪物が飲み込まれる。
「サカキさぁあああああああああああああああああああああああん!!」
怪物とともに消えてった少女の名前は、風と共に廃墟に消えていった。