さあ、神を狩りにいこう!
「ひぃ、ふぅ、みぃ…………小隊が10の、掛ける10……ってところかな?」
「おぉ~久々の中隊じゃないか!? 楽しくなりそうだ」
「交易都市を襲うってなると、流石に規模も違ってくるか」
「1人頭、百ちょいがノルマだな」
「正確には111体、一人だけ112だけど」
「そんな細かい事はどうでもいいのよ!? あんた細か過ぎ!」
「そうだな。ノルマは100。残りは早い者勝ち。いつも通りで問題ない」
「さて意味もない取り決めが終わった所で…」
「あぁ、そうだね。……さぁ、神を狩りに行こう」
◆
愚直な程に一糸乱れぬ行軍を見せる、総勢一千の軍団。
兵士は全員が白銀の鎧で全身を覆っており、右手には突撃槍、左手には身の丈程の大盾という完全武装。いかにも騎士然とした佇まいはもはや懐古的だが、特筆すべきはその出で立ちよりも、装備の材質にある。鋼を上回る硬度を持ちながら打ち延ばせばガラスの如く砕け、そしてその輝きはさながら銀の如し。対魔性にも優れたる繊細なる金属の名はミスリル。それを用いて作られた鎧には剣で斬り付ければ刃が潰れ、鈍器で殴ればその衝撃は攻め手側に跳ね返る事だろう。盾の持つ防御力など説明不要、槍の破壊力にしても言わずもがな。
まさに、<神の軍勢>と呼ぶに相応しい死と破壊を撒き散らす理不尽の体現者達。
100体で1編成の小隊が全部で10隊、総勢1000体で編成された中隊が、漆黒の軍用馬に跨って先導するように先頭を移動していた<八神将>が一角、『武勇』を司る将軍ガーランドの右手を挙げる動作一つで、淀みなく停止する。
ガーランドの鋭い眼光が、目前――およそ500m前方に立ち塞がるように一列に立ち並んだ『敵』を捕らえる。
そして徐に右腰に拵えた専用のサーベル――握り手をガードする為の護拳と呼ばれる枠状の鍔で覆われた片刃の湾曲刀を抜刀。天を突くようにそれを掲げ、叫ぶ。
「邪魔者を排除し、都市を殲滅せよ。偉大なる絶対者にして我らが父君、そして我らの先導者<四神騎>が1人、ペイルライダーに代わり、我『武勇』の<八神将>ガーランドが貴様らに命ずる。命無き人形共よ。意味なき命を消し、何も生まぬ無用の地を蹂躙せよ。命を惜しまず、目につく万物を破砕せよ。我らの所業、その全てを天上の御身らに捧げん。……総員、突撃!!」
行軍中も不気味な沈黙を守ってきた鎧兵達が、その号令を待ってましたとばかりにあらん限りの雄叫びを挙げ、前方に槍を構えて突撃していった。
◆
「何とも運がいいな。まさか将軍が出張ってくるとは」
「しかも、<八神将>の称号持ちだ」
「交易の要だからな。それだけ重要視したんだろうさ」
「と言っても、まぁ、やる事は変わらないんですけど。ね? リーダー」
「その通り。やる事は変わらない。んじゃ、ベネディクト。いつもの号砲、よろしく!」
◆
この集団のリーダー格の男に気軽に肩をポンと叩かれて前に押しやられた人物の名はベネディクト。
およそ荒事に向くとは思えない細身の彼は、事実、一対一の白兵戦では自分の半分以下の年齢の者にも負ける可能性が高いくらいの実力しかない。だが、それで問題ないのだ。なにせ彼は決して敵に近づく事はないのだから、白兵戦になどなりようがない。近接格闘が壊滅的でもなんら問題はなかった。彼は後衛に特化した戦士である。
そして、そんな彼が持つ武器が<ゼウスの雷霆>。見た目は長さ約30㎝、直径に至っては1センチにも満たない単なる細長い棒。しかし、その性能は天候に作用して雷雲を呼び込み、所持者の指示する場所を遥か上空から落雷によって狙撃する、いわば雷を支配する為の指揮棒。『神の百選』と呼ばれる武器ラインナップのNo.35にナンバリングされる対神兵装、雷を呼ぶ兵器であった。
