おとなりさん
「悪魔さんの異世界体験記」のエイプリルフールネタ。
読み返してみたら普通にオリジナル状態だったんでオカルトっぽく仕上げて独立短編に。若干風刺入ってまス。
ある者は言った。主張する者は証明を要し、否定する者は要しない――と。
対するは、証明が出来ないからそんな逃げに走るのだろうの一言。
多分に詭弁と結論ありきな瑕疵は見られども、人の歩んできた歴史を顧みるに神の存在証明を曲解した宗教的・社会的大変動による類似例は数知れず。魔女狩りなどはその最たるものだろう。
ある者は言った。そういった衆愚の極みたる神の証明を求める行為そのものこそが悪魔の証明ではなかろうかと。成程、言い得て妙だと私は思う。ならば実在する証明を如何にして立てるか、これが凡庸である私にはまた難解な命題だ。
さて、本日もまた悪魔の証明へと挑戦する事になりそうだ。せめて何かしらの成果が見られれば嬉しいのだが―――
―――とある男の手記より
ある週末の深夜、独身貴族な俺はいつも通りに酒を片手にツマミ代わりのオカルト掲示板を覗いていた。
目についた新着記事を片っ端から読み漁り、構成が雑だの展開が突拍子もなさすぎるだのと管を巻き。ごく稀にぞっと震え上がってしまうお宝記事に辿り着いては小さな創作世界へと入り込み、週末の夜を楽しむツールとして活用する。そういった生産性の無い時間こそ俺の楽しみの一つであり、若干の侘しさに沁み入りながらも有り得ない非現実を夢想する。
そんなひと時を満喫する最中、ふと何らかの妙な気配を感じるというか「そこに居る」そんな気分に陥る時がある。
卓上時計に目を向けてみれば時刻は午前の二時五分。デジタル表記では些か趣に欠けるものの、紛う事無き丑三つ時というやつだ。
試しにテレビを付けてみたが、どのチャンネルも空気を読まずにやたらハイテンションに語る深夜のテレビショッピングや明日のお天気情報が流れるばかり。一昔前は試験電波や砂嵐からの不可思議現象、なんて想像力を膨らませるに足る要因も手軽に見繕えたものなのだがね。便利と不便は必ずしも対語になり得ないという事か。
少々気が抜けてしまった俺は夜食代わりに軽いツマミを作る事にする。一人用の小さな冷蔵庫を開け使えそうな素材を物色していると、都合よくジャーマンソーセージの買い置きが見つかった。二食分、か。
どうせならとことん濃い味に炒めて一人酒を進ませるのも悪くない。そう思い調味料を見繕ってみれば、これまた綺麗に二食分も使えば空といった残量。起きたら郊外の量販店にでも車を回して色々と買い込んでこないとな。
「――ふむ」
気付けば何故か二食分をまとめて作ってしまっていた。昨夜は出先の軽食で済ませたきり何も腹に入れていない事だし頑張れば食えなくもなさそうだが、これも何らかの虫の報せってやつかね。俺は躊躇うことなく二つの皿に選り分け、テーブルへと配膳する。
強いていうなればこの変わり映えのないくそったれな日常に乾杯――そんな自虐的な台詞を吐きながら二つ目のグラスにも酒を注ぎ、居もしない相手との杯を交わす。数年前にはこんな軟弱な真似をする自分など想像すべくもなかったものだが、当時よりも少しだけ齢を重ねた今になって多少理解出来てきた趣の妙ってなやつかね。あるいは俺も、数十年後には盆栽でもやっていたりするのかな、などと取り留めもない事を考えながらに再び掲示板の記事を漁り始める。
―――やはり「いる」な。
決してオカルティズムに引きずられた訳ではない、と思いたい。しかしどう考えてもそれとしか思えない妙な視線というか、もやっとした感情の発露を身近で受けている錯覚というか、ともかくそういったものを感じる気がする。
誤解無きよう言わせて貰えば、俺としては直接的間接的に関わらず、自分そしてその周囲に害さえなければそんなものは気にしない性質だ。だから殊更に悪霊退散と震え上がってみたり、迷える魂よ神の御許へなどと嘯いた偽善を発揮するつもりは毛頭無い。むしろ生まれてこの方そういった現象とは無縁であった自分が幻想と思っていたそんなモノに出逢えたという奇縁に、ただただ喜びを覚えるのみだった。
さて、願わくばこれが深夜に見た泡沫の夢の類ではありませんように。それとどこぞの武家屋敷のごとくリヘナラたん級が出てくるのだけは勘弁な!とまぁ、そんなオカルト板の影響を受けまくった妄想を垂れ流しつつ、定例の記事漁りを繰り返す。
そんな中、幾つか分かってきた事がある。突発的に霊感に目覚めたらしき俺の付近には相変わらず何かが居る気がするんだが、よくよく落ち着いて探ってみれば「そいつ」の意識とでもいおうかな。それが向く対象は俺そのものではなく、その……何というか。
