神の御前
我々は神の鏡写しではない。まして神ではないのだ。
最も長い夜の日より六回目の満月が昇り、朝日が六度昇ってから六つの刻が廻った頃。小さなあばら家から産声が聴こえた。
悪魔の数字を持って生まれた赤子につけられた名は、プルートゥス。冥王プルートに由来するものであった。
古代。人と獣が交わり子を成すことを許された時代。
ローウェルとその妻ヴェネチアも例に漏れず、異種間での婚礼であった。
妻ヴェネチアは獅子であったが、プルートゥスはほとんど人の姿で生まれた。しかしその姿は獅子である母親には勿論、金髪碧眼の父親にも似ず、漆黒の髪と炎を宿した瞳を持って生まれた。
それでもヴェネチアにとっては可愛い息子である。彼女が彼を愛おしそうに覗いた時だった。
彼女の体を赤き炎が包んだ。
その正体はプルートゥスの産声だった。彼の瞳は炎を宿すに飽き足らず、彼の産声を炎に変えてしまったのである。
母ヴェネチアは彼の炎に焼かれ絶命、あばら家も崩壊。地獄の業火のような炎の中、プルートゥスだけが、死神に祝福されるかのように生き延びた。
父ローウェルは恐れながらも、妻の遺産を育てることとなる。
しかし実の親からも恐れられた子供が真っ直ぐに育つはずもなく、彼は死者のような暗い青年へと育った。
プルートゥスは炎を宿すだけでなく、その名に違わず死者の声を聞くことができた。しかし、彼はそれを知らず、自分が狂っているのだと思っていた。父親は彼と口を聞きたがらなかったから、彼は自分の出生の秘密も強大な力も知らぬままだったのだ。
稀なことに、大人になってもプルートゥスの姿はほとんど人のままだった。父は安堵したが、それでも息子の姿は自分とはまるで違った。直毛のはずの自分とは違い、息子の髪は炎のように揺らいでいた。肌は土気色で、淀んだ雰囲気を孕んでいた。ただ、彼の赤い瞳だけが、悪魔のように爛々と輝く。
やがて、時世が変わり、異種間の婚礼は疎まれるようになる。
異種間の子は往々に人の知れぬ力を持つ事があった。以前は神の贈り物として捉えられていたが、人々はそれを忌むようになる。
古来、人にとって獣は下位の存在でしかなく、獣の血が流れる間の子もそれと同じであった。その下位の者が我らより力を持つなど有り得ぬ。その考えが蔓延したのであった。
異種間での婚礼は禁じられ、その罪を犯した者は死刑となる。間の子は人として生きるか獣として生きるかの選択を迫られ、どちらにせよ力の使用を禁じられた。
プルートゥスはその中で、ようやく事実を知った。そして、彼は大勢の人の前に連れ出され、裁きを受けるような形で、選択を迫られた。
その光景は、まるで神の審判のようであった。