「まったく、いつもいつも気軽に言ってくれますね。では、僭越ながら」
そう言いつつ、ベネディクトはオーケストラの指揮者よろしく<ゼウスの雷霆>を高らかに掲げ、そして振るう。
刹那の瞬間。
雨雲一つない晴天は見る見るうちに変貌し、ベネディクトが振るうそれに呼応するように天が爆ぜ、大気を引き裂くように一筋の稲妻が目前に迫りくる軍勢の一角へと突き刺さる。耳を劈く轟音と共に大地が揺れる。突然の落雷を受けた敵軍の一角が紙屑のように吹き飛ばされ、たったの一撃で数十体をまとめて薙ぎ倒す。敵兵が金属鎧で全身を固めていた事と、なにより密集隊形が仇となった形で、被害が尋常ではない。
「まだまだ、行きますよ」
その言葉通り、ベネディクトは更に二度、三度と雷霆を振るい、雷を通していく。
通算五度目の攻撃で一先ず、ベネディクトは攻撃を中断。「僕のノルマはこんなものですかね」と、眼前の様子を注視する。
だが、そんな彼に横やりを入れたのは背後からの仲間の一声。
「5発中、直撃は3体。感電等の二次被害による被弾は145体。そのうち、消滅数は95体。残念だけどノルマ不達成だよ、ベネディクト」
◆
一瞬、苦い顔をしたベネディクトだが、その声の主の性格を知っていた彼は務めて冷静に後方にいる”彼”に苦言を呈する。
「数字に関してホントに神経質な子ですね、レオン?」
「神経質じゃないし、見れば分かる真実を言っただけだよ」
睨んでいるわけではないが何とも冷めたベネディクトの視線を受けながら、少年・レオンは淡々と答える。
むしろ、それ(ベネディクト)に同調し、声を荒げたのは右隣に佇んでいた少女の方。
「あんたは、いつもいつも数字、数字で煩いのよ。ちょっとのミスをぐだぐだと」
「君はもっと細かく物事を考えた方が利口だと思うよ、リオン」
リオンと呼ばれた少女のフォローになっているようでむしろ傷を抉るような発言にベネディクトは軽く頬を引き攣らせるが無言を貫く大人の対応。一方、レオンの方は淡々と彼女に言い返し、それを受けてリオンがさらに逆上する。
リオンとレオン。一見紛らわしい名を持つ双子の姉弟のいつものやり取り。大まかな姉(
リオン)と、神経質な弟。念の為に言っておくが、性格的に正反対な二人だが普段から仲が険悪という事はなく、姉弟仲は一応良好である。
「じゃれるのは良いから、初めてくれる?」
そして、この集団において彼女らの姉弟喧嘩の仲裁に入る自然と人物も決まっており、今、喧嘩に突入しそうになった二人に飽きれの感情を滲ませて発現したのも彼女であった。
「別にじゃれてない! 分かったわよ! さっさと仕留めるわよ、レオン!」
「そうだね。時間は有限だし、僕は僕のノルマをこなすとしようか。……あと、同調するわけじゃないけどじゃれてるつもりはない」
一方は不満を滲ませながらも意外と素直に、もう一方も淡々としかし反論する事は忘れずに戦闘の準備に取り掛かる。
もっとも準備と言っても両者共に大した手間は掛からない。リオンは白い長弓を構え、レオンは腕に装着した黒い弩で敵に狙いを付ける。
「それは悪かったね。では初めておくれ」
仲裁者が肩を竦めれば、この時ばかりは姉弟は揃って「言われなくても」とセリフをハモらせ、攻撃を開始。
◆
まず先制したのは黒い弩――<アポロンの弩>を所有するレオン。いつの間にか台座に矢が装填されている弩を敵軍の中頃に向け、掛金を引き絞る。ただの弓と比べて命中精度に優れる弩の特性を無視し、なおかつ彼の性格に反した大雑把な射撃であるが問題ない。