まことに締まらない話ではあるが、新たな記事を開くたびに心躍る様子とでも言おうか、そういったものを強く感じる気がするんだ。これはもしや「そいつ」も同じく記事を見てあーだこーだと一喜一憂していたりでもするのだろうか。
そう考えてみると、なんだか無性に笑えてしまう。たまに次の記事へ進もうとすると「まだ読み終えてねーよ!」的な強い気配を発したりと、おとなりさんも中々に良い趣味をしていらっしゃるようだ。たまの休みのふとした日常の最中、そんな他愛もないモノが俺達の見えない場所に居る――そういった夢想に浸るのも悪くはない。
その後も暫しを飲みながら、ほろ酔い加減で掲示板を漁り続ける。頭も大分緩まってきたところでふとある悪戯を思い付き……これを実践してみたら、おとなりさんは果たしてどの様な反応を示してくれるのだろうかね。そんな好奇心を胸に関連記事を検索し、気分を引き締め準備を整える。
まずは一糸まとわぬ姿となりて几帳面に服をたたみ、然る後に正座にて待機。精神を充分に集中させた後に患部にボルタレン、は生憎と切らしているので某ボーカなロイドに倣い賞味期限の切れた長ネギで代用する。く、これは沁みるぜ……。
ベッドの昇り降りに関してはそうだな、こんな深夜にドスバタと響かせては周りの部屋の迷惑になってしまうし、やや段差が心許ないが手近の健康竹踏みマットで代用するとしよう。
いざ、儀式へ。実演前に心の平静を意識して、仁王立ちになり中腰の構え。
「ア"ッー、びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピアッ!!」
うむ、これは良い。実際にやってみると案外身体が引き締まり、気分も高揚してくるな。どうせだから手引き通りの尻に限定することなく、乾布摩擦の要領で全身を張り叩いてみるとしよう。
「びっくりするほどユートピア!びっくりするほどユートピア!うっ……ふぅ」
なかなか良い汗をかいた。さて、おとなりさんの反応はどうだろうか。傍らを振り向けばそこにはもぬけの殻となってしまった空虚な空間。おお、除霊は見事に成功したらしい。これは画期的な手段を見つけてしまったな!
そう思い去りゆくモノへの黙祷を捧げていたらいつの間にかモニターの前におとなりさんの気配が戻り、はよ次のページを開かんかいと言わんばかりの空気が漂ってきた。どうやら呆れて一時退席をしていただけらしい。
―――PRRRRRRR。
「こちら心のイケメン404号室……あっ、はい。すみません、以後気を付けます」
ついでに大家さんから電話がかかってきた。どうやら深夜に頭悪い叫び声を上げ続けたせいで苦情が寄せられてしまったようだ。このおまじないはただの都市伝説、っと。
次は何を試してみようか。この現状はいわゆる「憑いている」というやつなのだろうと心躍らせつつ、適当に検索ワードを打ち込み関連記事を漁ってみる――お、出たな。
「これ、どう思うよ?」
いつしか誰が居るとも見えない空間に一人声をかけながら「お憑かれさま」という題が付けられたスレッドを大真面目に読み進めていく。ふむ、まずは部屋の電気を全て消し、コップに水を入れてからある呪言を口にし水を飲む、か。
いざ実践しようとしてみたところ、おとなりさんがまたまた呆れた感じの空気を醸し出してくれる。その反応を見る限り、こういった存在となっても案外、生前の常識というものは変わらないみたいだな。そんな奇妙についつい含み笑いを漏らしてしまいながらも水代わりに入れた酒を一気に飲み干した。
「ぐっ!?」
やはり素人が呪術的儀式を無闇に扱うのは危険だったか……胸が締め付けられる苦しみを味わいながら脂汗を流していると、いつの間にかモニターに映り込む急性アルコール中毒の検索結果。リアルポルターガイストきたこれ!などとずれた感動を味わいつつも極めて現実的かつ自堕落な死因の指摘にやるせなさを感じ、気合いで三途リバーへの片道ツアーより舞い戻った俺は用意していたぬるま湯をがぶ飲みする。
「うげぇ~、げぼっ……ふぅ」
とんだ目に遭っちまったぜ。心なしゲロ臭くなってきた部屋の空気を入れ替える為に窓を開け、気分転換も兼ねて般若心経を唱えてみたら隣の部屋から壁ドンされた。つくづく世知辛い世の中になってしまったものだ。
その後もこれ幸いとおとなりさんがいる状況を利用してあれこれ検索してみるものの、案外自室系の面白ネタは多くはないらしい。ようやく見付けた「ひとりかくれんぼ」なるものを実践しようと時計を見れば、午前三時四十分。少々時間は過ぎているものの、ぎりぎり三時台と言えなくもないだろう。