弩から解放された矢はビュンという風切り音と共に一直線に敵軍のど真ん中に飛来するが、その最中でその先端、鋭い鏃に赤黒い火が灯り、着弾すると同時に爆発を引き起こした。
自動装填される火矢を撃ち出し、大砲でさえ足元にも及ばない破壊力でもって敵を爆撃する。これこそが神殺しの兵器『神の百選』№56<アポロンの弩>が持つ力であった。
爆発による土煙が晴れる頃、着弾地点にはその破壊力の凄まじさを物語ような5mを超える窪みが出来ており、糸が切れた操り人形のような敵兵達が無造作に投げ捨てられやがて大部分が消滅していく。
◆
「あんたの対神兵装ってホント大雑把よね」
先手をレオンに譲ったリオンがそう嫌味を言うや、今度は自分の番とばかりに白い弓――<アルテミスの聖弓>の力を解放する。
すると全長が2m越えの長弓に張られた弦がさながら月光のような色合いで染められ、そのままレオンはゆっくりとした動作でその光る弦を引き、<アポロンの弩>同様に弓にはいつの間にか生み出された光の矢が番えられる。「ふっ」という一息と共に弦から手を離し、ヒュンという澄んだ音を鳴らして光の弓は放たれる。
大雑把で短気な彼女とは相反する、ともすれば神聖さすら漂う聖弓の一撃。放たれた矢は空中でその輝きを増し、一本の矢は弧を描く軌道が下に差し掛かると共に一気にその数を百にも二百にも分裂させる。一本しか無かったはずの矢は、さながら光の雨となって敵に降り注いだ。矢の一本や二本ではどうという事のないミスリル製の鎧を着込んだ敵兵も雨のような矢を浴びせられれば成す術もない。
対神兵装『神の百選』№57<アルテミスの聖弓>。一本の矢を無数の矢へと分裂させて広範囲を射抜く光の降雨を発生させる、それが聖弓の持つ力の正体であった。
連射性能が無い代わりに一撃の破壊力に優れる№56<アポロンの弩>。一本一本が持つ破壊性能の低さを圧倒的な弾幕で補う№57<アルテミスの聖弓>。数々の対神兵装を生み出し『神の百選』を用意したとされる”神”なる者によって対で創られたと言われる二つの神殺しの弓。激情家な姉が破壊力に乏しい<アルテミスの聖弓>を持ち、冷静な弟が破壊力特化の<アポロンの弩>を持つというのは何とも皮肉な気もするが、それでもある意味で双子の彼女らが持つに相応しい兵装とも言えた。
◆
「さて、後衛組が適度に敵の数を減らしてくれた事だし、お次は私達の出番かね?」
先ほどの仲裁役ことエリーゼが、その内に秘めた獰猛さを滲ませる笑みを浮かべて発言すれば、二人の人物達もまたそれに続いて声を上げる。
「少しは手応えがあるといいけど…」
「それは無理な注文ってもんだぜ、ブリジッド!?」
「だよねぇ……。あまりにも手応えないと、私の努力が虚しくなるんだけどなぁ…」
既にやる気が若干削がれているブリジッドは落胆を隠す事無く態度に現しながらも、自身の力の媒介となる杖を握り締める。先制攻撃を担当した後衛組の戦果を見てモチベーションは下がっているが、さりとて戦い自体に手を抜く気も、まして敵を逃がすつもりまでは毛頭ない彼女である。仲間達もそれは知っている為、あからさまにやる気のない彼女の態度を窘める事はしない。その辺は、ある意味で信頼関係に結ばれていると言えるだろう。
「さっさと潰しに出るとするか」
一際低い重厚感のある声で仲間随一の巨漢・ハウルがそう締め括り、やがて妖艶な魅力を持つエリーゼ、大体の場面において怠惰な姿勢を見せるブリジッド、そして熊のような体格の正統派な強面ハウルの三人からなる前衛組による蹂躙が開始された。
◆
「おらぁぁぁぁ!!!!」
聞く者の鼓膜を突き破るような雄叫びを挙げたハウルが、両手に持った得物を振り下ろす。たったそれだけの動作。しかし、それだけの動作で、地面が揺れた。比喩表現ではない。局地的とはいえ、言葉通りの意味で大地が揺れ、更に振り下ろされた場所を中心に数メートルにもなる大きな陥没が出来上がる。
怪力とか強力と言った単語が陳腐に聞こえる程度には、とんでもないパワーである。この集団において飛び抜けた巨漢で怪力自慢のハウルであったが、ここまで人間離れした力の秘密は得物にある。
見た目は、普通と言ってはいささか語弊があるかもしれないが、長さ1m程の握るに手頃な太さの柄に、それと同程度で大体子供一人分のくらいの大きさはあろうかという金属の塊がくっ付いた、普通と言えば普通のでかいハンマーである。その正体は、勿論、先ほどの<ゼウスの雷霆>と同列の対神兵装。正式名称を『神の百選』№24<ギガスの戦鎚>といったウォーハンマーの特性は「通常の打撃によって生じる衝撃を攻撃の瞬間、数百倍に増加させる」というもの。かつて神自身が神を殺しうる武器として選択し人類に与えたと伝えられる『神の百選』に選出された兵装にしては単純で心許ない能力と言える。確かに振るう事さえ出来れば例え幼児がこの<ギガスの戦鎚>を使ったとしてもミスリル製の鎧に身を包んだ神兵も一撃で粉砕できるだけの破壊力はあるが、実際問題、能力としてはそれ以上でも以下でもない。
それで局地的とは言え地震を引き起こす程の破壊を<ギガスの戦鎚>がもたらしているのは偏に、使い手・ハウルの資質による。極論、1の力を持つ者が使って100の威力を引き出す武器を、100の力を持つ者が使えば10000の力となる。それだけ暴力的な力を引き出すハンマーを地面に振り下ろせば大地も揺れるし、まとも当たれば殴り飛ばされる以前に命中と同時にむしろ鎧ごと肉体がその場で弾け飛ぶ。
◆
「随分と張り切ってますねぇ、ハウルのおじ様…」
野獣の如き雄叫びと共にハンマーを振り回して敵の真っただ中を突き進む巨漢を呆れた感じで見やりながら、未だに低いテンションを維持した少女・ブリジットが呟く。ガチャガチャと金属音を鳴らしながら取り囲み槍を突き付けられている状況下でも、彼女が纏った気怠い空気は些かも変わらない。
そして、取り囲んだ兵の1人がそれを好機と見たか、一息で彼女に肉薄するや槍を突き立てる。如何に訓練を積んだ兵士でも反応できない洗練された一撃に、普通なら息を飲み成す術なく倒されるだろう。そんな一撃を敵兵が繰り出す寸前、ようやく彼女が本領を発揮する。
「吹き飛ばせ《ウインドブロー》」
敵兵が槍を突き出す事は叶わない。その動作の途中で魔力によって圧し固められた空気の塊がその身に直撃し、対魔性に優れたはずのミスリル製鎧を破砕しつつ後方へと呪文通りに吹き飛ばした為だ。
この一撃を皮切りに、魔法に対して極めて高い耐性を持つミスリスの鎧にすら十二分に通用する魔法を平然と行使する最高峰といってあながち間違えのない上級魔術師、「神討ちの魔女」ブリジッド・マーレーンによる舞台公演が開演される。
「《フレイムランス》」
一般的な難易度として中の上に分類される中級魔法を呪文詠唱すら省略して瞬時に発動させ、炎で形作った鋭い槍を前方の敵に投げ付ける。ミスリルの鎧もなんのその。彼らの鎧を紙のように容易く貫いた炎槍は、数体の神兵を一撃で纏めて突き殺した挙句、最後は何十もの神兵を道連れにする程の大爆発をして果てる。
「お次は、コレ。《バーニングストーム》」
彼女の主観では単に前方の敵を排除したに過ぎないブリジットは、次に未だ周囲を取り囲んでいる敵の殲滅に乗り出した。魔術師を無能者に成り下がらせるミスリルの鎧に代表される対魔法装備を整えた敵に対して彼女が編み出した独自の魔法、いわば対耐魔用魔法。その一つ《バーニングストーム》が発動される。