つい先日に終了したけものなフレンズへの鎮魂を胸に、ぬいぐるみ替わりに取り出した自作のハシビロちゃんフィギュアの内部へと然るべきアイテムを詰め込んでいく。今の俺の外面だけを見ればZENRAで正座をしながらお医者さんごっこでスカートをめくり息を荒げているアブないおっさんにしか見えない事だろう。ハシビロちゃん可愛いよハァハァ……。
まずは風呂桶の替わりに深めの洗面器へと水を張り、その中についでの洗浄液を入れた後にハシビロちゃんを投下。これで定期洗浄も兼ねられるし一石二鳥というやつだな。
説明書き通りに部屋の電気を全て消した後、テレビショッピングの流れる画面のみをオンにしてから過去の神砂嵐に思いを馳せ十秒間目を瞑る。
「これも時代の流れというものか……」
無論のこと、刃物で刺すなど論外だ。丹精込めて作った愛しのハシビロちゃんを傷つける奴ぁこの俺が許さんッッッ!という訳で代わりにpieタッチをするに留め、あらかじめ決めておいた隠れ場所への潜伏を開始する。説明通りであればそろそろ心霊現象が起きてもおかしくはない筈だが……。
耳を澄ませば相も変わらずテレビショッピングの甲高い社長声。代替わりしてもあそこの社長はうるせーなぁ、お蔭で異音なんか全く聞こえなかったぜ。
仕方が無しに隠れ場所から出てみれば、洗浄剤の泡も消え始めて無垢なジト目でこちらを見続けるハシビロちゃんの姿。そういえばハシビロちゃん、どっち向きに置いたのか覚えてなかったから動いたかどうかも分からんな。
他に異常はないものかと部屋の中をチェックしてみたところ、勝手にPCのモニターが点いているのを発見。だがしかし画面を見てみると「コトリバコ」のスレッド。これはきっとおとなりさんが暇を飽かして勝手に見始めたものと判断し除外。
「うーん、特には異常ねぇかぁ」
そんな俺の呟きに、何故だかおとなりさんより向けられる更なるアンニュイな気配。まぁいいや、ハシビロちゃんへ対する勝利宣言の代わりに全身へのお肌ケアを施し、全ての工程を完了する。
「ふわぁ~……寝るか」
フィギュア専用の乾燥台にハシビロちゃんを安置した後になり、自然と出てきた大あくびに身体の疲れを自覚する。少し悩みはしたものの、自分のコップに残っていた酒を懲りずに飲み干した俺はそのまま床に身体を横たえた。途端にどっと疲れが押し寄せ、もう瞼を開けるのも億劫になってきた。少しばかり肌寒くはあるものの、まぁ部屋の中でなら大事に至りはすまい。
「よっし、おやすみぃ」
《――おやすみ》
意識を手放すその直前に、どこからかそんな可愛い声が聞こえてきた気がする。ふひひ、これで俺もいっぱしの霊体験ゲットだ…ぜ……。
「――んぁ?」
窓より入り来る朝の恵みに目の奥を刺され、その刺激により俺の意識は朧げながらも覚醒を果たす。えーっと、俺は何をしていたんだっけ……。
いつの間にやらかぶっていた毛布を剥がし、一先ず部屋の中を見回してみる。まず目についたのがテーブルの上に置かれた洗面器。あぁそうか、また酒の勢いに任せて阿呆な事をやらかしていたんだった。見ればテレビの電源には赤ランプが付きっぱなし、PCもスリープモードで―――
「――あれ?電源、消えてんな……」
そういえばうろ覚えな記憶では窓も開けっぱなしで寝た筈だが……鍵もしっかりしまっているな?
暫し腕組み首を傾げるもやはり記憶がおぼつかない。まぁ思ったよりも随分と酒に飲まれていたって事なのだろう。それ以上を考える事もなく、テーブルに置かれた二人分の空コップとつまみの皿を抱えてキッチンスペースへと配送する。軽く洗濯物を干したら目覚まし代わりに散歩に行くとしようかね。
「あら自称イケメン君、おはようさま~」
「おはようございます。なんか昨夜は騒いじゃったみたいでさーせん」
アパートの入り口へと差し掛かったところでオネエな大家さんと遭遇。昨夜は若干騒いでいた自覚があるのでまずはご機嫌取りのご挨拶だ。
「良いのよ~。あそこの部屋はほら、色々あるものね。ここだけの話、オタクの両隣も耐え切れずに逃げ出しちゃったものだから、あの部屋って何かあるんじゃないかしらって次の借り手も見つからなくてね~」
「はぁ、そっすか。俺としちゃ陽当たりも良いし、随分と良物件だと思うんすけどねぇ」
続きそこそこの時間を大家さんとの世間話に費やし、改めて散歩を開始する。あぁ、今日も俺の周りは変わらぬ平常が巡り続けるらしい。
「無い」ものを証明するには森羅万象を解き明かす必要がある、とはよく言ったものだ。こうして俺は唯一の「在る」を見つけるその日まで、変わり映えのしない日々を歩み続けるのだろう。
あぁ、一度でいいから超常現象というものを体験してみたいものだ。
ハシビロコウちゃん可愛いprpr