ヒゥゥ…と非常に弱い微風が彼女の周囲に発生するや、その勢いは瞬時に微風から強風、強風から突風、むしろ竜巻にまで昇華され、そしてその一瞬の後に突然、風は強烈な炎を纏った炎の嵐へと転じ、周囲を囲っていた兵士を瞬く間に消し炭へと変えてしまう。
◆
「いつ見ても派手な魔法ね」
切り刻むしか能がない私とは大違いね、とブリジットの炎を見ながらエリーゼは戦場の真っただ中で微苦笑する。
戦場の中心とあって敵が次から次へと押し掛けてくるが、彼女に焦りは微塵もない。向かってくる敵の攻撃を見極め、時に躱し、時に手にした得物で受け流しながら、敵をほぼ一撃で斬り伏せる。彼女にとってそれは作業に近く、気分もあまり高揚はしない。それでも敵を一撃一殺の調子で瞬く間に討ち滅ぼす姿は、まさに死神そのものとってもよい。ただし、彼女自身は特に戦闘狂という事もないし、殺しにエクスタシーを感じるような危険な衝動も思想も持ち合わせてはいない、比較的良識ある人物である事を忘れて勘違いしてはいけない。そもそも彼女にとって戦場とはある種の延命の場であり、敵とは贄でありいわば薬の代用品と捉えている。だからこそ、必要な事としてこのような戦場に身を投じるし、その真っただ中で敵と斬り結ぶのだ。もっとも、「金になるから」という非常に俗物的な理由もあるのだが、それはともかく。
「さぁ、今日も沢山の命を吸いなさい」
子供に語りかけるように、囁くような口調でエリーゼは武器を――己が所有する対神兵装たる№66<タナトスの大鎌>を掲げる。エリーゼの言葉に答えるように、まるで三日月のような刃渡り1m越えの湾曲した刃が煌めき、お世辞にも扱い易いとは言い難い巨大な鎌はエリーゼの卓越した技量によって振るわれ、さながら踊るような優雅さで敵を屠り続ける。
数ある対神兵装、いわゆる『神の百選』と呼ばれる武器は、人智を超えた力や特性が宿っている。それこそ、戦いの素人でさえ一度その武器を用いれば神兵とも互角に戦えるくらいには飛び抜けた性能を誇る。だが、その中に合って威力と引き換えに使用者に代償を求める性質を帯びた武器も数点、存在している。それらはデメリット系と呼ばれ、呪われた武器としてそれらを手に取る勇者はほとんど居ない。知っている者はそもそも手にしないし、知らなかった者はそう遠からず命を落とす為である。結果として基本的に使い手の存在しないデメリット系の一つ、『神の百選』№66<タナトスの大鎌>はその数少ない例外と言えた。
『あらゆるモノを切り裂く代償に、持ち主の生命力を吸い上げ続ける』という呪いとしか言いようのない特性を持ち、一度手にしたら死ぬまでこの特性に縛られ続けるデメリット系でも最悪の部類に属する兵装。だが、それと同時に『討ち滅ぼした獲物の生命力を吸う』という特性も兼ね備えている。つまり、ただ持っているだけで死ぬ最悪の武器だが、このような戦場で定期的に命を狩っていれば問題なく過ごす事は可能という救いがあるのかないのかよく分からない、まさにデメリット系の筆頭とも言える武器、それこそがエリーゼの持つ<タナストの大鎌>であった。
◆
さて、ベネディクトとリオン&レオンによる遠距離攻撃、次いでハウル、ブリジット、エリーゼが突入した事で戦況はほぼ決したと言って良いものとなった。
次々と敵が駆逐されている様を遠目に観察していたリーダーと呼ばれた青年は満足げに笑みを浮かべ、一方でスキンヘッドの男は若干不満げに言う。
「あいつら、俺らの出番を無くす気か?」
「流石に少しは出番もあると思うよ、ボーマン」
スキンヘッドの男――ボーマンを宥めるように青年は言い、その言葉にもう一人が乗っかる。
「数だけは無駄に多いんだ、出番はあるさ。もっとも、あいつらの討ち漏らしを潰すくらいの出番しかないだろうがな」
「それって結局、出番無しと大差なくないか?」
「それを言ったらおしまいだな」
「……けっ」
実質的な副官を務める右目の眼帯が印象的な壮年の男・ヴァルターと、ボーマンの軽口を聞きながら、リーダーを務める青年が徐に得物を手にする。それに目敏く気付いたヴァルターが問う。
「もう〆に入るのか?」
「みんな十分、遊んだでしょ?」
「俺はまったく何もしてないけどな」
「ハハハ。まぁボーマン達は残念だったね。でも、戦況が戦況だからね」
「どうする気だ?」
「僕が何してくる気か、よく分かってるクセに」
「一応の確認だ、リーダー殿」
「うん、確認は重要だね。さて、僕が何をするかって? それは勿論、敵の親玉退治さ。折角の大物だ、逃げられたら勿体ない」
リーダーという立場にそぐわぬヘラヘラとした態度で笑いながら言う青年だが、セリフの後半からは見た目に不相応な凶器すら感じる深い笑みでそう言いきった。
決して短くない期間を一緒に活動してきたボーマンもヴァルターもその笑みに気圧され、背筋に寒気すら走る。そして同時に、この青年がリーダーたる由縁の一端を再度実感した。
そんな事ともつゆ知らず、青年――「神滅」の異名で恐れられる人類史上最悪の囚人・ベルンハルトは「それじゃあ、行ってくるよ」と散歩に出掛けるような気軽さで戦場へと歩みを進める。
◆
「邪魔だから、どいてくれるかな?」
戦場に入った瞬間には神兵達からの攻撃に曝される事になったベルンハルトだが、それを適当にあしらうセリフを言いつつ、手にした身の丈とほぼ同じ長さの漆黒の棒で虫でも払うような雑なフォームで薙ぎ倒す。
対神兵装『神の百選』№5<十戒>。4本の短い漆黒の棒からなるこの兵装は、連結の仕方によって10もの形状パターンを秘めた対神兵装である。基本的には、2本ずつ縦に連結した2本の短棒による二刀流で近接格闘に有利な『基本形態』、更に4本全てを縦に『――――』のように連結した2mほどの『長棒形態』辺りをメインとしつつ、戦況・戦略によって様々な形態へと組み換えが可能となる。
ベルンハルトは『長棒形態』の<十戒>で並み居る神兵を薙ぎ払いつつ、敵の親玉――<八神将>ガーランドの姿を探す。果たして、ひとり軍用馬に跨るガーランドはすぐに見つける事が出来た。奴は部隊の後方で神の人形たる神兵の指揮に躍起になっているようだった。
「あそこか。よし。一直線に行くとするかな」
ベルンハルトはそう呟きながら、今の<十戒>の連結をバラして新たに別の連結パターンへと組み換える。出来た連結パターンは二本を縦に連結させ、その先端に残りの二本を斜めに繋いだ『→(やじるし)』形状。<十戒>10の連携パターンの一つ、『投銛形態』。使い方は勿論。
「それじゃあ、道を開けて貰おうか」
形状を銛へと転じた<十戒>をクルリと一回転させてからその尖った先端をガーランドが居る方向へと向け、上手く全身を使った渾身の投擲を放つ。目に見えて数が減ってきているとは言え未だ数十ではきかない神兵達が闊歩する戦場において、ベルンハルトとガーランドの間は直線距離でもおおよそ1㎞。その距離を、もはや投擲武器というより光線といった勢いで『投銛形態』は突き進んだ。ミスリルの鎧など意にも返さず、むしろ貫くことさえなく、先端が刺さると同時に神兵はガラス細工のように木端微塵に砕け散り、ダイヤモンドダストの如く美しい粒子と化して消滅していく。
「ふんッ!」
何体もの神兵を即時消滅させ飛来する<十戒>を、それに気付いたガーランドが気迫と共に自慢の刀剣で弾く。
自らが信奉する神の御使い――ペイルライダーより下賜された至高の一品<血塗れの災厄>。刀剣としての性能は、『神の百選』に選ばれた対神兵装に勝るとも劣らぬ至極の業物である。
明確な敵を見据え、ガーランドが吼える。
「貴様、神殺しの王と名高き、『神滅』のベルンハルトとお見受けする。如何に!?」
「王かどうかは知らないけど、確かにベルンハルトは僕の名だ。それがどうかしたかい、<八神将>殿?」
「いいや。儂自身、貴様に思うところは然程ない。だが、我が至高の主、ペイルライダー様が貴様との対決を望んで居られる。受ける気はあるか!?」
「…だと思ったよ。受けても良いけど、あいつがここに来るのか?」
「愚かな! あの御方は崇高なる神の御使いぞ。このような粗雑な場に、その身を曝せるはずもなし!」
それだけで人を射殺せるのでないかという鋭い眼光でベルンハルトを睥睨し、ガーランドは<血塗れの災厄>に秘められた権能を解き放つ。
「我が崇高なる災厄の化身、ペイルライダーよ。汝の信徒たる『武勇』の<八神将>、ガーランドが願い奉る。風となりて、万の生命を弄ぶ、疫病の遣いよ。わが身を贄とし、御身の一欠けら、一寸の御霊をわが身に降ろし賜え」
祈りの聖句を唱え、ガーランドは躊躇なく己の心臓へと<血塗れの災厄>の刀身を押し込んだ。
「よくやってくれた、我が忠実なる下僕よ。お前の役目は無事に終わった。安らかに逝くがいい」
姿はガーランド、しかし、中身は先ほどとは明らかに変わってしまったガーランドだった誰か。その誰かに、ベルンハルトは話し掛けた。
「君か、ペイル?」
「おぉ久しいな、ベルンよ。相も変わらず牢獄に閉じ込められたままなのかね?」
「そうゆう君は未だに二年前の傷が癒えていないと見えるね。生身ではなく、わざわざ贄の身体を乗っ取るなんて回りくどい顕現の方法を取るなんてさ」
「ほざくな。貴様から受けた傷など数分で癒したわ。この方法を取ったのは、俺の気まぐれよ」
「なら僕も、僕の気まぐれで、今度は君に心的外傷を刻んであげるとするよ」
「出来るものなら是非、やってみせよ。神すら滅ぼさんとする愚か者め」
「その期待には応えよう。ここで滅んでおけ、病魔の騎士ペイルライダー!!」
命を代償にその身に騎士の御霊を降臨させる生贄の権能によってガーランドの身体を乗っ取ったペイルライダーは、故ガーランドの心臓に突き立てられた<血塗れの災厄>を引き抜くと、いつの間にか手元に回収し〈+――〉の形状からなる『刀剣形態』への組み換えすら完了させていたベルンハルトへと斬り掛かった。
◆
これは一番新しい神話の1ページ。
後にベルンハルトと呼ばれた青年は、宿敵となる<四神騎>が1人・ペイルライダーと幾度も死闘を繰り広げ、その全てが伝説として後世に語り継がれることとなる。
また、そんな彼と行動を共にした8人の仲間達もまた、その強さを竜に例えられ、各々が伝説となる。
誰が最初にそう呼んだのかは定かではない。しかし、神の先兵と戦った彼らの功績を讃えた民衆はそう呼び、彼ら自身もまたその呼び名を否定することなく定着していくこととなった。
人類史上最強の神殺しと恐れられた『神滅』ベルンハルトが率いた神兵の討伐者集団。
その集団の名は、『九頭竜』。
◆
世界に神が本当に居た事を、この世の全員が理解した世界。
神は唯一の存在であり、人類ひいては世界にとって最悪の『敵』であったと、ある日、人類は知らされた。
数千もの神兵の襲来と、数万という規模の人類大虐殺という手段によって。
豹変した神の裏切りによって世界が荒廃する中、立ち上がった神討組織の頂点とまで言われた彼ら『九頭竜』の、これは伝説のほんの一幕である。